『いだてん』制作の裏側は“もうひとつのオリンピック”だったーーチーフ演出・井上剛の挑戦

歴史と個人の関係

――井上さんは『その街のこども』(2010年)では阪神・淡路大震災、『あまちゃん』(2013年)では東日本大震災、『LIVE!LOVE!SING! 生きて愛して歌うこと』(2015年)では阪神・淡路大震災と東日本大震災をテーマとして扱っています。今回の『いだてん』では関東大震災を劇中で描いていますが、震災を描くにあたって、どこか重なるものはありましたか?

井上:劇中で震災を描いた意図は、作品によって違いますね。例えば『あまちゃん』は震災を描きたくて作ったわけではなくて、2011年の物語を作る上で避けて通れないものとして表現しました。ですが、僕たちは東北の地震を体験直接体験したわけではないんですよね。当時、僕は大阪にいたし宮藤さんも東京にいたので、離れている場所で、東北のことを想像するような表現として、模型だったりとか、東京にいる主人公たちの心情を描いた。そういう見せ方でした。

 一方、『いだてん』の関東大震災は、まさに東京の話だったので、これはもう知っている知らないのレベルではなく、真正面から描かないといけなかった。実際に金栗さんは、関東大震災の時に東京に物資を運んだんですよ。そのことを「すごいなぁ」と思ったので、まずはそのシーンをやらなければならないと思いました。志ん生がお酒を飲んでいた話、あれも実話なんです。この2つのエピソードがあって、一方は自分を取り戻すために、落語をするしかなかった姿を、プロジェクションマッピングを使って描きました。一方で金栗さんは走って何かを取り戻そうとしている。東京のど真ん中で浅草を舞台にしているので、凌雲閣(十二階)が崩壊することも念頭にありました。

――『いだてん』の関東大震災が他の作品と違うのは、物語のターニングポイントで起こっていることですよね。『あまちゃん』では震災からの復興がクライマックスだったのに対して、『いだてん』では、むしろここからが大変なことになっていくというか。だから、第二部は毎回感動して爽快なんだけど、どこか不穏な感じがありますね。

井上:当初から「お国のために」といった言葉を、わざと使っています。ストックホルム五輪に向かう金栗さんを「万歳」で送り出すシーンもそうですが、そういった言葉や行為が今後、どのような見え方に変化していくのかを、見てほしいです。その象徴が明治神宮外苑競技場、つまり後の国立競技場だと思うんですよ。震災の時には避難所になりましたが、1940年に東京オリンピックが来ると思っていたら、戦争が起こってしまい、学徒出陣をおこなう場所になってしまう。スポーツを追っかけていくと震災や戦争といった避けられないものにぶち当たってしまうんです。その時に選手たちスポーツ関係者がどのように立ち上がっていったのかは、調べていくと素直に感動することがたくさんありますので、そこは盛り込んでいます。

――感動すると同時に困惑するみたいな、妙な気持ちになります。

井上:そこは狙っているところですね。

――熱狂とか感動それ自体に疑問が浮かんでくる。感動しながらも、いいのだろうかとモヤモヤしてしまいます。

井上:スポーツで盛り上がりたいという気持ちは理解できるじゃないですか。でもそれがナチスの熱狂になると、これでいいのだろうか? となってしまう。大友良英さんの音楽もそうで、初期の頃にヒロイックに盛り上げた音楽が、180度、位相が変わって聞こえるようになり、スポーツの熱狂と、疑問を感じる熱狂が、同じ音楽で綴られます。なんで人間はそうなってしまうのかを、自分たちも知りたくて作品を作っているところはありますね。

スポーツと落語

――落語の語り口を持ってきた理由を教えてください。

井上:一つは志ん生の話をやろうとしていたからというのがありますね。同時にナレーションだけになっちゃうとお勉強みたいになって正解だけを語っているようになるので、もっと同時代の人たちの気分を語りたかったんです。もう一つはスポーツ実況のイメージですね。今の視点で語っても醒めちゃうので、スポーツ実況みたいな感じで落語を捉えられないかというのが狙いですね。

――基本的には誰かが喋った話ということですか?

井上:そうですね。タイトルに「~噺~」と付いているのは、そういうことだと思います。だからたまには本当か嘘かわからない怪しいものもありますね。

――劇中では様々な映像が登場します。オリンピックやスポーツの見せ方もバリエーション豊かですね。

井上:第1クールでは本気で走ってもらっています。そうじゃないと臨場感が出ないので。「昔はこれぐらい走るってバカなことだったんだよ」ってことを見せないといけなかったので。マラソンなんて認知されないし、走るって「何それって?」という時代の話なので本当に走らないといけなかった。それが慣れてきた第2クール(ストックホルム・オリンピック以降)からは、スタジオでルームランナーを使った撮影が増えていきます。肉体のアップだとかスローモーションを使って臨場感を出すというスタイルをやってみたりとか、説明で走る場面を見せる時は地図の上をグラフィックで走ったりとか。

――スポーツの撮り方はその都度、考えていったのですか?

井上:映像のパターンが何種類も必要だというのは、カメラテストをしたときに思いました。自分たちで撮影方法をブックマークしていき、撮影で使っているところです。そうでなければ毎週毎週、間に合わないので、準備期間の時に試行錯誤しました。

――今回、演出には大根仁さんが参加しています。NHKのドラマが、外部のディレクターを起用したことには驚きました。

井上:大河では初めてですね。大根さんの他にもVFXの尾上克郎さんや、衣装の宮本まさ江さんといった方々の力をお借りしています。台本ができてない時点で、みなさんに集まってもらって、企画の趣旨を話したのですが、みなさんポカンとしてるんですよ。金栗さんや当時の風景の写真を部屋中に貼って1964年までのキービジュアルを見てもらったのですが、「ベルリンのスタジアムはどうするんだ?」「前畑がんばれ、どうするんだ」「箱根駅伝どうするんだ」と、どうやって映像化すればいいのかわからなくて、みんな途方に暮れていましたね。だから最初は東京高等師範学校のある、文京区大塚近辺をみんなで歩きました。浅草までどのくらいの距離感なのか知るために『いだてん』に登場するエリアをつぶさに歩いてみたんです。その時に気づいたのですが、東京はどこに行っても工事をしてるんですよね。必ず何かを壊したり作ったり。だから、戦争や震災だけじゃないんだとそこでわかって。市川崑監督の記録映画『東京オリンピック』でも、いきなり鉄球でぶっ壊すところからはじまるのですが、『いだてん』でも、オリンピックのために日本橋で工事をしているシーンからはじまります。

――東京の話でもあるんですね。

井上:東京を舞台にしたドラマはあまり作ったことがないので、今回はじっくり描いてみようと思いました。そうやって見えてきた山積みの課題を一つずつみんなの知恵と頓智で乗り切っている感じですね。

――水泳のシーンはカメラのバリエーションがいろいろあって面白いですね。毎回一つ一つ発明があるというか。

井上:スポーツを撮っていて面白いのは、スポーツが発展することってそれを見たいという事で映像技術が発展してきたことを追体験できたことです。泳いでいる場面を真下からとってみたり、スローモーションが生まれたり画面がカラーになったのもスポーツのおかげなので、そういう映像の変化も見えたらいいなと思ってやっています。初期はローテクの撮り方をして、アスリートの能力が上がって、人見絹枝さんが登場する頃くらいからは、かっこいい取り方を導入しています。

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