デヴィッド・リンチの“映像ドラッグ”再来かーー『ツイン・ピークス』が27年ぶりに復活する意味
動画配信サービスの普及や挑戦的な企画によって、飛躍的に活気を帯びてきているアメリカのドラマ界。2017年、なかでも最も注目されているのは、伝説のTVドラマ『ツイン・ピークス』が、27年ぶりに復活するという話題である。最新の情報によると、アメリカのケーブルテレビ局「ショウタイム」にて、5月21日、日曜日から1シーズン放送されるという。
90年代の初頭に放送された本シリーズは、視聴者の多くを魅了する、錯綜する難解な謎、研ぎ澄まされた映像美、シュールなユーモアなどが、当時のドラマの枠を大きく逸脱する作家性で描かれ、世界中に熱狂的なファンを生む社会現象を巻き起こした。日本でもミュージシャンの細野晴臣、小説家の村上春樹、ゲームデザイナーの小島秀夫など、多岐にわたる分野の世界的クリエイターに多大な影響を与えている。
本シリーズを圧倒的なものにしたのは、天才映像作家、デヴィッド・リンチである。この新シーズンについて、「ショウタイム」との契約条件で揉めたため、一時は監督を降板するかとも思われたが、このほど無事に撮影が終了したと報じられた。そして、なんとリンチ監督が全てのエピソードを演出したというのである。これは当時ですら実現できなかったことだ。「ショウタイム」社長は、「これはデヴィッド・リンチの純粋なヘロイン版だ」と物騒な表現をしている。期待しないわけにはいかないだろう。もちろん、前作でリンチとともに脚本を手掛けたマーク・フロスト、シリーズ中で名曲をいくつも生み出したアンジェロ・バダラメンティも続投する。
復活に合わせ、当時のキャストも再結集した。クーパー捜査官を演じたカイル・マクラクランや、オードリー役のシェリリン・フェン、ローラ・パーマーを演じたシェリル・リー、その父母役のレイ・ワイズ、グレイス・ザブリスキー、ボーイフレンド役のジェームズ・マーシャルとダナ・アッシュブルック、ツイン・ピークス名物のチェリーパイを供するRRダイナーのペギー・リプトン、メッチェン・アミック、主題歌も歌ったジュリー・クルーズなどなど……。
さらに新キャストとして、『マルホランド・ドライブ』でブレイクしたナオミ・ワッツ、リンチ映画の常連ローラ・ダーン、いかにもリンチ映画に出てきそうなアマンダ・セイフライド、モニカ・ベルッチ、そして『インランド・エンパイア』で印象的な役を演じた裕木奈江も加わる。
まさに『ツイン・ピークス』ファンの夢を、ほぼ理想的に叶えてくれるような企画である。日本でも間もなく視聴方法がアナウンスされるだろう。ここでは、その放送を最大限に楽しむため、今までのシリーズを振り返り、未見の視聴者には見どころと作品の価値を伝えつつ、新シーズンへの準備を薦めたい。
『ツイン・ピークス』は何を成し遂げたのか
アメリカ北西部、カナダ国境に近い荒涼とした自然の中にある小さな田舎町ツイン・ピークスで、皆に愛される高校のクイーンであるローラ・パーマーの、他殺された全裸死体が、ビニールにくるまれた状態で発見される。この凄惨な殺人事件によって、平穏に思われていた静かな町に波紋が生まれる。
アメリカとはおよそ思えない荒涼とした風景と、美しさと不気味さが混在とする自然のなかで、チベット式の瞑想法を捜査に取り入れる変わり者のFBI捜査官、デイル・クーパーらによるユニークな殺人事件の捜査と、町の人々の「裏の顔」が暴かれていく、フィルム・ノワール調の人間ドラマが、作品の大きな柱である。
そう、その後のデヴィッド・リンチ監督の作品群からも分かる通り、ここで全体の雰囲気をかたちづくるのは、クラシックなフィルム・ノワールの演出手法である。タイトルからも分かりやすい『ローラ殺人事件』や、死亡した美女と瓜二つの人物が登場する『めまい』など、過去の名作からの引用も多い。
各エピソードは、基本的にツイン・ピークスの一日、朝から夜までを描く。それが暗示するのは、朝と夜が町の風景を変えてしまうように、全てのものには「裏の顔」が存在するということである。健全で純朴だと思われていた町では、闇のビジネスや売春組織が暗躍し、素朴に見える人々も、ひそかに不倫をしていたり麻薬中毒になっていたりする。ボランティア活動を行う優等生、ローラ・パーマーでさえも……。これは、デヴィッド・リンチ監督の、あらゆる作品に共通するテーマでもある。
リンチ監督の凄さは、絵や版画、家具まで作りつつ、ミュージシャンとしても活動し、ナイトクラブまでプロデュースしてしまうような、クリエイターとしての恵まれ過ぎた才能を活かし、誰も見たことのない先端的な映像を作り上げるところにある。その前衛性とノワール趣味が高い境地で結び付いたのが、『ツイン・ピークス』最大の見どころとなる「赤い部屋」のシーンである。
赤いカーテンに囲まれ、ソファーや彫刻が置かれたジグザグ模様の床の上で、背の小さい男が踊り出し、謎の閃光が明滅するなか、犠牲者ローラ・パーマーとクーパー捜査官がキスを交わす、「逆再生」を利用した超現実的なシーンは、官能と背徳の極地といえる、誰もが陶酔する圧倒的な究極の映像ドラッグだといえよう。この妖しい魅力が磁場となって、視聴者は作品世界へ引き寄せられ続ける。私自身も、リンチの描いた悪夢のなかにいる感覚が、いまだに抜けていない。
このシーンの意味は、ドラマの中で先住民の伝説であったり、チベット仏教とのつながりなど、一応ほのめかされてはいるものの、リンチは「私自身分かっていない」と発言している。つまり、このシーンは理屈でなく直感的イメージから生まれているのだ。だからこそ我々は、そこに根源的な「何か」を感じることができるし、答えの出ない迷宮のなかに閉じこめられるのだ。ここでのリンチの達成は、映画監督のみならず、「圧倒的な何かを生み出したい」と願う、数多くのクリエイターの目標となったといえるだろう。