『M:i5』の隠された魅力とは? アクション、テーマ、演出の特異性をひも解く
世界を輝かせる、ひと言の台詞
マッカリー監督の前作『アウトロー』は異様な映画だ。『大いなる西部』や『夜の大捜査線』など、本筋に直接関係ないと思われる古い映画のあからさまなオマージュが、出し抜けに挿入される。例えば、出演者の一人が名俳優シドニー・ポワチエに似ていたという理由で、ポワチエそっくりに衣装を作り直すなど、ある種変態的な情熱が注がれている。さらに『裏窓』を想起させる演出など、ヒッチコックへのオマージュも見られ、本作におけるオペラ座の要人暗殺シーンでも『暗殺者の家』(後に『知りすぎていた男』としてリメイクされた)のクライマックスそのままの描写を行っている。このようなマッカリーのクラシック作品への情熱は何を意味するのだろうか。
本作で、観客の多くが魅了されたのが、レベッカ・ファーガソンが演じる、謎の凄腕女性諜報員イルサだろう。ここで注目したいのは、彼女のロマンスのシーンである。巨匠エルンスト・ルビッチ監督のクラシック作品『ニノチカ』は、全く愛想の無いスパイを演じるクールな女優、グレタ・ガルボがとうとう大笑いするという演技が話題を集めた映画だ。彼女が笑うとき、観客は、自分が観ている映画の作品世界が突然変貌し、輝き出すように感じるだろう。そして、誰もが彼女に好意を持たざるを得ない。俳優の魅力を引き出し、魔法のような瞬間を作り出す。これが、優れた監督の演出の力であり、そこに魂を注ぎ込むのが、かつてのロマンス映画の価値観であった。だが本作のスパイ、イルサが、イーサンに三つの提案をするというかたちで描かれるロマンスは、ヒロインの大笑いもなく、ましてやキスシーンや抱擁があるわけでなく、ただひと言、台詞を言うだけである。それでもこのシーンには、映画を輝かせる力が備わっている。
イルサの内面や神秘性がクローズアップされるシーンでは、オペラ座で演じられていた歌劇「トゥーランドット」の旋律が流れる。この歌劇は、氷のような心を持つトゥーランドット姫の物語である。姫は三つの謎を解いた者と婚姻すると宣言するが、ある国の王子はその謎を解くとともに、姫の心を氷解させ愛に目覚めさせる。これはイーサン・ハントが、イルサの残した謎を追い試練を乗り越える展開と重なり、また、彼女がイーサンに持ちかける三つの選択肢も、この設定が基になっているのだろう。
本作の舞台のひとつは、モロッコの都市カサブランカである。マッカリーの出世作『ユージュアル・サスペクツ』の題名は、実は名作映画『カサブランカ』のなかに登場する警察署長の名台詞から引用された言い回しである。『カサブランカ』でイングリッド・バーグマンが演じたヒロインは、本作の「イルサ」と同名であり、マッカリー監督が意識的にオマージュを捧げていることは間違いない。そして『カサブランカ』のヒロインも、主人公に冷たく接しながら、内に熱い情熱を隠す、トゥーランドットと重なる女性なのである。それら複数のイメージを、レベッカ・ファーガソンというひとりの女優に反映させているのだ。彼女はロマンスでは無表情を装うが、瞳だけが情熱的に輝いている。これこそ、内に炎を秘めた氷の演技である。
『カサブランカ』には派手なアクションシーンは用意されていないが、人生の苦味を表現する美しい台詞で観客の心を掴み、今もなお名作として名高い。マッカリーは、このような過去の作品の要素を再現することで、かつての映画が持っていた価値観を甦らせようとしているのだ。イルサが三つ目の選択肢として、そのひと言を発すると「トゥーランドット」の旋律が流れ、さらに本作のテーマ曲がクロスオーヴァーされる。その演出には、彼女の人間としての強さと弱さに触れたイーサンの人生の葛藤、そして悲しい運命すらをも予感させる。『誘拐犯』、『アウトロー』と、監督作で人生の苦味を味わい深く描いてきたマッカリーは、『カサブランカ』同様、人生に訪れる一度きりの輝き、人生の選択における苦い味わいを、演出と脚本を周到に準備することで、この一瞬に集約させることに成功したといえる。シリーズ作品としての義務を果たしながら、スパイ活動の矛盾を描き、さらにかつての映画の魅力を再興させた『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』は、まさに不可能と思えるアクロバティックなミッションをやり遂げた映画といえるだろう。
■小野寺系(k.onodera)
映画評論家。映画仙人を目指し、作品に合わせ様々な角度から深く映画を語る。やくざ映画上映館にひとり置き去りにされた幼少時代を持つ。Twitter/映画批評サイト
■公開情報
『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』
公開中
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