高根順次「映画業界のキーマン直撃!!」Part.01
“極上音響上映”仕掛け人が語る、これからの映画館のあり方「ほかの視聴環境では味わえない体験を」
スペースシャワーTVにて『フラッシュバックメモリーズ3D』、『劇場版BiSキャノンボール』、『私たちのハァハァ』などの話題作を手がけてきた高根順次プロデューサーが、映画業界でとくに面白い取り組みを行っているキーマンに、その独自の施策や映画論を聞き出すインタビュー連載「映画業界のキーマン直撃!!」。第一回は、音質・音響にこだわった遊び心溢れる映画館「立川シネマシティ」にて、「極上音響上映」「極上爆音上映」などの特別上映を手がけ、映画業界で注目を集める仕掛け人・遠山武志企画室長を直撃。“映画館を作る”という仕事の面白さから、映画業界を活性化させるためのアイデア、いまの映画館が抱えている課題についてまで、ざっくばらんに語ってもらった。
「映画業界のシステムは、デジタルのメリットを活かしきれていない」
ーー遠山さんが立川シネマシティで働き始めて17~18年ということですが、映画業界を見てきて、いま疑問に思っていることはありますか?
遠山:いきなり攻めの質問ですね(笑)。ここ最近の話なんですが、2011年頃、ほとんどの映画館が35mmフィルム上映からデジタル上映に切り変わったんですけど、そこそこの映画ファンとか、デジタル機器好きの方以外にはあまり知られてないですよね。そういえば変わってるんだよね、くらいで。デジタル化したことで格段に様々なコストが下がったことで、音楽ライブの録画モノや、演劇、歌舞伎や落語の舞台を映した作品が上映されるようになってきたのですが、とてもまだ一般的に受け入れられているとは言えません。実際に観たことがある方はまだ少ないと思います。
じゃあ、切り替わりのメリットは何か。制作会社や配給会社にとってはフィルムを焼かなくて良くなり、運送費、管理費を削ることが出来て、劇場なら専門的な技術や知識があまり必要でなくなるので、人的なコストダウンが可能になります。でもお客様にとってのメリットは、現時点では強く打ち出せていません。画質なんかは確かにシャープにはなりましたけど、色彩の深みや奥行きはまだフィルムのほうが優れていると思います。くっきり映ることだけが素晴らしいわけではないですからね。例えば「ハイパーリアリズム」と呼ばれる写真にしか見えない絵画は素晴らしいですが、輪郭がぼやけた印象派の絵画も魔法が掛かったような空気感が醸し出されて素晴らしいじゃないですか。スピルバーグ監督やクリストファー・ノーラン監督、日本なら山田洋次監督がいまだフィルム撮影にこだわっているのはそういう理由だと思います。前フリが長くなりましたけど、上映方式はフィルムからデジタルに変わったけれど、映画館は大して変わってないというところは何とかならないかな、と考えています。
ーー何とか、というと?
遠山:デジタルの最も良いところは、物理的な制約から脱却できることです。フィルムなら、モノとしてそこになければどうにもならないですが、デジタルデータならどうとでもなります。例えばある映画が予想を超えて大ヒットしているなら、5つのスクリーンで同時にガンガン上映してもいいし、小さな規模の作品だと地方の映画館では上映されないことが多いですが、動員が望めるなら上映してもいい。何週間かの興行を維持するのは困難でも、週末の夜だけとか、日曜の朝だけの1回や2回の上映ならそこそこ座席が埋められるかも知れません。
ーー現状ではなぜ出来ないのですか?
