『カフネ』阿部暁子「しんどい物語のなかに一つのきらめきがほしい」 『どこよりも遠い場所にいる君へ』公開記念インタビュー

 『カフネ』(講談社)で第22回本屋大賞を受賞し、瑞々しい感性と深い人間洞察で読者を魅了し続ける作家・阿部暁子。彼女が2017年に発表し、大きな反響を呼んだ傑作青春小説『どこよりも遠い場所にいる君へ』(集英社オレンジ文庫)が、10月9日より待望のアニメーション映画として劇場公開される。

 離島の高校を舞台に、重たい過去を背負った少年と、過去の時代からやってきた謎の少女との出会いと再生を描いた本作。2018年には続編『また君と出会う未来のために』(集英社オレンジ文庫)が刊行され、今年6月にはファン待望のスピンオフ短編集『まだいない君に星の舟を』(集英社オレンジ文庫)が新たに登場するなど、時代を超えて愛され続ける物語だ。

 今回リアルサウンド ブックでは、映画化を記念して原作者の阿部暁子にインタビュー。9年前の執筆当時を振り返る「ポエム魂」の裏側から、映像化によって立ち現れた新たな感動、そして「出会いを力に変える」物語へ込めた真摯な想いまで、じっくりと語ってもらった。




『遠野物語』などのちょっと不思議なことが起きる昔話が好き

阿部暁子『どこよりも遠い場所にいる君へ』(集英社オレンジ文庫)

――『どこよりも遠い場所にいる君へ』の映画化、おめでとうございます。刊行されたのは2017年、約10年前ですね。過去からやってきた少女と男子高生の主人公が出会う、いわゆるボーイミーツガールの物語。『カフネ』とは読み心地がちがって、驚く人も多そうです。

阿部暁子(以下、阿部):先日、改めて読み返してみたら、こっ恥ずかしくなってしまって(笑)。言葉の選び方や文章の書き方が今の自分とは違う、というのもあるのですが、今だったらセーブしがちなところを恥ずかしげもなくポエムのように描き切っているなと……。今はもう書くことのできない、あのときの自分だからこそ書けた小説だと思いました。

――離島にある高校を舞台に、「神隠しの入り江」にまつわる伝承と、過去から現れた少女との出会いを描こうと思われたのはなぜだったのですか。

阿部:「眉村卓さんの『ねらわれた学園』みたいなジュブナイルを書いてみませんか」とお声がけいただいたんです。恥ずかしながら『ねらわれた学園』は未読だったのですが、読んでみたら、未来からやってきた人物がキーパーソンになる物語だった。だったら自分は過去からやってきた人物がカギとなる小説を書いてみようかな、と。でも、SFやファンタジーを書いたことがなかったので、時空を超えて人が現れたり消えたりすることを、まず自分自身のなかで納得する必要もありました。

――それで「神隠しの入り江」の伝承が。今だけではなく、島ではこれまでに何度も人が現れたり消えたりして、それを世話する一族がいるという設定には、確かに説得力がありました。

阿部:子どもの頃から、『遠野物語』などのちょっと不思議なことが起きる昔話が好きなんですよ。紐解いていくと案外、人が消えたり現れたりするようなお話は残っている。ではどういう場所でそれが起きるのかと考えたときに、海が思い浮かびました。岩手の内陸育ちなので、海には神秘的なイメージを抱いていたんですよね。開かれた広大な海ではなく、隠された入り江みたいな場所だったらありえるかもしれない、と一つずつ想像をふくらませて、設定していきました。

――入り江に現れる人はマレビトと呼ばれている、というのもよかったです。小野不由美さんの『ゴーストハント』が好きなんですが、あの作品にも海辺の入り江のような場所にまつわるマレビトの伝承が出てきましたね。

