『ババガヤの夜』王谷晶の最新作はボディ・ホラー×SFアクション? 『令和元年生まれ ルリカ50歳』の強烈な刺激
近年、日本の小説が、続々と海外で翻訳出版されている。まだマンガやアニメほどではないが、小説も重要な輸出コンテンツになったといえるだろう。それでも2025年に、英訳された王谷晶の『ババガヤの夜』が、英国推理作家協会のダガー賞の翻訳部門を受賞したことには驚いた。いままでにも日本人の作品が最終候補になったことはあったが、受賞は初めてである。まさに快挙といっていい。
ただしこの受賞によって、王谷作品を未読の人が、作者をミステリー作家だと思うようになったら、ちょっと困ってしまう。なぜなら作者は、特定のジャンルに拘泥せず、自由自在な創作活動を続けているからだ。それがよく分かるのが、2018年に刊行された短篇集『完璧じゃない、あたしたち』だ。収録されている23作は、すべて女性同士の物語だが、恋愛小説からSFやファンタジーまで、内容はジャンルを問わない。まるで作者の才能を並べたショーケースになっていたのである。
だから『令和元年生まれ ルリカ50歳』(集英社)の帯に書かれた、「異色のボディ・ホラー×SFアクション!」という惹句を見ても、すんなり信じる気にはなれなかった。いや、読んでみたら、たしかに合っている。しかし、それだけでは収まり切れない要素が、詰め込まれていたのだ。
令和50年5月1日、今日で50歳になるシモムラルリカは、ずたぼろになって死にかけていた。いったい何があったのか。すぐに時間が巻き戻り、そこに至るまでの経緯が綴られる。ルリカは首都埼玉の浦和在住。大手派遣会社の清掃員として、つつましく暮らしている。性格は善良で素直。だがそれゆえに、何事にも従順だ。親友でルームメイトのユアとの生活に満足しており、とりあえず65歳で定年を迎えようと思っている。
ところがユアに連れられて、定年制度を破壊するという怪しい集団に引き合わされる。何も理解できないまま帰宅すると、警官がやってきて争いになった。このとき逃亡しようとしたルリカは右腕と右足を失ってしまう。やがて気がつくと、ドクター天才と名乗る謎の人物によって、オルガン・マシン(臓物機械)と融合させられ、異形の改造人間にされてしまったのだ。
ドクター天才のもとからも逃げ出したルリカだが、その先は廃墟のような池袋であった。なぜ東京は荒廃し、数十年前に首都が埼玉に移転したのか。ガレキという少年と出会い、一緒に行動するようになったルリカは、頑丈になった肉体と、勝手に動いて敵を殺すオルガン・マシンに困惑する。そしてガレキから海のことを聞き、そこにユアがいる可能性を感じて、お台場を目指すのであった。
読んでいるうちにルリカのいう“定年”の実態が明らかになる。詳細は省くが、国家によって命が管理されていたのだ。他にもさまざまな制約があるルリカのいた首都は、まさに管理社会である。だが、荒廃した東京も碌なものではない。神様と思われたり、見世物にされようとしたりと、ルリカは望まぬまま騒動に巻き込まれる。そんな事態を勝手に動くオルガン・マシンが、人を殺しまくることで乗り越えていく。殺人の描写は、バイオホラーとスプラッタとバイオレンスに満ちており、とても激しく恐ろしい。
だが、それ以上に恐ろしいのは、ルリカ自身かもしれない。肉体の変化を受け入れながら、善良で素直な性格が変わることがないのだ。育ちのせいもあるが、東京の常識とズレたルリカの言動が、しだいに恐ろしく感じられるようになっていく。
もっともそれは作者の狙いであるのだろう。社会の片隅でひとりで生きてきたルリカは、それゆえにユアやガレキにこだわり続ける。終盤で定年のさらなる真実や、ルリカの変化には驚かされた。だが、ラストまでたどり着いてみると、本書が独りぼっちだったルリカが、家族を得るまでの物語だったと思えるのだ。作品世界に現代の諸相を投影してもよし。バイオホラーとスプラッタとバイオレンスを堪能してもよし。ジャンルを問わない作者の、ごった煮のごときストーリーは、刺激が強烈だが極上の味わいなのである。