かりゆし58 前川真悟 × かまいたち 山内健司対談 「人に届いた時に初めて、僕らの仕事は全うされる」
2006年2月22日にミニアルバム『恋人よ』でデビューしたかりゆし58が、今年20周年を迎えた。リアルサウンドで展開中の20周年特集、その特別対談の相手は、かまいたちの山内健司。芸人になってすぐの頃、アルバイト先の有線で流れていた「アンマー」から20年、今は子どもとカラオケで「ナナ」を歌うほど、かりゆし58の曲を生活の中で聴き続けてきた人だ。
対談はファンとしての思い出から始まるが、話はすぐ、作品と作り手の関係へ向かう。代表曲を歌うことに悩んだ時期があるというボーカル/ベースの前川真悟と、M-1グランプリで知られたネタを、その後はほとんど舞台にかけていないという山内。歌と笑いが目の前の人にどう届くのか、二人はそれぞれの現場から語り合った。(三宅正一)
音楽は出来の良い悪いを競う競技じゃない
――お二人は今日が初対面でしょうか?
山内健司(以下、山内):僕らが呼んでもらったライブにかりゆしさんも出ていて、挨拶させてもらったことがあるんです。僕らがまだメディアにそこまで出ていない、結構前の話です。僕は一方的に知っていて、前川さんのことは沖縄のヤンキーの方だと思っていたんですよ(笑)。そしたら前川さんが「自分もまたご一緒できるように頑張ります」みたいなことを言ってくださって、「あれ、思っていたイメージと全然違う」と思った記憶があります。
前川真悟(以下、前川):あの時の僕の願いが、今日かないましたね(笑)。
――前川さんは、山内さんにどういう印象をお持ちでしたか。
前川:人間が好きな方というイメージです。社交的という意味じゃなくて、「人間って面白いな」と思っていらっしゃるんじゃないかな、と。人間の面白さの中に隠れている狂気を、絶妙なバランスで引き出す。だからネタに出てくる登場人物の狂い方が知的なんですよね。頭の回転の速さを、人をぶっちぎるためじゃなくて、おかしみを引き出すために使っている。
山内:人の変なところは好きですね。普段から、気になる人がいたらすぐメモして、新しいネタを作る時に思い出すようにしています。
――山内さんは、お子さんとカラオケでかりゆし58を歌っているとSNSに投稿していましたね。
山内:僕が最初にかりゆしさんを聴いたのは、芸人になってすぐ、コンビニでバイトしていた時の有線放送なんですよ。当時はカラオケにもめっちゃ行っていて、「アンマー」とかヒット曲を同期のみんなと歌っていました。ここ数年で好きになった「ナナ」は、家で歌ったり、カラオケで子どもに聴かせたりしています。子どもはタンバリンとかをやりながらずっと騒いでいて、嫁も好きなんで、家族で一緒にやってます(笑)。
「アンマー」は、聴く時期によってだいぶ感じ方が変わる曲だなと思います。当時の僕は独身で、母親に感謝はしていたけど、子育ての大変さは特に感じていなかった。その頃に聴いていた「アンマー」と、自分が子育てをするようになってから聴く「アンマー」は全然違うんです。この曲の感じ方が、自分の中でどんどん変わっていく。それがめっちゃ好きなんですよね。
――「ナナ」はどういうところが刺さっているんですか?
山内:好きだった人との思い出の感じですね。今の嫁と出会った時、お金がそんなになくて、いかに安くデートするかを考えていた。お金はないけど楽しかった頃の空気感が歌詞に出ていて、自分の経験とは違うけど「わかるわかる」となる。そこがグッときて、歌っていても気持ちいいんですよ。
前川:うれしいです。「ナナ」は、実は女の子の名前をそのまま付けたわけじゃないんですよ。事務所の人から「ラブソングを書きなよ」と提案されて、ずいぶん迷った結果、こう考えたんです。人が一生のうちで一番多く口にする言葉が、僕にとってはあなたの名前であってほしいし、あなたにとっても僕の名前であってほしい。そういう二人の関係を、名前と名前を並べて、その頭文字を取って「ナナ」と呼ぶことにすれば、「ダーリン」のような新しい言葉として折り合いがつけられるんじゃないかと。
――「アンマー」は、ご自身にとっても意味が変わってきた歌だそうですね。
前川:バンドの人生を変えてくれた曲なのはもちろんですけど、曲に対する捉え方を何度も変えさせてくれた曲でもあるんです。「アンマー」の前にデビューミニアルバムがあって、これが本当に2000枚中1300枚が返品。売れた分のうち100枚は母ちゃんが買っている、みたいな状態でした(苦笑)。次の曲が辞世の句になるかもしれない。そういう時に「アンマー」が生まれたんです。
母ちゃんに「ありがとう」なんて、俺は面と向かって言えない。そういう感覚は俺たち自身も同じだったのに、聴いた人は涙してくれる。「俺たちを見てくれ」という感性じゃない時の方が、人と共感できるものもあるんだな、と気づかされました。とはいえ、ロックフェスでみんなが盛り上がっている中で、僕らは「母ちゃん、ありがとう」の歌を歌う。誰も「その曲、ダセーな」とは言えない状況を、自分たちで作ってしまっている。その感じが嫌だったんですよ。音楽家として振ってはいけないバットを振ったような気になって、歌うのが嫌すぎて、一時は歌詞が何回も飛んでしまう時期もありました。みんなが「いい曲だね」と言ってくれるたびに、「あんなもの、ガキが作ったつたない曲なので恥ずかしいです」と、謙遜じゃなくて心から思っていたんです。