阿部:私がマレビトという言葉を知ったのはマンガの『百鬼夜行抄』なのですが、『ゴーストハント』も大好きです。突拍子もなく不思議なことが起きるのではなく、過去に起きたことや人々の想いと地続きの場所で、グラデーションのようにまじりあって何かが起きる、というお話に惹かれるので、私も書くならそういうものにしたいなと。

――主人公の和希は、かなり重たい過去を背負って離島にやってきた少年。そんな彼が、1974年からやってきた七緒を助け、距離を縮めていく物語ではありますが、恋愛よりも、それぞれの抱えていた傷を癒していく成長物語のほうに主軸が置かれていますね。

阿部:ド直球の恋愛小説、みたいなものを書くのがあんまり得意じゃなかったんですよね。あと、前触れもなく過去からふっと現れた人が、親しくなったと思えたころにまた消えてしまう話にしたい、と思ったんです。だとすると、二人の関係もそこまで熟すことはないだろうと意識していました。くわえて、おっしゃるように、抱えている傷や苦しみをどう乗り越えていくのかというのが、私にとって、大きなテーマだったんです。当時の私は会社員をしながら小説を書いていて、時間に追われる日々に心も追いつめられることが多かった。そんななかで、関わりのある誰かとすれ違ったり揉めたりすると、常以上にしんどくなってしまうんですよね。人ってどうしてこんなにもわかりあえないんだろう、としみじみ感じていたことが、物語にも投影されています。

――和希が地元にい続けることができなくなった、クラスメートにも隠している過去は、どのように思いついたんですか。

阿部:当時、インターネットにおける個人攻撃の苛烈さを目にする機会が増えていたんですよね。ネットを通じての人の関わりは絶対なくならないし、むしろこれからどんどん根深くなり、現実と切り離せないひとつの社会として育っていくだろうという予感がありました。そういう世界で果たして私たちは人を信じて生きていけるのだろうかと、深刻に考えていたことを覚えています。和希は、身の回りで起きたことによって素性を晒され、否定と攻撃を浴びて、新しい居場所でもいつ露見するかと怯えながら生きている。そんな状態で、どうしたら自分が生きていくことを肯定できるだろうか、と私自身、和希を通して考えたかったんだと思います。だから、はじめて監督にお会いしたとき、開口一番「これは和希の物語ということで、いいんですよね」とおっしゃっていただけたのが、とても嬉しかった。

――「傷を乗り越える物語」というテーマをくみとってくださったんですね。

阿部:リモートの打ち合わせで、もうちょっと前置きというか、ご挨拶のターンが続くのかと思っていたので面食らったんですけど(笑)、小説をしっかり読んだうえで、どういう映画にすればいいのかを考察してくださっているのを感じました。七緒は確かに重要人物で、彼女自身にも乗り越えるべき傷はあるんですけれど、小説は最初から最後まで和希の目を通して描かれている。そして最初の彼と最後の彼とでは少し違うことも描いている。二方向からの物語として描くのではなく、あくまで和希を描く物語なのだと、確認してくださったのが印象的でした。

説明がないのに響く、そこにもまた映像のすごさ

阿部暁子(原著)、はのまきみ(著)、桑村さや香(監修)『どこよりも遠い場所にいる君へ 映画ノベライズ』(集英社みらい文庫)

――実際、完成した映画をご覧になって、いかがでしたか。

阿部:改めて自分の小説を読み返したときみたいに、こっぱずかしい気持ちになるんじゃないかと思っていたんですけど、途中から自分が原作を書いているということを忘れて、引きこまれてしまったことに驚きました。緊張することもなく、ひとつの作品として夢中になれたということは、それだけ誠実に丁寧につくっていただけたということ。素敵な作品にしていただけて、本当にうれしいです。

――とくに印象的だったシーンはありますか?

