小野寺系の『メアリと魔女の花』評:“ジブリの精神”は本当に受け継がれたのか?

魔法を投げ捨てるスタジオポノック

 西村プロデューサーは本作について、「『魔女の宅急便』の逆をやろうとした」と述べている。その意味はおそらく、『魔女の宅急便』は「魔法を取り戻す」物語であり、『メアリと魔女の花』は「魔法を投げ捨てる」物語であるということだろう。ここでの「魔法」には、複数の意図が込められているようだ。

 ひとつは、宮崎作品が『風の谷のナウシカ』や『On Your Mark』などで描いたような、核のおそろしさや原発事故など、「文明の負の部分」への懐疑を、魔法というかたちで表したという点である。メアリは、「魔法なんか、いらない!」と、与えられた力を捨て去ることで、自分自身の力で歩き出すという成長を見せると同時に、現代の経済第一主義や功利主義を批判している。それはまた、『天空の城ラピュタ』における「滅びの呪文」のパロディーともなっている。これが本作の表のテーマである。

 裏のテーマとしては、魔法を投げ捨てることを、強大な存在であったスタジオジブリや、高畑・宮崎という巨人の影響から独立し、これからスタジオポノックは自分たちの力だけで頑張っていくという決意表明に見立てているということである。

 しかし、そこには疑問も生じる。「魔法」を手放す宣言をしたということは、もうこれからは、多くの意味でスタジオジブリには頼らないでいかなければならない。スタジオポノックに次作があるとすれば、「いらない!」と大見得をきった以上は、もうパロディーの連発はできないだろうし、宮崎駿や近藤喜文などによって確立されていったジブリのクラシカルな絵柄や雰囲気なども捨て去って、ジブリ作品だと錯誤されないようにするのが筋だろう。それがもしできなければ、「やっぱり、魔法…いるよね」ということで、『メアリと魔女の花』での宣言は嘘ということになってしまわないだろうか。

見た目ではなく本質を受け継ぐこと

 高畑監督は、『かぐや姫の物語』でCGを駆使し、手描き技術をより引き立たせる方法を模索した。宮崎監督が製作している最新作『毛虫のボロ』は、初めて彼が全面的にCGを用いた作品になるという。なぜ彼らは今になって、このような新しい決断をしたのだろうか。単純な新技術への興味以外には、おそらく大きなふたつの理由が考えられる。それは、従来の製作方法では、自分のイマジネーションが十分発揮されないという不満がもともとあったということ、そして、ピクサー・アニメーション・スタジオなどの海外作品が、次々に表現力を進化させながら、驚異的なヴィジュアルを実現させていることである。

 彼らには、CGの本格導入において、はるかに海外に先を行かれている状況で、何かを変えていかなければならない、新しい表現を確立しなければならないという、作家としての現実を見据えた焦燥感と使命感があるのだ。

 そのように老いてますます若い感性を輝かせる両雄に対して、スタジオポノックは何をやっているのだろうか。古巣の絵柄、表現に固執し、「精神を継承する」と称して、ただジブリが確立してきたシェアを保持しようという、老人的な消極姿勢しか見えない。「ジブリ出身のスタッフは日本最高峰の技術を持っている」などというおごりがあるのだとすれば、すぐに時代遅れになって消えていくか、規模を段階的に縮小せざるを得ない運命にあるだろう。そうならないためには、何らかの改革が必要になるだろうことは明らかである。

 幸い、ジブリの両雄の精神を部分的に継承する才能は現れている。設定に病的なまでにこだわる片渕須直監督、凶暴な破壊衝動を作家性にした庵野秀明監督、ハイセンスで自由な発想を持つ湯浅政明監督などだ。また海外に目を移せば、すでにスタジオジブリが製作した、『レッドタートル ある島の物語』を手掛けたマイケル・デュドク・ドゥ・ヴィット監督や、ディズニーやピクサーの製作を統括するジョン・ラセター、さらにはブラッド・バード、ミシェル・オスロ、シルヴァン・ショメなどもいる。

 「ジブリは後継者を育てなかった」と、よく言われる。しかし、ジブリのような見た目ではなくとも、たとえ日本ではなくとも、ジブリの志は、精神は、多くの優れたアニメーション作家のなかに存在している。それで十分だと思うのだ。その意味では、現時点でスタジオジブリの製作部門は、しっかりと役割を果たし終えたといえるのではないだろうか。

■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter映画批評サイト

■公開情報
『メアリと魔女の花』
全国東宝系にて公開中
声の出演:杉咲花、神木隆之介、天海祐希、小日向文世、満島ひかり、佐藤二朗、遠藤憲一、渡辺えり、大竹しのぶ
原作:メアリー・スチュアート「The Little Broomstick」
脚本:坂口理子
脚本・監督:米林宏昌
音楽:村松崇継
(c)2017「メアリと魔女の花」製作委員会
公式サイト:http://www.maryflower.jp/

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