歌声分析 Vol.25:吉川晃司 独特な発音とリズムと艶を増した中低音、“一音単位”で磨き続ける歌唱術
促音、アクセント、強弱……歳月とともに増えた声の選択肢
ここまでの楽曲を振り返ると、吉川の声にはもうひとつ重要な資質が備わっていることが見えてくる。豊かかつ色気のある低音だ。この声質そのものはバラードにも適している。つまり吉川は、リズムを強調する歌唱とは別に、声の響きそのものを聴かせるシンガーとしての声質も持ち併せているのである。
その資質を開花させる転機になったのが、序盤に記したミュージカル『SEMPO ~日本のシンドラー 杉原千畝物語~』(2008年)への出演だ。吉川は主人公の杉原千畝を演じ、自ら作曲した劇中歌「光と影」も提供した。ミュージカルでは言葉を明瞭に届ける技術が求められる。この経験を通じて、吉川の発声には、豊かな響きと持続力が加わったのではなかろうか。
その変化を象徴する楽曲のひとつが、「The Last Letter」(2018年)だ。『劇場版 マジンガーZ / INFINITY』のエンディングテーマとして書き下ろされたこの曲は、吉川の歌声が持つ本来の美しさを存分に味わえるパワーバラードである。ここでは、豊かな響きを伴う母音の処理に注目したい。ひとつの音を長く保ちながら、響きを空間へ広げていく歌唱が中心となっている。一方で、フレーズの途中では子音を強く立ち上げたり、前のめりに拍を取ったりと、長年かけて培ってきたロックの文脈を取り入れた歌唱で緩急を作り出している。また、中低音に備わる深い響きが、高音域へ向かうにつれて開放感を増し、メロディに雄大な広がりを与えている。
最後にピックアップしたいのが、アルバム『OVER THE 9』に収録された「ギムレットには早すぎる」(2022年)だ。ロカビリーやジャズを取り入れたアップチューンで、“ダンディー”という言葉がよく似合う1曲。本曲で吉川は、珍しく全編を通してジャストのリズムで歌っているが、面白いのは言葉単位ではなく、一音単位で発音や発声のアプローチを変えているところだ。鋭いアクセントや独特な語尾の処理など、吉川らしいリズム感を維持しながらも、長めに伸ばす声の響きには若い頃とは異なる厚みが出ているのも見逃せない。ひとつのフレーズをどのような声で歌い、どこにアクセントを置き、どこで力を抜くのか。そうした表現の選択肢自体が、キャリアとともに増えたのだろう。それが言葉単位でなく、一音単位で選択しているところに、吉川のボーカリストとしての闘いの歴史と、現在地を感じられる。
吉川晃司は、デビュー当時から存在そのものが“個性”だった。しかし、その個性は決して完成されたものではなかった。だから、いわゆる巻き舌っぽい発音とはまた別軸の独特な日本語の発音やリズム感を追求し、ロックシンガーとしての階段を一歩ずつ自分の足で上る必要があったのかもしれない。言葉を崩すことで生まれるグルーヴと、母音を豊かに響かせることで生まれる雄大さ。低音から中音域にかけての艶っぽくも芯のある声質。長年かけて磨いてきた、彼にしかない個性の数々を、その瞬間に必要な一音へ落とし込める実力こそが、現在の吉川晃司というボーカリストの魅力だろう。
幾重にも年輪を重ね、いつしか太くたくましい幹となった大樹のように、吉川晃司の歌声には、長い歳月、己の表現と対峙し続け、闘い抜いてきた者だけが持つ深みと強さが宿っている。それでもなお、未完成であり続けることこそが、吉川晃司という表現者の生き方なのかもしれない。
























