月9ドラマのチャレンジ作『恋仲』が見逃せない理由

本田翼は棒ではない、真っ白なキャンバスなのだ 『恋仲』をめぐる通説批判

 世の中にはしたり顔で業界事情を語る「事情通」が溢れていて、そんな「事情通」によっていつの間にか「通説」ができあがっていく。そういう意味では、ネット界というのはオヤジ週刊誌や女性週刊誌の悪い部分をグツグツと煮詰めたような世界で、時折心底うんざりする。まぁ、まだその「通説」が大筋で間違ったものでなければ見過ごせるのだが、往々にしてそこで語られていることは間違いだらけなのだ。今回は現在放送中のフジテレビ月9ドラマ『恋仲』にまつわるそんな「通説」を一つ一つひっくり返していきたい。

通説その1:視聴率が低すぎてヤバい

 初回9.8%、第2回9.9%、第3回11.9%。もう、これだけ書いて「以上!」と済ませてしまいたくなるが、そんな現在までの視聴率の推移が証明しているように、『恋仲』の視聴率は全然ヤバくない。というより、放送回を追うごとに視聴率を上げている唯一のドラマという意味で、今のところ夏クールで最も成功しているドラマの一つと言っても過言ではない。視聴者は作品の出来に対して正直なのだ。

 確かに、「月9史上初の初回視聴率一桁」という事実のインパクトは大きかったし、初回放送直後にはそれをもって各方面で「大失敗」の烙印を押されてしまった。そして、その後の奮闘についてはニュースバリューに欠けるせいか、その数分の一しか話題になっていない。ちなみに、初回視聴率というのは放送枠のアドバンテージ/ハンデ、キャスティングを筆頭とする座組や事前パブリシティといった、そのドラマの企画全体に対する評価だ。つまり、初回9.8%という数字は、フジ月9という枠に特別な価値を感じる視聴者の激減(ここ数年の推移から言って「消滅」と言ってもいいかもしれない)、近年のドラマで大きな成果を残している役者の不在、人気原作ものではないこと、などが主な原因であり、それは作品に対する評価ではなく局の編成や制作に対する評価である。

 というか、そもそもいつからまるでみんな業界人のように視聴率ばかり気にするようになったんだ? はっきり言って、あなたの人生とドラマの視聴率にはほとんどなにも関係がない。唯一関係があるとしたら、あなたが入れ込んでいるドラマが、低視聴率が続いているために途中から内容を改変されたり(たまにある)、打ち切りになったり(最近よくある。なので、以前は放送開始時に全放送回数を発表するのが通例だったが、近年は「打ち切り」の事実をうやむやにするために発表されなくなった)した場合のみだろう。さすがにそれはガッカリだよね。ご心配なく、少なくとも今のところ、『恋仲』が現場介入を受けたり、打ち切られたりする気配はゼロだ。

通説その2:本田翼の演技が棒

 あぁ、これまで一体何人のモデル出身女優が、「モデル出身女優」というプロフィールに引っ張られて「棒」認定を受けてきたことだろう? もしかして、演技の上手い下手って、感情表現の豊富さとか、個性やアクの強さとか、セリフ回しの巧みさとかだけで決まると思っているのだろうか? というか、「本田翼が棒」とか言っている人の一体何%が、昨年公開された『ニシノユキヒコの恋と冒険』の、あのどうしようもなく儚な気で清潔なエロスに満ちた本田翼の名演技を見ているのだろうか?

 はっきり言いますね。本田翼はそんなに演技が上手くない(はっきり言っちゃった!)。でも、実はものすごい潜在力と破壊力を秘めた女優だと思っている。つまり、作品によってかなりバラつきがあって、演出家の腕次第でいくらでも「化ける」ことができる女優であるということ。下手に色がついていて演技が予測可能な女優よりも、余白がたくさんあって、演出家がまるで白いキャンバスを前にしたように自由に色を塗ることができる女優。いい女優っていうのは、そういうことだと思うんですよ。

 そういう意味では、『恋仲』の本田翼はとにかくニュートラル。つまり、演出家の色が良くも悪くも薄いせいで、ほとんど何の色をつけられてないままカメラの前にポツンと立っている。時折ふと見せる、あの空っぽな表情。あれにゾクゾクしないとしたら、あなたはかなり鈍感と言わざるを得ない。まさに『空洞です』。本田翼は女優界のゆらゆら帝国だ。

通説その3:『恋仲』は「恋愛ドラマの月9」を復活させた作品である

 というようなことを、局の社長だかプロデューサーだかが放送前に言っていたように記憶しているが、そして、それをそのまま各メディアは右から左へとニュースとして流していたように記憶しているが、その結果が初回の9.8%という数字。つまり、月9が長年ターゲットとしてきたF1層と言われる20代〜30代前半の女性視聴者からそっぽを向かれたわけだ。でも、実は『恋仲』は「恋愛ドラマの月9」のルネッサンスみたいな作品ではまったくない。

 ここ数年、女子中高生を中心に、というかほぼその層のみを狙い打ちしてスマッシュヒットを続出させている少女漫画原作の恋愛映画。正直言って、それぞれの作品の出来不出来は大いにムラがあるんだけれど(それをほぼ全部見てる40代男の俺はなんなんだ?)、ここ半年間の代表的なヒット作といえば咲坂伊緒の原作を映画化した『アオハライド』と『ストロボ・エッジ』。要は『恋仲』の本田翼&福士蒼汰の2人って、『アオハライド』のヒロインと『ストロボ・エッジ』の壁ドン君なわけ(ちなみに、これを逆の組み合わせにすると東出昌大と有村架純となる。『恋仲2』は是非それで!)。

 そこだけを踏まえると、安直な企画、ヒネリのないキャスティングと思うかもしれないけれど、『恋仲』に志があるとしたら(というか、あるんですよ)、それを完全なオリジナル脚本でやっているところ。ちなみに『恋仲』の脚本を手がけている桑村さや香は『ストロボ・エッジ』の脚本で映画デビューしたばかりの若手女性脚本家。そこからも、フジテレビが掲げている「恋愛ドラマの月9の復活」というのが建前で、実際のところは近年の「東宝による少女漫画原作恋愛映画」(これ、実は今の日本映画において非常に珍しいジャンル・ムービーなんですよ)の影響下、新しい世代の作り手と、新しい世代の役者による、新しいドラマを作ろうというチャレンジングな企画だったということは明らか(なにしろ挿入歌は銀杏BOYZである)。で、それが成功しかかっているのが今の状況なのだ。90年代以降、日本映画界ではテレビ局主導の作品が幅を利かせてきたけれど、ここにきて、日本映画の一つのジャンルムービーの影響からテレビドラマのヒット作が生まれるとしたら、それは大きなターニングポイントと言ってもいいのではないだろうか?

■宇野維正
音楽・映画ジャーナリスト。「リアルサウンド映画部」主筆。「MUSICA」「クイック・ジャパン」「装苑」「GLOW」「NAVI CARS」「ワールドサッカーダイジェスト」ほかで批評/コラム/対談を連載中。今冬、新潮新書より初の単著を上梓予定。Twitter