本田翼が見せた、決定的な“変化”ーー『起終点駅 ターミナル』の表情を読む

 本田翼は、とても美味しそうにザンギ(鶏のから揚げ)を食べるのだ。直木賞作家・桜木紫乃、初の映画化作品となった、篠原哲雄監督の『起終点駅 ターミナル』。ある男の喪失と再生を描いた本作は、ある意味「食の映画」であると言えるだろう。ひとり孤独に暮らす中年男性が、ある事件をきっかけに薄幸そうな若い女性と知り合い、自らの料理の腕前を披露しながら、ともに食卓を囲むようになる。美味い料理は、人を無防備にさせる。男が抱えて続けて来た過去。女が生きて来た過去。そのふたつが交錯しながら、やがてふたりは、それぞれの一歩を踏み出すことになるのだ。

 とはいえ、歳の離れた男女が、それぞれ抱える過去は、なかなかにして重い。物語の始まりは、1988年の北海道。妻子のもとを離れ、単身旭川の地で裁判官として働く完治(佐藤浩市)は、ある裁判で思いがけない人物と再会する。彼が学生時代に愛した女性・冴子(尾野真千子)だ。被告人席に立つ彼女の罪状は「覚せい剤所持」。ともに学生運動の時代を生きながら、司法試験に合格した直後、何も言わずに彼のもとを去っていった冴子。それから10年、彼女はどんなふうに生きてきたのだろうか。そして、なぜ彼女は、自分のもとを去ったのか。そんな興味から、裁判後、冴子が現在働いているというスナックに赴き、やがて再び身体を重ねるようになった完治は、すべてを捨てて彼女と生きてゆくことを決意する。しかし、その矢先、彼女は唐突に自らの命を絶ってしまうのだった。それから、さらに25年が経った現在。妻と離婚した完治は、釧路で国選弁護人として働きながら、ひっそりと暮らしている。あの日、冴子を救うことのできなかった自分を罰するかのように。

 そんなある日、完治は、同じく「覚せい剤所持」で逮捕された女性・敦子(本田翼)の弁護人を務めることになる。馴染み客に「ダイエットに効く」と言って渡されたという覚せい剤。懲役二年執行猶予三年。完治にとっては、ごく普通の事件だった。しかし、裁判後、敦子が完治の家を訪ねて来る。自分に覚せい剤を渡した後、逃走を続けている男を探して欲しいと。その男は、彼女の情夫なのだろうか。「私は国選弁護人しかやらない」。その依頼を断った完治は、おもむろに昨晩から仕込んでおいたザンギの調理に取りかかる。離婚後、料理に目覚めた完治が、長年の研究のもと編み出した、独自レシピの味付けによるザンギだ。敦子を部屋置き去りにしていた(!)ことに気付いた完治は、思わずこう話しかける。「一緒にいかがですか? ちょうど飯も炊けたところです」。こうしてふたりの不思議な関係は始まってゆくのだった。

 

 かつて本田翼の魅力を、その「空洞」にあると看過したのは、うちの主筆だが(参考:本田翼は棒ではない、真っ白なキャンバスなのだ 『恋仲』をめぐる通説批判)、この映画でもまた、彼女は巨大な「空洞」として、我々の前に立ち現れる。上映開始から約20分後(!)に、ようやく訪れるその登場シーン。被告席に立った彼女は、自らの有罪が確定したにもかかわらず、決してその表情を変えることがない。その瞳は、相変わらず虚空を見つめたままだ。冒頭に彼女の役どころを「薄幸そうな若い女性」と書いたけれど、いわゆる「薄幸」とは少し違うかもしれない。ここに存在しているようで、どこか存在していないような……そんな不思議な雰囲気を彼女は身にまとっているのだ。単なる「無表情」ではなく、こちらの気持ちを見透かされているような「無表情」。空洞なのは彼女なのか俺なのか。しかし、そんな無表情な彼女が、破顔一発、突如として生気を帯びる瞬間がやって来るのだった。佐藤浩市演じる完治が作ったザンギを頬張る瞬間だ。「美味しい!」。そして彼女はニコニコと語り始める。中学卒業後に家を飛び出し、スナックや風俗(!)で働きながら無目的に生きて来た、自らの人生を。「頭が悪いから漢字もたくさん読めないし、普通の事務員なんかとても無理。夜の仕事はわりとあっさり雇ってくれたから」。屈託のない笑顔を浮かべながら、そう語る彼女。本作を観る筆者の眠気が吹っ飛んだのは、言うまでもないだろう。

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