『クレイジー・リッチ!』が米映画史に起こした革新 “アジア”を巡る2人の女性の物語を読み解く

レイチェルはわざと負けた? エレノアとの麻雀シーン

 『クレイジー・リッチ!』で重要なシーンは麻雀が担っている。興味深いのは、この日本でも人気な中国発祥のテーブル・ゲームのルールや戦況が、作品内では一切説明されないことだ。つまり、アメリカ映画における野球やポーカーと同じようにアジア文化を描く姿勢をとっている。もちろん、ルールを知らなくても楽しめるシーンに仕上がっているが、この対戦が持つ意味は、ルールを知らないと理解できない。

 ゲーム序盤を説明しよう。麻雀のプレイヤーにはそれぞれ東西南北の位置が割り当てられる。劇中、レイチェルは西家、エレノアは東家となる。この西と東は、両者の立ち位置、つまりアメリカとアジアを象徴している。また、1局目において東家は「親」、それ以外の家は「子」にあたる。これも2人の関係そのままだ。さて、麻雀は駒である牌を揃えていくゲームだ。牌の種類は複数あるが、レイチェルは索子(ソーズ)を集めて手札を完成させようとする。索子に描かれているのは「空洞の竹」。Voxによると「空洞の竹」は広東語で「西洋化された海外のアジア人」を指すとされる。劇中で、レイチェルは親友であるペク・リン(オークワフィナ)に「あなたはバナナ。外見はイエロー(アジア系)でも中身はホワイト(白人)」と言われるのだが、その例えと同じく、「空洞の竹」はレイチェルの境遇ーー彼女が向けられる偏見ーーを指すのかもしれない。

 ゲームが進むと、レイチェルは索子の8番を捨て、エレノアが「ポン」と鳴いてそれを拾う。ポンは対戦相手が捨てた牌を手に入れられる技。エレノアは、レイチェルが捨てたことによって索子の8を3つ揃える役を完成させた。実は、ここでのレイチェルの選択はとても不可解である。Vultureにて監督自ら語っているが、 持ち札的に、索子の8は重要な「勝つための駒」だった。この奇妙な選択は、映画の幕開けで、彼女が語ったゲーム理論にも反している。「勝負において攻めを失ってはいけない」と主張した人物なのに、なぜ重要な8を捨てたのか? それは、レイチェルにとって、そして彼女とエレノアの関係性において何を意味するのか? 対戦中、レイチェルが語る言葉に耳を貸せば、この奇妙な選択の意味がわかる。彼女の母によると、麻雀は人生において重要なスキルを育む。交渉、戦略、協力。レイチェルが打った麻雀は、この3要素すべてが入っている。

 最後に、8牌の重要性について。中国文化において、数字の8は「冨、繁栄、幸福」の象徴とされる。冨と繁栄、つまり“クレイジー・リッチ”な番号というわけである。しかしながら、レイチェルとエレノアにとって、8の牌はさらに重要な意味を持つかもしれない。2人に共通する「幸福をもたらす存在」とはなにか。答えは一つしかないだろう。

■辰巳JUNK
ポップカルチャー・ウォッチャー。主にアメリカ周辺のセレブリティ、音楽、映画、ドラマなど。 雑誌『GINZA』、webメディア等で執筆。
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■公開情報
『クレイジー・リッチ!』
公開中
監督:ジョン・M・チュウ
原作:ケビン・クワン著『クレイジー・リッチ・アジアンズ』(竹書房)
出演:コンスタンス・ウー、ヘンリー・ゴールディング、ミシェル・ヨー、オークワフィナ、ソノヤ・ミズノほか
配給:ワーナー・ブラザース映画
2018年/アメリカ/カラー/シネマスコープ/英語/121分/原題:Crazy Rich Asians
(c)2018 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND SK GLOBAL ENTERTAINMENT

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