五木寛之・筒井康隆・阿刀田高に学ぶーー人生100年時代に「90代作家」のエッセイが読まれる理由

90代作家のエッセイが静かに売れ続ける理由

 90代を迎えた大物作家たちのエッセイが、静かに売れ続けている。短編の名手として知られる91歳の作家・阿刀田高が2025年に出版した『90歳、男のひとり暮らし』は、今年3月の時点で7刷、3.5万部を売り上げた。他にも、この世代の大物作家のエッセイは根強い人気を得ている。

 前述の阿刀田以外にも、92歳となったナンセンスSFの巨人・筒井康隆もまだまだ活躍を続けている。2024年に自宅で転倒して頚椎を損傷し、現在は高齢者施設に住みつつも、近年の出来事をまとめたエッセイ『筒井康隆、九十歳のあとさき  老耄ろうもう 美食日記』を発表。入院に関する出来事以外にも高級ホテルのレストランなどでの美食についても書かれており、健啖家ぶりを窺わせる。こちらのエッセイはセブンネットの「定年・老後」ジャンルの売れ筋ランキングで1位を獲得しており、堅調に売れていることがわかる。

 10月19日に出版された五木寛之の新刊『時には大河の流れにさからって』も話題となっている。現在94歳の五木が1998年に出版した大ベストセラー『大河の一滴』をもじったタイトルのこの新刊では、ガン治療を乗り越えた現在の日々の生活や心境が素直に綴られている。さらにAIや高齢化、戦争といった社会的なテーマや、自らの今後についても、自身が老齢となった現在の持論が書かれている。

 これら90代の作家は昭和・平成の出版文化の全盛期から仕事をしてきた世代であり、彼らが旺盛に仕事をしていた時期の出版業界の規模や体力は、今よりも充実していた。その時期に獲得した読者がそのまま繰り上がって歳を取るなか、今もって当時からの読者をキープし続けているという面は確かにあるだろう。が、それ以上に現代は「90代の人間のロールモデル」が求められている時代なのだと思う。

 つい数十年前までは、人が健康な状態を保って90代を迎えることは相当なレアケースだったはず。だが現代はあらゆる面の条件が整ったことで、90歳を超えても生きる人がそれほど珍しいものではなくなっている。

 これは人類にとって、かなり新しい状況である。90歳以上の年齢については当然ながら、積み上げられてきた知見や常識が少ない。何を食べ、何をして、何を考えているのか、当事者以外にはまだまだよくわからない。そしてさらに、その先には避け難い「死」という現象が存在する。今では老齢期のとば口となった70歳より先、その向こうには何があるのか。体や精神にはどのような変化が発生するのか。なにしろ、ハタから見れば同じ老人でも、70歳から90歳の間には20年もの差が存在するのだ。この20年間の向こう側がどうなっているのかは年少世代にとっても興味深いテーマだ。

文豪だからこそ描ける「未踏エリアの現実」

 90代を超えた大物作家たちは、今まさにその向こう側、未知のゾーンに入って生活している最中の人々だ。そもそも彼らは普通の人間ではない。ベストセラーを書き、文章を作ることで生きてきた人々である。当然ながら着眼点に独自性があり、斬新な切り口で自分の生活について書き綴る能力がある。「文章を書く」という仕事は歳をとっても比較的スキルが落ちにくいものであろう。「老いの向こう側」について取材してもらうには、老練な大物作家はうってつけの人材だ。

 こうして考えると、年齢が90歳を過ぎた人々の見る世界というのは、人類にとって数少ない未到のエリアのような気もしてくる。誰もが「そこはどうなっているのだろうか」という関心を持っているにも関わらず、90歳以上の世界には限られた人々しか到達できず、その上そこで何が起きているのかを正確にレポートできる人となると、さらに一握りということになる。90歳以上の作家たちが書き綴っているエッセイは、ごく一部の人類だけが到達できる前人未到のエリアを冒険した、ある種の紀行文・探検記と言っていい。

 また、90歳以上の作家たちはキャラクターが立っていることも多い。性格や好みがはっきりしているから、読者は自分に近かったり、親近感が持てる作家のものを選んで読むことができる。つまり、これから老いていく自分のロールモデルとしても、これらのエッセイは読めるのだ。趣味嗜好の異なる読者が、自らの好みでチョイスして読むことができる、現実に存在する未知の領域の探検記。そう考えれば、現在「90歳以上の大物作家のエッセイ」というジャンルが盛り上がっている理由も見えてくるように思う。

 強烈な高齢化社会となりつつある日本で、おそらくこのジャンルへの需要は途切れることがないだろう。現在90代の作家たちの下の世代もそのうち年齢的に追いつき、その時はその時で時流を捉えたエッセイを書いてくれるはずだ。「老いと死」という人類最大の関心事への興味が尽きない限り、著名な高齢作家の仕事は不滅なのである。

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