遠山:ひとつはVPF(ヴァーチャル・プリント・フィー)という、現在の映画上映の経済の仕組みがありまして、これは長くなるので詳述は避けますが、要はデジタル素材であっても、仮想的に1本のフィルムであるかのように扱う仕組みなのです。ですので、ヒットしているからと言って同時に多数のスクリーンで上映は出来ず、また小さな規模の作品を全国200スクリーンで1回か2回ずつ上映する、というようなこともコスト的に不可能なんです。もうひとつは、ほとんどの映画館はスケジュールを週刻みで組むということです。世界的な慣習となっていますし、お客様のほうもそういうものだと思っているので難しいとは思いますが、デジタルのメリットを最大限に活かすならば、テレビやラジオのように、日ごとに組むことです。これはフィルムでやろうとすればとてつもない手間ですが、データなら可能です。
ーーデジタルであれば、たしかにそういう方向性もありえそうですね。
遠山:趣味嗜好の細分化が言われて久しいですが、最近はさらに進んでいることもあって、例えば10年前であれば年間に公開される映画は全部で600本~700本だったのですが、去年今年は倍の1200本にもふくれあがっています。とにかく数を打つ、という方向になっているんですね。今年の夏なんかその最たるものだったと思うのですが、『アベンジャーズ エイジ・オブ・ウルトロン』『ターミネーター:新起動/ジェネシス』『ジュラシック・ワールド』『ミッション:インポッシブル ローグ・ネイション』と普通ならそのシーズンの看板となるようなシリーズの新作が立て続けに公開されました。ここにさらに話題作として『進撃の巨人』と『バケモノの子』まで加わってくるんですから大変な本数です。
結構な映画好きの方で1ヶ月の間でこの内の3本を観たとします。でもおそらく同じ映画好きの友人なんかと話になっても、観た作品が噛み合わないわけです。これだけの映画史に燦然と輝くような大ヒットシリーズ作品を観ても、まわりはまた別の作品を観ていて合わないことがある。公開本数が増えると、こういう結果が生まれます。ミニシアター系と呼ばれるような作品ならなおさらです。ですので、自分のまわりで同じ作品の感動を共有する相手を見つけるのは非常に困難で、映画を観る楽しみのひとつが奪われてしまっているわけです。しかしもうこの流れを止めることは難しいでしょう。それどころか映画は、これまでの映画の観客だけでなく、音楽の観客、芝居の観客、アニメの観客も集めないとやっていけなくなります。であれば、逆に振り切ってしまう、という方向があると思うんですね。
ーー逆に振り切るとは?
遠山:公開本数を今の3倍とか5倍にしてしまうという考え方です。映画館は日替わりでスケジュールを組む。別に新作の大作は今まで通り毎日5回とか上映するのはそのままでいいんですよ。むしろ先述の通り多くのスクリーンで一気に上映してもいい。公開本数を増やすと言っても、今までの何倍も本数を作れということではなく、旧作のリバイバルをやったり、公開期間を長くすればいいんです。数週間、日に3回~5回上映という興行を支える力のある作品はこれからさらに減っていきます。これは劇場側からの一方的な要望ではあるのですが、1作1作の上映回数を減らせば、座席稼働率は上がるんですよ。その地域で1,000名その作品を観たいと思っているお客さんがいるとして、20回上映したら1回あたり50名ですが、10回上映なら100名…というわけにはいかなくても70~80名にはなります。100名しかお客さんが見込めない作品でも、1回だけの上映にして100名いらっしゃっていただければ、上映回数の多い5,000名入る作品よりもその1回はより多く入っているということにもなるわけです。これが座席稼働率を上げる、ということですね。
ただし、ここまでお話ししておいて申し訳ないのですが、これは現状ではまったく実現がありえないファンタジーです(笑)。洋画なら上映権の保持期間などの問題もあるし、制作・配給会社の収益の都合はまったく考慮していません。劇場側だけ、もっと言えば映画ファンとしての僕の希望だけの話です。ただ「デジタル上映のメリットを最大限にする」ということのひとつはこういうことだと思います。今は上映期間が終わったらどこも大体一斉に終わってしまって、もう観られなかったり、旧作の上映なんてごく限られた作品しかありませんけど、『マッドマックス 怒りのデス・ロード』を5年間上映し続けたり、当たり前のように『ぼくらの七日間戦争』とか『未来世紀ブラジル』とかを新作を観に行ったついでに観られたら、映画ファンとしては最高じゃないですか。シネマシティでタルコフスキー作品まで上映されていたり(笑)。