サケは飲んでこそ、その価値がわかるーー『BARレモン・ハート』が40年伝えてきた、サケの本当のおいしさ

『BARレモン・ハート 40周年 世界の名酒セレクション』

 今やひとつのジャンルとして確立されている酒漫画。その元祖ともいえる『BARレモン・ハート』(古谷三敏/双葉社)の新刊が2冊、10月の9日、10日に続けて刊行される。1冊は漫画のベスト版『BARレモン・ハート 40周年 世界の名酒セレクション』(古谷三敏/同社)、もう1冊は解説書となる『BARレモン・ハート 意外に知らない酒の基本知識』(山内聖子・監修:古谷陸/同社)だ。

 『BARレモン・ハート 40周年 世界の名酒セレクション』は、ウイスキー、ブランデー、スピリッツ、本格焼酎、日本酒、ビール、ワインと各ジャンルの「サケ」にまつわるエピソードが収録され、『BARレモン・ハート 意外に知らない酒の基本知識』ではそれらのジャンルに関する基本知識が解説されている。ライティングは飲む文筆家・唎酒師の山内聖子氏が担当し、それぞれのサケにまつわる背景や歴史がより深く掘り下げられている。この2冊は互いを補完し合う内容になっていて、両方読めば、より深くサケを楽しめるというわけだ。

『BARレモン・ハート 意外に知らない酒の基本知識』

 『BARレモン・ハート』は、東京都内某所にあるオーセンティックバー「レモン・ハート」を舞台に、さまざまな人間模様とそれに関連するサケの知識を、ハートウォーミングに描いた作品。『別冊漫画アクション』(同社)での連載開始は1985年で、そこから2021年まで掲載誌を変えながら連載が続いた、酒コミックのオリジンだ。サケやその肴を扱った『酒のほそ道』(ラズウェル細木/日本文芸社)の連載開始が94年、ワインを題材にした漫画『ソムリエ』(原作:城アラキ・漫画:甲斐谷忍/集英社)の連載開始が96年であることを考えると、いかに先駆的な作品だったかがわかるだろう。

 酒漫画、永遠のスタンダードといえる『BARレモン・ハート』をあらためて読んで感じるのは、そこで披露されるうんちくの幅広さと奥深さだ。古谷氏は自身を凝り性と言っていて、本作のためにバーテンダースクールやソムリエスクールに通い、スコッチを知るためにイギリスに渡って本場の蒸留所を見学までしている。さらには自身もバー「レモン・ハート」を経営するなど、筋金入りのサケ好きだ。うんちくもまた、味わい深くなるのも当然なのである。

 その豊富な知識と経験から語られるうんちくが訴えるのは、世にあるサケには、その数だけ歴史や文化などの背景がある、ということ。だからこそ、単純な味わい以上に、そのサケならではの魅力、おいしさがあるのだ。そのことを知ったうえでサケを飲めば、味わいもまた深くなる。『BARレモン・ハート』のおかげで、サケの本当のおいしさを知った呑兵衛は数多いはずだ。

『BARレモン・ハート 意外に知らない酒の基本知識』より

 オーセンティックバーが舞台ではあるが、取り上げられるサケはウイスキーやスピリッツ類だけにとどまらない。ワイン、ビールなどの醸造酒、日本酒や本格焼酎などのうんちくも披露されている。ビールのエピソードでは、ふだん口にしている日本のビールについても語られているし、ワインのぶどうに関するうんちくを知れば、デイリーなワインについての理解も深まる。あらゆるサケを楽しめるようになっている、全方向へのサケ愛に満ちた作品なのだ。

 これらのうんちくがスッと入ってくるのは、マスターと常連客のメガネさん、松っちゃんとの会話で展開されるストーリーがあってこそだろう。ほろっとさせる人情話や、読者を驚かせるどんでん返し、さらには男の生き様やこだわりが、優しい視点で披露されていく。そしてそのストーリーとうんちく、どちらかが前に出過ぎることなく、絶妙なバランスで展開されていくのだ。まるで高級なジャパニーズウイスキーのように、すっと心に入ってくる。読みながら心地よく酔える。こんな漫画はなかなかない。

 しかし『BAR・レモンハート』の最大の魅力は、うんちくやストーリーよりも、サケとの正しい付き合い方を提示してくれたところだろう。主人公であるマスターは作中で何度も「飾っておくだけのボトルなんて意味がない。サケは飲んでこそ、その価値がわかる」と語っている。その言葉通り、マスターは「グレン・グラント38年」や、「レミーマルタン1724・1974」など、苦労して手に入れた希少なサケを大胆に開け、そのおいしさを味わっている。飲むために作られたサケは、飲まれてこそ輝きを放つのだ。

 マスターは最高のサケを飲んだ後、たびたび涙を流している。歴史や背景など、深い物語をまとった最高のサケには、人を感動させる力があるのだ。こんなふうにサケを飲みたい、こんなサケ飲みになりたい、それを叶えるための最良のテキストが『BARレモン・ハート』なのである。

 サケ愛が高じて古谷氏が始めた実際のバー『レモン・ハート』は、現在も孫の古谷陸氏が後を継いで、練馬区の大泉学園で営業している。最高のサケを飲みたいならば、『BARレモン・ハート 40周年 世界の名酒セレクション』と、『BARレモン・ハート 意外に知らない酒の基本知識』を携え、同店を訪れてみるのもいいだろう。

■書誌情報
『BARレモン・ハート 意外に知らない酒の基本知識』
著者:山内聖子
監修:古谷陸(ファミリー企画)
価格:1,925円(税込)
発売日:2025年10月10日
出版社:双葉社

『BARレモン・ハート 40周年 世界の名酒セレクション』
著者:古谷三敏/ファミリー企画
価格:836円(税込)
発売日:2025年10月9日
出版社:双葉社

■開催情報
『BARレモン・ハート展 40周年記念 ウイスキー&カクテル展』
価格:無料
会期:2025年10月16日(木)~10月22日(水)
開催時間:12:00~18:00(最終日のみ17:00まで)
場所:吉祥寺リベストギャラリー創 武蔵野市吉祥寺東町1-1-19

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