阿部:映画化するにあたって、内容を変えたわけではないのですが、流れを入れ替えた部分があるんです。それが、少年の成長物語としてとてもニクい演出になっていて、悔しかった……(笑)。冒頭で、七緒が実際に生きている1974年の町の風景が描かれるのもよかったです。監督もお気に入りのシーンとして挙げてくださっていますが、これは絶対に小説ではできなかったことなので。

――あくまで、和希視点の物語だから。

阿部:そうなんです。それを、主人公は和希だという軸を守りながら、モノクロームで描かれる過去の町と、カラーで描かれる現代の町を重ね合わせるように描くことで、何十年分もの時間の厚みを感じられたのがすごいなと思いました。あと、和希のつらい過去を描くシーン。小説でもかなり分量を割いて書いてた大事な部分なのですが、映画では「ラ・カンパネラ」の一曲を流し終えるまでの時間、ひとつの言葉もなく映像だけで説明されるんです。説明がないのに響く、そこにもまた映像のすごさを思い知りました。

――和希がピアニストだったことも、その過去には関わってきますが、実際に音楽を流すことができるのも映像の強みですね。

阿部:そうですね。和希をピアニストにしたのは、何か一つのことに打ち込んでいる少年にしたかったのと、追いかけていたその夢を手放さざるを得なくなってしまう現実を描きたかったから。という、設定上の理由もあるのですが、私自身、音楽が好きなんですよ。小説で音を流すことはできなくても、しんどい物語のなかに一つのきらめきがほしい、と思いながら書いていました。音楽を聴いていると自然と心が修復されるというか、希望が戻ってくるようなイメージがあって。物語にも最終的には希望を残したいという想いが、映画でも描かれていてよかったです。

映画『どこよりも遠い場所にいる君へ』【10月9日(金)公開】本予告60秒

出会いを力に変えるような姿を描きたい

――和希と七緒だけでなく、理不尽な痛みを抱えている人が、本作にはさまざまに登場しますね。ボタンの掛け違いによって追い詰められてしまったり、あるいは、自分でもコントロールのできない歪みを抱えていたり……そうした切実さは、今の阿部さんにも通じるテーマなのかなと思いました。

阿部:とくにライト文芸では、物語が収束するにつれて人のいい面がクローズアップされがち。私自身、そうした物語を書こうとしているところもあるんですが、ときどき、書いていて息苦しくなってしまうんです。私の中にだって「いい」とは言えない側面が少なからずあるからこそ、物語の清潔さがしんどくなってしまうというか、美しくない自分は許されないような気持ちになってしまうんです。人というのは多かれ少なかれ、なかなか口にできないような想いを心の底に抱えてるんじゃないかとも思うから、あまり白一色の物語にはしたくないと思っているんですよね。物語の後半で、とあるキャラクターが思いもよらぬ存在感を放つのは、私も想定していたことではなかったけれど、きっとその、清潔さに対する忌避感が滲んだのだろうなと思います。

――和希を守るため、七緒はそのキャラクターを拒絶しますが、どこか否定的に描かれていないのが印象的でした。

阿部:ありがとうございます。何か理不尽なことが起きたとき、明らかな原因があればそれを取り除けばいい。あるいは、解決するために試行錯誤すればいい。だけど、たとえばそのキャラクターの根本的なところを誰も変えられないように、世の中には原因と解決方法がさだかではないことのほうが多いし、だからこそ生きていくのは、ときにしんどい。それでも、少しでも生きていくことはいいことだと思えるようにするにはどうしたらいいのか、というのは今作に限らず、私が物語を書きはじめるときの起点である気がします。

――その希望を描くためにも、今作では、何十年という時間のなかで物語を描くことが必要だった気がしますね。ネタバレになるので詳細は書けませんが、島の歴史、そして島における高校の役割、みたいなものも、しっかり描かれていて読みごたえがありました。

