『日本で一番悪い奴ら』白石和彌監督インタビュー

『日本で一番悪い奴ら』白石和彌監督が語る、インモラルな映画を撮る理由

 綾野剛主演作『日本で一番悪い奴ら』が6月25日より全国公開された。本作は、北海道で実際に起きた汚職事件(通称:稲葉事件)の当事者、稲葉圭昭が執筆したノンフィクション書籍『恥さらし 北海道警 悪徳刑事の告白』をもとにした犯罪映画。北海道警察の刑事・諸星要一(綾野剛)が、ヤクザやクスリの売人を味方につけ警察内部で成り上がるも、自ら覚せい剤に手を染めるようになり転落していく模様を描く。リアルサウンド映画部では、監督・脚本を務める白石和彌監督にインタビューを行い、本作のコンセプトと演出上のポイントを訊いた。

「この作品はある意味で青春映画」

白石和彌監督

ーー北海道警察(※以下、道警)の警察官がヤクザと手を組み汚職に手を染め、挙げ句の果てに覚せい剤にまで手を出して破滅していく過激な内容ですが、本作を撮影するにあたって注意を払ったポイントはどこですか?

白石監督:原作になっている稲葉圭昭さんの著書、『恥さらし 北海道警 悪徳刑事の告白』から大きく逸脱しないようにはしました。物語を脚色・演出する上で決定的な嘘はつかないというか。原作で描かれていることを道警は否定しているので、この話にどこまでの信憑性があるのかは誰も証明できないと思います。しかし、実際に稲葉さんとお会いした時に、この人の言っていることにほぼ嘘はないだろうと直感しました。そこで嘘だと感じていたら、この作品を撮ってはいなかったでしょうね。だからこそ、稲葉さんの歩んできた人生に対して嘘は付けないなと思いました。

ーー拳銃の密売や大麻の密輸など、警察内部で行われる汚職の描写は忠実に再現されているのでしょうか?

白石監督:基本的には、聞いた話を忠実に再現しています。多少、皮肉っぽい視点でコメディタッチにしている部分もありますが。

ーーひとつ間違ったら警察批判になりかねないセンシティブな作品だと感じました。本作を実現するにあたっては困難も多かったのでは。

白石監督:苦労したところは特になかったですね。警察がダメだとか、稲葉さんが悪い人間だとか、そういうことを描きたかったわけではなく、この作品はある意味で青春映画だと思いながら撮影しました。それに、事件を起こした刑事の人生を描いていけば、同時に組織や個人の在り方といったテーマも自然と浮かび上がってくるだろうと考えていたので、モデルになっている事件を正面から描こうとはしなかったです。どちらかというと、諸星要一(綾野剛)がS(警察に協力するスパイ)や女性との、出会いや別れを繰り返していく模様を丁寧に描きました。僕は、人と出会う瞬間こそが、人生において何よりも豊かな瞬間だと考えています。なので、諸星が誰かと出会った時のキラキラしている感じは大事にしました。

 

ーーたしかに、Sの存在を教えてくれる村井定夫(ピエール瀧)、ヤクザの黒岩勝典(中村獅童)、薬の運び屋の山辺太郎(YOUNG DAIS)、パキスタン人のアクラム・ラシード(植野行雄(デニス))など、諸星は様々な人たちと出会っていきますね。

白石監督:たとえば、本来なら対立する立場にある黒岩と諸星の出会いも、最初はお互いに罵詈雑言をぶつけ合うが、最後には笑い合っています。善悪やお互いの身分に関係なく、人と出会った時の諸星は楽しそうですよね。一方、別れの瞬間はいつの時代も悲しみを伴うものなので、寂しさや虚しさを丁寧に描いていきたいと思いました。要するに、善や悪といったテーマを中心に描いたのではなく、ひとりの人間の人生を単純に追いかけた作品とも言えます。

