『上の句』は、紛れもなく広瀬すずのアイドル映画であった。彼女が綾瀬千早を演じるということに、制作発表時から少々不安を抱いていたが、今となっては恥ずかしく思えるほど適役だった。高身長で黙っていれば誰もが振り向くほどの美人、という原作の千早とは系統が異なるし、鈍感なカルタ馬鹿で強欲なキャラクター性とも少し違っていたが、それはあくまでも原作を知っている人間のイメージに過ぎない。実写として映画化する以上は、忠実に辿らずとも、原作に敬意を払った上で、新しい魅力を生み出さなければならない。その魅力になるだけの素質がキャスト全員にあったし、それだけのキャスティングを牽引する主人公としての引力が、広瀬すずにはあったのだ。

　まさに、広瀬すずの芝居は、劇中の瑞沢高校かるた部さながらの団体戦である。主演作が相次ぐ若手注目株と目されるだけあって、それ相応の素質を持った女優ではあるが、決して突き抜けているような特別さはまだ少ない。『海街diary』での女優アンサンブルの一角として、また『学校のカイダン』や本作のように同世代の俳優陣の中で、共演者を引き立てながら前に出てくる強さを持っている。その強さは、「綾瀬千早」としてではなく、「広瀬すず」として本作に活かされているのである。

　対照的に、『下の句』で満を持して登場した孤高のクイーン・若宮詩暢を演じる松岡茉優の芝居は個人戦である。圧倒的な存在感を持った演技力で突き抜け、クイーンとしての貫禄を見せつけ、徹底的に映画の空気を掌握している。それどころか、若宮詩暢のカルタ同様、ひとつひとつの動きに無駄がなく、演じるべきキャラクターにしっかりと成り代わっているのだ。これが松岡茉優という女優の強さであり、広瀬すずとの演技合戦は異なるベクトルの素質を持った者同士だから実現できる熾烈さがある。

　劇中の言葉を借りるならば、「団体戦は個人戦、個人戦は団体戦」。この二人の期待すべき女優の競演による化学反応が、『上の句』とはまた違った『下の句』の魅力を引き出しているのである。２作合わせてひとつの映画として作られる前後編ものだから、間違いなくひとつの映画なのに、完全に違った魅力を放っているなんて、期待も不安もすべてを軽々と超越されてしまったのだ。

　『下の句』の公開初日に続編の制作が決定したことが発表されたが、すでにこの２作で２年生時のエピソードをかなり盛り込んでしまった以上、どの部分を取り上げるのかは注目しておきたい。また前後編でやるのならば楽しみは倍増する。まだ北央以外のライバル校も登場していないし、何より周防名人が登場していないことを考えると、次作はより多様なカルタを見られるかもしれない。登場するかはわからないけれど、今のうちから逢坂恵夢と山城理音を誰が演じるのか予想を立てておきたい。

■久保田和馬
映画ライター。1989年生まれ。現在、監督業準備中。好きな映画監督は、アラン・レネ、アンドレ・カイヤット、ジャン=ガブリエル・アルビコッコ、ルイス・ブニュエル、ロベール・ブレッソンなど。Twitter

■公開情報
『ちはやふる -上の句-』『ちはやふる –下の句-』
『上の句』公開中、『下の句』4月29日（金・祝）ロードショー
原作：末次由紀『ちはやふる』（講談社「BE・LOVE」連載）
監督・脚本：小泉徳宏
音楽：横山克
出演：広瀬すず、野村周平、真剣佑、上白石萌音、矢本悠馬、森永悠希、清水尋也、松岡茉優、松田美由紀、國村隼
(c)2016 映画「ちはやふる」製作委員会 (c)末次由紀／講談社
公式サイト：http://www.chihayafuru-movie.com/