DEATH SIDE・ISHIYA、すべての想いを背負って挑んだステージ 仲間と刻んだ最後のアメリカライブ体験記
翌日はSKULL FESTの最終日だ。俺たちは起きてから街を散策し、ライブへ向かった。
今日は元WILD//TRIBEのドラムで、現在GUERRA FINALのダンと、元韓国のBANRANのボーカルで、WILD//TRIBEとGUERRA FINALではギターのヨンジュンが出演する。2人とも旧知の友人で、ニューヨークでも共演する。
このGUERRA FINALが凄まじくかっこいい。終わった後にヨンジュンと話していると、日本のハードコアを融合させた音をやりたいんだと言っていた。GUERRA FINALが終わってもまだライブは続いているが、俺たちは翌日ニューヨークへ向かうためにひと足先に宿へ戻った。
翌日は車でニューヨークへ移動だ。マンハッタンのロウアーイーストにあるホテルに到着すると、VAKZINで来日経験もあり、2018年のFORWARDのアメリカツアーで東海岸の運転手やオーガナイズをしてくれたマイクが迎えに来てくれた。
久々の再会を喜び、マンハッタンを散策した後は、用意されていたウェルカムパーティーへ向かった。仲の良い人間たちで飲むのかと思っていたら、宣伝までされてDJまで入るもので、いろんな観客やバンドの人間たちがヴィーガンバーガー屋に集まってきてくれ、素晴らしい夜になった。
そしていよいよ、アメリカ最終日のニューヨークでのライブの日がやってきた。目が覚めると案の定、宿酔だが、そんなことは関係ない。最後のアメリカで日本のハードコアスピリットを伝え切るだけだ。
会場のBowery Ballroomはかなり大きな場所だ。地下と2階席にバーがあり、700~800人ほどは入れるだろう。平日火曜日のライブだというのにソールドアウトだという。クリスのバンドDEAD SKY、GUERRA FINALとジョーも到着し、サウンドチェックを済ませる。
ライブが始まる頃には、会場は超満員。二階席や地下のバーも人でごった返している。この日出演するSALVAJE PUNKでもジョーはドラムを叩くため、2ステージになってしまう。それにもかかわらず、快くDEATH SIDEでの演奏も引き受けてくれた。
このアメリカD.I.Yパンクスたちの素晴らしさを、一生心に刻んで生きていく。そしてこの恩は、助けてくれたみんなだけではなく、他の多くの人々にも伝えていかなくてはならない。それほど素晴らしいものがアメリカにはある。
アメリカという国家に対しては、到底納得できない部分がある。しかしアメリカの友人や観客たちのことを、俺は心から愛している。その気持ちを、アメリカ最後のステージにぶつけよう。
そしていよいよ、DEATH SIDE最後のアメリカ公演が始まった。あるだけの思いを込め、今回のアメリカ入国で経験した現実や、感じた思い全てを出し尽くした。ジョーのドラムも、MCから曲に入るタイミングまで完璧で、一緒にステージに上がるという経験がここまで一体感を生むのかと、改めて実感する。SHINYAのベースも弁慶のギターも完璧だ。ここにMUKA-CHINとORIがいたらと思わずにはいられないが、今できることを全力でやるだけだ。
12曲があっという間に終わり楽屋に戻ろうとするが、ステージ横で見ているこの日の出演者たちや友人がどいてくれない。一旦下がることも、アンプも切ることなく、アンコールが始まった。今この4人で出せる全てを出し尽くす。
気づけばライブは終わっていて、俺はステージに立っていた。そして、本当に最後となるアメリカに向けてこう叫んだ。
「Goodbye,America!!!」
思えばDEATH SIDEが再結成して、初めて演奏した海外が2016年のニューヨーク、それも同じマンハッタンだった。そして奇しくもアメリカ最後のライブが2026年のマンハッタンになってしまった。
二度とアメリカに来られない寂しさは計り知れない。FORWARDも合わせると、約20年間アメリカでツアーをやってきた。数多くの友人との友情を、この地で確かめ合うことはもうできない。
今まで俺たちと関わってくれたみんな、本当にありがとう。心配しなくてもいい。俺たちの友情は永遠だ。またいつの日か必ず会えると信じている。アメリカの友人たちへ、今まで関わってくれた人々へ、そしてジョーへ、心からの感謝を送ります。
本当にありがとうございました。
さようなら、アメリカ。
※1:https://rooftop1976.com/column/ishiya/260923113000.php