『ブルーピリオド』1000万部突破! 「大学編」が提示した“自分は何者なのか”というテーマ

 『ブルーピリオド』がシリーズ累計1000万部を突破した。講談社「アフタヌーン」にて2017年8月号から連載中のこの作品は、「マンガ大賞2020」を受賞した注目作。コミックスも17巻まで発売されており(18巻が11月21日に発売)、2021年のアニメ放送を皮切りに、舞台化、実写映画化もされるなどメディアミックス展開も盛んだ。作者の山口つばさは「とんでもないことだ…本当にありがとうございます…」と感謝のコメントを寄せており、ファンからも祝福の声があがっている。


 『ブルーピリオド』は、美術に興味を持ち始めた高校生、矢口八虎を中心に描かれる青春群像劇で、八虎が絵を描く楽しさに目覚め、美術予備校での受験準備や東京藝術大学の入学試験に挑む姿を描く。最初の6巻までの「受験編」では、八虎が美大合格を目指して努力し、課題を克服して自分の絵の力を証明していく様子が描かれ、いわゆるスポ根漫画のように「努力して結果を出す」喜びやカタルシスを読者に与えていた。

 受験編の魅力は、手厚くサポートしてくれる予備校の講師たちの存在も大きく、八虎が落ち込んでも励まされ、評価されることで読者は、主人公の成長と共に達成感や爽快感を味わえたのである。

 しかし、7巻から始まる「大学編」では雰囲気が一変する。八虎は東京藝術大学に現役合格し、晴れて大学生活が始まるのだが、ここで待ち受けるのは「受験に合格すること」という単純な目標ではなく、自己表現と向き合う厳しい現実だった。

 まず大きく変わるのは、受験編のように手取り足取り教えてくれる教師がいないことだ。教授たちは中間での相談や講評は行うものの、何をすれば良い作品になるかを逐一指導することはない。受験編で八虎を支えた「認められる喜び」や「課題をクリアして成長するカタルシス」は存在せず、最初は八虎が失敗や挫折を経験し続ける「下げ展開」ばかりで、肩を落としてしまった読者も多かったことだろう。

 大学編では、八虎が自分の作品や表現について考え続け、自己評価と周囲の評価のズレに悩む過程を描くことで、物語の主題が「受験合格」から「自分は何者なのか」という哲学的なテーマへとシフト。特に注目すべきは、「課題」と「作品」の違いだ。受験編では課題をクリアすることが合格への道筋であり、評価を意識した作品作りが求められた。しかし大学では、教授たちは「受験用の絵を捨てろ」と言い、課題のための技術ではなく「作品」として何を表現したいかを問う。作品とは、技術の優劣ではなく、自己の内面や考えを徹底的に掘り下げ、研ぎ澄まし、他者に伝えるための表現だ。八虎は周囲のレベルの高さとのギャップに直面し、「俺は本当に何を表現したいんだろう」と悩み、自己卑下や嫉妬と向き合う。これにより読者は、受験編とは異なる深い心理描写や葛藤を体験することになる。

 8巻では、猫屋敷あも教授が「君は渋谷で何を表現したいの? いや 渋谷の何を表現したいの? 渋谷を何に表現したいの? 渋谷を何で表現したいの? ソレを人に伝えるためには どんな思いつきがピッタリくる? どんな描き方 どんなモチーフ? どんな素材? どんな大きさ? どこにどうやって置く?」と問いかける場面があり、八虎は自分の表現意図を言語化することの難しさに直面。ここで求められるのは、他人の評価や期待に応える力ではなく、自分自身の内面と向き合い、思考を積み重ねる力だ。八虎がどのように自己表現を深め、作品として世に問うのか、その行く末を追いかけることは、読者自身が自分の内面と向き合うヒントを得る体験にもなるはずだ。

 このように、受験編での努力と達成感に加え、大学編での哲学的テーマや自己表現の深さ、主人公の心理描写のリアルさが組み合わさることで、幅広い読者層に共感を呼び、考えさせる物語となったことが、『ブルーピリオド』が1000万部突破の大ヒット作となった要因と言えるだろう。

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