ーー役者、芸人、歌手、歌舞伎役者と、バラエティ豊かな方々をキャスティングしていると思いました。キャスティングする上で重視したことは。

白石監督:物語の中でも、警察、ヤクザ、パキスタン人、売人と雑多な面子でチームが組まれているので、現実でも異業種の人たちを集めた方が面白いんじゃないかなと思いました。もちろん、知名度も判断材料のひとつではありますが、なによりも僕は雰囲気を大事にして人を選びますね。その役はどんなイメージの人間なのか突き詰めてから、役柄に近しい人間性を持った人をキャスティングするようにしています。

ーー撮影現場での印象的なエピソードはありますか。

白石監督:撮影初日に綾野くんから「白石監督、明日の撮影どうしたらいいかわからないです」みたいな電話がかかってきて、深夜12時にも関わらずふたりで飲みに出かけました。その翌日には、諸星がパチンコ屋の客をパチンコ台に打ちつけるシーンの撮影が控えていて、綾野くんから「あそこのシーンどうしようと思っています?」と聞かれました。僕が「みんなさえ良ければ多少当ててもいいかなと思っているよ」と答えると、綾野くんから「それ僕も同じこと考えていました」と返答が来て……その言葉を聞いた瞬間、色んなものが一気に吹っ切れましたね。お互いに初日の時点で考え方を一致することができたのは、この映画を撮る上ですごく良かったことだったと思います。あと、DAISには、演技経験は綾野くんの方が上だけど、同じ土俵に立つなら(主演を)食っちゃうくらいの勢いでやりなよ、と発破をかけましたね。

「ノンフィクションの魅力はいくら考えても答えが出ないところ」

 

ーー本作の脚本を担当している池上純哉さんが、数年前に本作の企画を一度提案したところ、その過激な内容から却下されたというお話をお聞きしました。

白石監督:なかなか難しい企画だとは思います。僕が意識したのは日本製のギャング映画です。海外にはたくさんのギャング映画があるのに、日本にはほとんどギャング映画と呼べるものがなくて、代わりにヤクザ映画というジャンルはあります。刑事をギャングにしたら面白い映画になるんじゃないか、その発見がこの企画を成立させた大きな要因ですね。ひとりの警官を中心に、その周りにいるヤクザや売人がSとして協力、みんなでチームを組んで悪さをしていく。ただその悪行も元をただせば、すべては警察や社会平和のために行っているつもりのことであり、一概に全部が悪いと責めることはできない。そういう設定がこれまでにないギャング映画だな、と。

ーーたしかに、諸星の行動のすべてが悪いとは言い切れず、行動原理や考え方に不思議と共感を覚える場面もありました。

白石監督:暮らしている世界が違うだけで、誰しもが同じ状況になり得る可能性はあると思います。諸星がたまたま警察官だったから、取引相手がヤクザや薬の売人で、取り扱う商品も拳銃や覚せい剤になっているだけ。例えば、僕らのいる映画業界をはじめ、様々な業界にはある種の独特さが存在すると思います。映画業界であれば、戦後すぐのころはヒロポン(覚せい剤の一種)が合法だったので、それを差し入れに持ってくるプロデューサーは、仕事ができる優秀なやつだと本気で思っていた時代がありました(笑)。それと同じで、あの時代では、なにがなんでも拳銃を上げてくる刑事が良い刑事なわけで、あの世界で成り上がりたいと思う諸星からすると、すべては当たり前の行動だった。

ーー前作の『凶悪』と本作、どちらの原作も実際に起きた事件がもとになっていますが、なぜノンフィクション作品を選ぶのですか?

白石監督:撮りたいと思えるものがたまたまノンフィクション作品であっただけで、特にこだわっているわけではありません。ただ、実際に起きている事件は、すべて考えられた上で作られているフィクションと違い、登場人物の行動原理や理屈にどうしても理解できない部分が出てくるから面白い。なんでそうなるのだろう、といくら考えても答えが出ないところに魅力を感じているのかもしれません。

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