そんな時、島唄この道50年、60年という沖縄の大先輩が見かねたのか、こう話してくれたんです。「真悟ね、曲は君や僕が作っているんじゃないよ。誰かの思いが風の中に溶けていたり、砂粒の中に混じっていたりする。それを掘り起こして、あるべき姿を取り戻すのが僕らの作業。だから俺たちが産んだんじゃない、助産しただけなんだ」と。その時に肩の荷が下りました。自分は役回りをもらっただけだと思えば、「『アンマー』、いい曲ですね」と言われても、「そうなんです、俺もこいつがかわいいんです」と言える。そう言えるようになってから、ものすごく等身大でいられるようになりました。
――山内さんも、賞レースで結果を出したネタが独り歩きしていくことがあると思います。今の話に共感するところはありますか。
山内:「アンマー」みたいにすごいネタは僕らにはないですけど、M-1でやったUSJとUFJを言い間違えるネタは、その後、通常のライブでは基本的にやらないようにしています。あのネタは、どうやって最後にあの形になったのか、2人ともあんまり覚えていないんですよ。松本(人志)さんに「どうやって作ったの?」と聞かれたこともあるんですけど、台本から直して直してで着地しているので、道中の記憶が抜けているというか。
――ここぞという時にもあのネタはやらない、と。
山内:番組から「あのネタをやってください」というリクエストがない限りは、もうやらないです。ここがミュージシャンの方との一番大きな違いで、音楽は、お客さんが自分の知っている曲を聴きたいじゃないですか。お笑いは、知っているネタだと「あー、知ってる」とはなるけど、笑いにはつながりにくい。知らないネタの方が絶対にウケるんですよ。だからM-1の時も、本番までなるべくお客さんにネタを見せないようにして、テレビでもその年は絶対に披露せずに温存して、初出しで見せられるように仕上げていく。有名なネタであればあるほど、満を持してやってもそんなにウケない。難しいですよね。
――今は視聴者全員が評論家のように点数をつける時代です。ネタ作りの難しさはありますか?
山内:僕らはもう賞レースに出ないので、そこは気にせずにネタを作っていますけど、まだ賞レースに出ている芸人と、もう出ていない芸人では、今はネタの種類が全然違うと思います。出ている人のネタは、もうバトルに特化したものなんですよね。出ない人は、自分が本当にやりたい笑いを自由演技でやる。一方で、まだ出なければいけない若手や、一撃で売れたい人は、M-1に合わせたネタ作りをしないと勝てない。M-1に合わせながら、自分のやりたいお笑いもなるべく残していく。それが今のバトル系の戦い方で、出ている人はそこを割り切ってやっていると思います。
――音楽にはデビュー後のレースはない。それでもかりゆし58は、今回のアルバムのように自分たちを更新していきます。20周年の今、前川さんの熱量の源は何ですか。
前川:熱量は今、たぶん過去最高ぐらいなんですよ。ここ5年ぐらいで、音楽がより楽しくなってきている。もともと、音楽は自分に向いていないなと本当に思っていて、水泳が苦手なやつが水中競技をやっているようなもどかしさがあったんです。周りのバンドはどこもかっこよくて洗練されているのに、俺たちの場合は自分たちの出来不出来がずっと気になっていた。それが気にならなくなってきたのは、息子が生まれてからですかね。「どこに行ってもたぶん楽しみはあるよ」と息子に言えるぐらいの父親にはなりたい。だから、音楽と向き合う時に自分が勝手に仮想敵にしていたものを、どんどんそぎ落としていったんです。
そこに、あのコロナ禍でみんなのカレンダーが真っ白になった。ライブハウスはもう人を呼べないし、僕らは行き場所がない。そんな時に、友達がやっている居酒屋から「実は周年なんだけど、常連さんだけ何人か呼ぶから、真悟、ギターを持って歌いに来てくれない」と声をかけられたんです。それがめっちゃ楽しかったんですよ。歌ってみたら、いつもより酒が進むし、飯が楽しい。お互いに世の中から爪弾きにされていた者同士が寄り添って、それでいいんじゃないか、と。大きな会場で何かをするという目標より、音楽がこんなにも人を救うことを、自分自身を含めて感じられた。
音楽は出来の良い悪いを競う競技じゃない、ということが分かったんです。目の前の人が自分の人生に音楽を沿わせている、その様子が好きで、その手伝いができたら、俺は音楽に奉仕できているんじゃないか。だから今回のアルバムも「何か作ろうか」じゃなくて、「今の思いを残しておきたいよね」とか、AIでは出てこない自分たちのデコボコを面白がる作業を一緒にしよう、という感じになっていきました。
――AIは、音楽業界も身構えている分野ですよね。
前川:俺も最初は「どうなるんだろう?」と思ったんですけど、ドラえもんができたと考えることにしました。ドラえもん一人では物語が動かない。のび太くんがずっこけることで物語が転がっていく。のび太くんをやるんだったら、俺たちは得意だと。今まで自分たちののび太っぽさに「ああ」と落ち込んでいたけど、今はそれが物語を動かす一個の歯車になれると思えるので、自分たちのデコボコも肯定できるようになってきました。
――芸人さんもネタ作りにAIを使うようになっているんでしょうか?
山内:若い子は結構使っていると聞きますね。自分でも「かまいたちが書きそうな漫才を書いてみて」と頼んだことはあるんですけど、お笑いに関してはまだ全然追いついていない。辞典や図鑑みたいに素材選びには使っていいんだろうけど、そこからの取捨選択はセンスが問われると思いました。