観る側の心の迷いも吹き飛ばす 壮絶サバイバル『マイナス21℃』が魅せる凄み

 人生はサバイバルだ。どんなに過酷で、辛いことがあろうとも、それを乗り越え、ひたすら前に進んでいくーーそんなもっともらしい言葉の数々も、ありふれた日常生活の中だと心に響くことは皆無だ。しかし、これが極限状況の真っ只中だったりすると、その言葉の意味合いは途端にリアリティを持ち、胸に深く突き刺さるものとなる。

 例えばダニー・ボイル監督の『127時間』やJ・C・チャンダー監督の『オール・イズ・ロスト ~最後の手紙~』、アルフォンソ・キュアロン監督の『ゼロ・グラビティ』もそうだったように、過酷な状況を生き抜こうとする主人公たちにとっては、目の前の難題一つひとつが人生のメタファーとなり、それを乗り越えようとする中で、ちっぽけな自分を見つめる“もう1人の自分”が生まれていく。こうやって結果的に人生を俯瞰する視座を手に入れることで、サバイバル映画は、ある意味、人生について描いたヒューマンドラマにも成りえるのだ。

 そんな系譜の映画群に新たな作品が加わった。本作『マイナス21℃』は、2004年、シエラネバダ山脈でスノーボード中に遭難し、絶体絶命の8日間に身を投じることになる1人の男の実話物語である。

生き残りをかけた極限の実話を映画化

 彼の名はエリック・ルマルク。もともとは誰もが羨む才能を持ったプロのアイスホッケー選手だという。そんな彼が運命の雪山へとたどり着くまでの過程には、大きな人生の挫折が隠されていた。自己中心的でキレやすく、その一方でプレッシャーには人一倍弱い。これまでリンク上でも幾度もトラブルを生んできた彼は、ついに手を出したドラッグが原因で事故を引き起こし、7日後に裁判所への出廷を控えていた。鏡に書かれた「7 Days」の文字からは多少なりとも自戒の気持ちがうかがえる。だが、逃げ癖は相変わらずだ。彼はこの期に及んでも、自らの欲求を満足させるためだけに、スノーボードを片手に雪山へと繰り出していく。それが運命を激変させる滑走になるとは知らないまま……。

 次第に山は不穏な天候に包まれる。警備隊からスキー客への下山指示が出る中、エリックは持ち前の無軌道ぶりを発揮して「立ち入り禁止」と書かれた立て札の向こう側へと侵入。いつしか一面の白色世界に包まれてやがて方向感覚すら危うくなる中、彼は自分がどうやら遭難してしまったらしいことに気がつくのだ。

 ここからはあまりに過酷すぎる運命のつるべ打ち。オオカミの群れにはつけ狙われ、湖に落ちて全身ずぶ濡れになり、怪我していた足は凍傷にかかり、空腹と寒さと疲労困憊で次第に考える気力すら失われていく始末。挙げ句の果てには上空を飛行する捜索隊のヘリからも素通りされ……。もはや打つ手はない。絶望の極地である。

過酷な自然環境が、希望を失くした人生に火をつける

 名だたるサバイバル映画と同様、本作もまた、目の前の自然環境と人生とがダイナミックに重なっていく。主人公にとっては日常生活そのものも真っ白いモヤの中。自分が今どこにいるのかさえ判然としない。彼は人生においても遭難していると言っていい。

 そんな足元のおぼつかない彼が、過酷な雪山で生命の危機にひっ迫することで生存本能を目覚めさせる。正直言って彼は何もできないし、食料も装備も、サバイバル技術もゼロ。火も着けられなければ、オオカミの群れも大声を出して追い返すのがやっとだ。せめてもの救いは赤の他人から教わった「喉が渇いたからといって雪を食べると、逆に水分が失われ、低体温症になるリスクも増える」という知識を持ち合わせているところか。

 それでも彼は、生きる意欲を失わない。頭ではもはや何も考えられなくなっても、体の条件反射だけで何とかして「生きよう」とする。そんなギリギリの状況下で、突如ハッと目を見開いた彼のとった行動は非常に興味深いものだった。なぜなら彼は、すかさず「まずやるべきことは……自分の居場所を確かめること!」と口にして動き始めるのだから。それは実人生ですっかり自分の立ち位置を見失っていた彼がなかなか踏み出せずにいた一歩でもあった。まずは現状を客観視して自分の居場所を確かめる。本能的にこの選択を下した時点で、彼は目の前の極限状況からも、そして実人生の混沌とした闇からも本気で抜け出そうとしている。生きることにこれほど真剣になったのは彼にとって初めての経験だったことだろう。

関連記事