ヤスミン・アフマドが世界で愛され続ける理由 『細い目』主演女優が語る、演出の裏側

「彼女はよく理想主義者と言われていました。そう言われることを嫌がれる人は多いことでしょう。ただ、ヤスミンは最高の誉め言葉と受け止めていました。ですけど、たとえば“共存”や“分かち合い”といったメッセージを作品に込めようと意識はしていなかったと思います。彼女は自然に相手に心を寄せ、誰にでも愛を与えられる人でした。だから、先ほども言いましたけど、自身の体験したことを描いただけだと思います。彼女は何度もこう言っていました。『よりローカル、より個人に根差した物語であればあるほど、国際的に響く、普遍的なものになる』と。つまり、人間をきちんと描くことがすべて。肌の色や、国、言葉は関係ない。人間を愛情をもって描けばいいと。だから、彼女の作品に登場する人物はいずれも愛おしい。本人に根差しているから、ヤスミンの強さや優しさが作品には封じ込められている。作品を通して、わたしたちは優しく温かい大きな心をもったヤスミンに触れているのかも。そして、その彼女の人間性に深い感動と感銘を受けているのかもしれません」

 そして、もうひとつヤスミン作品の魅力を語る上で欠かせないと思われるのが、役者たちの演技。ほんとうにどの役者もある意味演技を越えて、その場に自然に存在するとでもいおうか。へんにこなれた演技にも、かといって素人にも思えない、みずみずしさを携えながら、その役の人物となって生き生きと存在している。

「たとえば『細い目』の撮影は2週間。そうきくと、さらっとやったように思われるけど、実は違うのよ」とシャリファ。ヤスミンの作品は綿密なプランに基づいたと明かす。

「ヤスミンは家族的な現場を大切にしていて、常に同じ人でチームを組んでいました。監督である自分の役割は脚本と監督。カメラマン、助監督、編集はずっと固定メンバーで、それぞれが自身の役割に集中しながらも家族のように意思疎通できる形をとっていました。

 それは役者に対しても同じ。撮影はクランクインの前に、3カ月のリハーサル期間があるんです。それだけ長く一緒にいるから共演者を越えて、役者同士が互いをひとりの人間としてすごく理解することができる。そして、ここからがヤスミンマジックなんですけど、役者たちはその準備期間で役そのものになっていくんです。だから、『細い目』の相手役ジェイソンを演じたン・チューセンとはいまでも友達。ロマンチックではないけど、どこか彼は心の恋人のようなところがあります」

 こういった結びつきが出来ていたから、撮影に入る前は役者たちは全員役になりきっていたという。

「『細い目』はデビュー作でしたけど、演じる不安はほとんどありませんでした。クランクインしたときは、もう役になりきっていますから、あとはやるだけなんです。ただ、ここからもうひとつヤスミン・マジックがあるんですよ。彼女は本番に入って役者が失敗したり、間違ったりすることを変な話なんですけど、喜ぶんです。なぜかというと、人間は誰でも間違える。そこで取り繕うとしたり、何もなかったようにしたりと人はするわけですけど、その所作はとても自然なもの。私だったらシャリフ自身、同時に演じているオーキッドの素直なリアクションでもあるとヤスミンは判断するんですね。だから、そういったアクシデントをヤスミンはあえて映画に生かすんです。そのヤスミンの演出法こそが、みなさんが感じる役の自然なたたずまいにつながっていると思います」

 それだけの長期にわたるリハーサルがあったとはにわかに信じがたい。それほど役者の演技にこなれた感じがない。

「CGやアクションなんてないのに、リハーサルに3カ月かけるなんて信じられませんよね。でも、実際そうだったんです。たとえばリハーサルのとき、急に脚本を取り上げられて、好き勝手にやってみてといったことをする。そういうことを繰り返していくと、だんだん役が自分の中に沁み込んでいく。すると何が起きてもその役として反応できるというか。共演者がたとえばなにかセリフを間違っても、即座に返すことができるようになるんです。役者としては自身を高める期間で。役者に役を磨き上げる十分な時間をくれたのです。このようにヤスミンは役者をすごく大切にしてくれる監督でもありました。ここにも彼女の人間性が表れている気がします」

 「今回の特集のようにヤスミンの作品が今も愛されていることが実感できる機会は自分もとてもうれしく感慨深いところがありますけど、なによりヤスミン自身が喜んでいることでしょう」とシャリファ。亡くなって10年が経ちながら、その作品は色あせるどころか、ますます輝きを増し、世界に大切なメッセージを届けているように思えるヤスミン・アフマドの映画世界。その珠玉の作品の数々に触れてほしい。

(文=水上賢治)

■公開情報
「伝説の監督 ヤスミン・アフマド 没後10周年記念 特集上映」
7月20日(土)~8月23日(金)
上映作品:『ラブン』『細い目』『グブラ』『ムクシン』『 ムアラフ-改心』『タレンタイム〜優しい歌』+『15マレーシア 』
(c)Primeworks Studios Sdn Bhd
公式サイト:moviola.jp/yasmin10years

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