【漫画】さえない中年サラリーマンが空を飛べるようになったが……孤独な人生を描いたSNS漫画が切ない
ーー空を飛ぶ描写の勢い、月の描写の美しさが印象に残っています。創作のきっかけを教えてください。
勝見ふうたろー(以下、勝見):スーツを着たサラリーマンのおじさんが空を飛んでいる様子が、画としてすごく面白いと思ったことがきっかけです。その画を生かせるような設定やストーリーを考えていきながら本作を描きました。
高校生のときにパラグライダーで空を飛ぶ機会があったのですが、飛行中にぶつかる風や気流のパワーの大きさに驚きました。日常の中では何の妨げにならない空気でも、集まると大きなエネルギーを生む。そのことに感動し、本作は描写を通じて読者の方に空を飛ぶことを感じてほしいと思っていました。
また最後のページにはエンドクレジットとして安部公房の名前を入れさせていただきました。安部公房の作品に『空飛ぶ男』という短編があるのですが、その作品が本作のテーマやストーリーを考えていくうえで下敷きとなったためです。
ーー“小物ジワ”のある主人公・夢彦を描くなかで意識したことは?
勝見:日常の中でおじさんを目にする機会は多いですが、よく見てみると皆が同じではなく1人ひとり外見は大きく異なっています。ちゃんと個性のあるおじさんとして夢彦を描きました。ちなみに夢彦のモデルとなった人物は存在します。
また以前から作品のなかでずっと不機嫌そうなおじさんを描きたいと思っていました。そのため本作では途中のシーンで夢彦の笑顔は描かずに、ずっと眉をひそめてもらいながら、最後に主人公がはじめて笑うシーンを描きました。
ーー最後のページに描かれた「じゅッ」という音の意味は?
勝見:クライマックスで月へ向かおうと集まった人たちは、人とのつながりから解放された人たちであると思います。ただ現実では社会の中にいると自分をひとりにはさせてくれません。それでもつながりの煩わしさから逃れようとするには、身も蓋もないですが、死ぬことしかないのかなと考えていました。
最後のページで描かれた「じゅッ」は月に向かう中で死を迎えてしまうことを表した描写です。そのページでは自分と同じように孤独を感じていた人がこんなにいたんだと知ることができたうれしさ、つながりの煩わしさから逃れ死を迎えたということを表現しました。ただ本作はすごく極端な結論として描いた作品であり、夢彦たちの選択はつながりの煩わしさに悩むことの解決方法として良くない例であると考えています。
ーー作品のモチーフとして「月」を選んだ理由は?
勝見:空に浮かぶ月は小さくてまん丸としていますが、実際はとても大きく、地表には多くの岩とクレーターが存在しています。遠目で見る分には美しく、理想郷にも見える月ですが、その場に立ってみると生命感のない風景が永遠と続いている。そのギャップは人が死に対して抱く美しさに近いイメージと、実際の死とのギャップにも通じるものかと思い、月に飛んでいくクライマックスを描きました。
ーー漫画を描きはじめたきっかけを教えてください。
勝見:中学生のころ、教室で漫画を描いている同級生がいました。当時の自分には漫画を描くという発想がなかったのですが、その子に影響され自分も漫画を描こうと思ったことがきっかけです。高校では漫画を描き続け、漫画に関する学科のある大学へ進学し、現在に至るまで創作活動を続けてきました。
ーー漫画を描き続ける理由は?
勝見:漫画を描くなかで肉体的につらいときもありますし、精神的に追い込まれてしまうこともあります。ただ漫画は日常生活で体験したことや感じたことがなんでもネタになり、作品としてかたちになります。そういう意味では生きている限り漫画は描き続けられますし、自分には漫画しかないからこそ漫画を描き続けたいなと思っています。
ーーこれからの目標を教えてください。
勝見:小説や漫画の短編集がすごく好きで、自分も短編集をつくれたらなと思い創作活動をしてきました。本作のような少し奇妙で、読者の方が読み終えたあと作品について考えられるような読み切りを集めた漫画の短編集を本として出版したいです。もし短編集に興味のある出版社の方がいましたらご連絡いただけるとうれしいです。