阿部:本作は、隠岐の海士町と隠岐島前高等学校をモデルにさせていただいているんですよ。島前高校と海士町の町長さんが膨大な時間をかけて過疎からの復活劇を遂げたことを知って、そうした物語を描きたいという想いもありました。島民一丸となって力を尽くした経緯を調べたとき、現実を生きる人間の力には物語以上にすごいものがあると感銘を受けて。その力強い人間の力を描くことで、過去からふわっとやってきた少女と出会う物語が、地に足をつけたものになるんじゃないかとも思いました。世の中には、出会ってしまったがために取り返しがつかない悲劇が起きることも多々ありますが、物語ではやっぱり、出会いを力に変えるような姿を描きたい。誰かがお金を出して、時間を使って読んでくれるものだからこそ希望を描きたいですし、できれば「もしかしたら自分にもそうした希望が得られるかもしれない」と思ってもらえる手触りのある小説を書きたいと思っています。

阿部暁子『また君と出会う未来のために』(集英社オレンジ文庫)

――少し大人になった和希も登場する続編『また君と出会う未来のために』にくわえ、映画化に際し、『まだいない君に星の舟を』というスピンオフ短編集が刊行されました。マレビトを世話する一族であり、和希とともに七緒を発見した高津の中学生時代が描かれるなど、『どこ君』ファンには待望の一冊です。

阿部:まさかスピンオフを書くことになるとは思っていなかったのですが、なんとか久しぶりにポエム魂を炸裂させて書きあげました(笑)。でも、まっすぐに書くことってやっぱり面白いし好きだなと思いだせたので、よかったです。高津をはじめ、ほかのキャラクターについてはなんとなく「こういうこともあったかもしれないな」程度で、細かく設定していたわけではなかったので、最初はどうしようかと思いましたが……。

阿部暁子『まだいない君に星の舟を』(集英社オレンジ文庫)

――そうなんですか? 『どこ君』を読んでいたときからつくられていた話が満を持して描かれたのかと思っていました。

阿部:全然(笑)。でも、私にとって理想の小説は「今生きている世界をナイフとフォークとで一部切りとって物語にした」というもので。サイズは小さくても、その中に詰まっているのは他の人たちも生きてきた歴史、今に至るまでのすべてが詰まっているはずだから、主人公以外の人生もちゃんと描きたいと思っているんです。たとえ、名もない通りすがりの人であっても。だから、スピンオフというかたちで、また別の一部を切り取れたのが嬉しいですし、『どこ君』の原作や映画に触れた方にぜひ読んでいただきたいです。

■書誌情報
『どこよりも遠い場所にいる君へ』
著者:阿部暁子
価格:792円
レーベル:集英社オレンジ文庫

『また君と出会う未来のために』
著者:阿部暁子
価格:902円
レーベル:集英社オレンジ文庫

『まだいない君に星の舟を』
著者:阿部暁子
価格:715円
レーベル:集英社オレンジ文庫

『どこよりも遠い場所にいる君へ 映画ノベライズ』
原著:阿部暁子
著:はのまきみ
監修:桑村さや香
価格:913
レーベル:集英社みらい文庫

■公開情報
『どこよりも遠い場所にいる君へ』
10月9日(金)全国公開
出演:石橋陽彩、永瀬アンナ、土屋神葉、上坂すみれ、羽多野渉、岡本信彦、松岡禎丞、藤木直人(友情出演)、玉木宏
原作:阿部暁子『どこよりも遠い場所にいる君へ』(集英社オレンジ文庫)
監督:和田純一
脚本:桑村さや香
キャラクターデザイン・総作画監督:へちま
制作:トムス・エンタテインメント/第6スタジオ
音楽:中村弘二
主題歌:とた「オリーブ」(RECA Records)
劇中歌:とた「鳳仙花」(RECA Records)
配給:松竹
製作幹事:松竹、ポニーキャニオン
©阿部暁子/集英社・『どこよりも遠い場所にいる君へ』製作委員会
公式サイト:https://sh-anime.shochiku.co.jp/dokokimi-movie/
公式X(旧Twitter):@dokokimi_movie
公式TikTok:@dokokimi_movie

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