ココリコ田中はなぜ“頭足類”に魅了された? 『タコ・イカが見ている世界』著者・吉田真明に聞く最新研究
魚屋でも水族館でも見かける、日本人にとって身近な海洋生物であるタコとイカ。両者ともに“頭足類”の仲間だが、非常に興味深い身体と脳の構造を持っていて、そのユニークな生態が最新研究で明らかになりつつある。
その興味深い生態の一端を明らかにした一冊が、『タコ・イカが見ている世界』(吉田真明・滋野修一/著、創元社/刊)である。本書によると、タコ・イカは他個体とのコミュニケーションや鏡像認知などの能力があり、ヒトにも通じる高度な知性の持ち主であるということがわかってきている。
そうした高度な知能を持ち得た背景には、動物の進化史から特異な身体の構造、そして恋愛感情をもつなどの社会性も影響しているという。今回、著者の一人である吉田真明氏と、生き物をはじめ、海洋生物に造詣の深いココリコの田中直樹氏とのスペシャル対談が実現。田中氏もタコ・イカに興味津々のようで、さまざまに質問を繰り返した奥深すぎるタコ・イカの魅力をお届けする。
■貝とタコ・イカは共通の祖先だった!?
――本書にはタコ・イカの豊富な写真が掲載されていて、生態についてもわかりやすく解説されています。吉田先生はどのようなコンセプトで執筆をされたのでしょうか。
吉田:はじめに編集者の方から、ピーター・ゴドフリー=スミス氏の『タコの心身問題』という本がベストセラーになっていて、何かタコについての本ができないかとお話しをいただきました。知性を持っているタコが話題になったおかげで、近年タコ・イカは面白い生き物だと関心をもつ方が増えています。
ちょうどそのタイミングで、2024年の4月に島根県のしまね海洋館さんと協力してダイオウイカの公開解剖を開催しました。その時に撮影した写真がとても貴重なこともあり、世の中に出したいとも思っていたのです。既に日本からもタコ・イカ本が何冊か出ているなかだったので、タコ・イカの写真を中心とした、私たちしかできない本を作りたいという思いもありました。他の生物と何が違って、どうユニークなのか……という科学的興味の入口となるような本に仕上げることができたと思います。
田中:タコ・イカには海洋生物の中でも独特な生き物というイメージがあります。姿形もそうですし、知能も他の生き物とは違っているそうですね。この本では体の成り立ちについても書かれていますが、他の哺乳類や生き物と違う進化の道をたどって、現在に至っていることがよくわかりました。
僕が特に引き込まれたのが、貝とタコ・イカが共通の祖先であることです。足が形成される段階でほんの少し似ている時期があることがわかり、興味深かったです。タコ・イカも貝も水族館や魚屋で見られる身近な生物ですが、共通の祖先として繋がりがあるのが面白いと思いました。
吉田:タコ・イカとオウムガイがそっくりな時期の写真が載っているのは、、この本の醍醐味の1つだと思っています。オウムガイは貝殻があって、貝とタコイカの中間の形を残している古代生物です。その卵の中の時期の“胚”の写真を載せた点が、一般書ではオンリーワンです。オウムガイは深海生物なので写真撮影が難しいんですよ。ところが、日本の鳥羽水族館では繁殖を頑張っているので、オウムガイの卵を手に入れられる数少ない環境があるのです。
鳥羽水族館ともう一人の著者の滋野修一さんとの共同研究では飼育担当者に孵化の途中の卵を開けてもらい、とても貴重な写真を撮影することができました。オウムガイは絶滅危惧種のため、まとめて飼い、繁殖を実現できている施設は世界的にもほとんどないと思います。
■アオリイカに煽られた!?
――田中さんはタコ・イカに対して、どのようなイメージをお持ちですか。
田中:以前海の中で砂地に産卵したアオリイカの卵を見たことがあるのですが、その時、20匹くらいのアオリイカにぐるっと囲まれる体験をしたことがあるんです。
見渡す限り、辺り一面がイカ、イカ、イカなのです。サイズも大きい“アオリイカに煽られる”貴重な体験をしたわけですが、吉田先生、これはアオリイカが僕を威嚇していたのでしょうか。
吉田:天敵に対し、集団で攻撃する性質はアオリイカにはありませんので、威嚇ではなさそうです。おそらくですが、向こうも気になって寄ってきたのではないかと思います。興味あるものを注視して、観察する性質があるんですよ。魚は気になるものをパッと見るわけですが、アオリイカは目が合うといいますか、しっかりこっちを見るのが特徴ですね。
田中:まさに、そうなんです。ずっと同じ位置で僕の様子を観察しているようでした。自分のなかでもとても思い出に残る体験でしたね。ところで、イカは群れを成すイメージがありますが、タコはそういう場面に遭遇したことがありません。
吉田:日本にいるタコはほとんど単体で生活します。縄張りがあって、そこに他の個体が来ると嫌がります。ただ、沖縄で見られるソデフリダコなどは、チームを作って生活していることで知られます。ゴドフリー=スミス氏の著書にも、タコが群れを成して住んでいるというオクトポリスの話がでてきます。ただ、彼らの集団にボスがいるのかどうか、そしてオスばかりなのか、メスばかりなのか……など、詳しいことはまだわかっていません。
一方で、イカの集団には明確にリーダーがいて、敵に反応すると一斉に逃げる性質があります。しかも、リーダーの入れ替わりがあることまで研究されています。
田中:同じように見えるタコ・イカの中でも種類によって生活スタイルが異なっていたり、体の持つ機能の違いも含めて、とてもユニークだと思います。見た目も生活スタイルも様々なのですね。
――ちなみに、タコとイカに共通している部分はどのようなところでしょうか。
吉田:体の作りは一緒です。卵のなかで体が作り上げられる時に、ほとんど同じ工程を経ています。脳みその位置、口、胃などの並び順も同じですね。ところが、孵化する直前になるとそれぞれの特徴が出てくるのです。
イカは吸盤に歯がありますがタコにはないですし、イカはヒレがあってそれを使って泳ぐなど、細かい差が生じます。基本構造は同じですが、生態や機能によって場所ごとに違いが出てくる、と説明すればわかりやすいと思います。
また、タコ・イカが貝と比べて違うのは、見たものの知識をインプットして、その知識をアウトプットできる点です。鏡に映った姿が自分だと理解もできます。
田中:それはすごいですね。魚にはできないことですよね。
吉田:はい、できるのは脊椎動物のなかでも哺乳類ぐらいしかいない。それをタコ・イカはできてしまうんですね。