超ときめき♡宣伝部 菅田愛貴「ここには楽しい思い出しかない」 ファンがいたからなれた、私の理想のアイドル

菅田愛貴、ファンと作れた理想のアイドル像

 2015年に“ときめき♡宣伝部”として結成され、2016年にメジャーデビューを果たした超ときめき♡宣伝部。メンバーの卒業や加入を経て、2020年には現在のグループ名へ改名した。2021年には「すきっ!」(2018年リリース)がSNSをきっかけに国内外で話題となり、2024年には「最上級にかわいいの!」が大きなヒットを記録。結成10周年を迎えた2025年以降も、“ときめく恋と青春”をテーマに精力的な活動を続けてきた。そんな彼女たちは、2027年春頃をもって活動を終了することを発表。リアルサウンドでは、メンバー一人ひとりのソロインタビューを掲載する。

 第5弾は菅田愛貴。“超ときめき♡イエロー”を担当し、キュートなルックスと個性的なキャラクターで、グループの中でもひときわ強い存在感を放っている。2020年に途中加入し、先輩メンバーの背中を追いながら歩んできた彼女には、加入したからこそ見えた景色や、そこでしか生まれなかった葛藤がある。そのひとつひとつを乗り越える中で、少しずつ形づくられていった“自分らしさ”。今の菅田愛貴は、これまでの経験をどう受け止め、どんな未来を思い描いているのか。彼女の言葉から、その素顔とアイドルとしての現在地に迫った。(編集部/7月下旬に取材)【最終ページに読者プレゼントあり】

「とにかく迷惑をかけないように」ーーついていくことに必死だった加入当初

超ときめき♡宣伝部 菅田愛貴

ーー昨年(2025年)4月から今年3月までのとき宣10周年イヤーは、菅田さんにとってどんな1年になりましたか?

菅田愛貴(以下、菅田):グループの10周年は、私が加入させていただいてからちょうど5周年にあたるんです。なので、グループ活動の半分以上をメンバーと一緒に駆け抜けてこられたという喜びを感じられた1年でした。いろいろな方からお祝いの言葉をいただいたり、10周年をきっかけにいろいろな音楽番組に出られたりして、改めて自分がいるこの環境は恵まれているんだなと感じましたね。感謝しかない1年でした。

ーー特に思い出に残っている出来事は?

菅田:10周年イヤーの最初にリリースした「世界でいちばんアイドル」のMV撮影です。撮影をさせていただいた建物の床に「10th Anniversary」と書いてあって、みんなで喜んだのが良い思い出になっているんです。みんなでその床に座って写真を撮ったのも楽しかったです。私自身は5周年ですけど、ここまで頑張ってきたメンバーや関わってくださったスタッフさん、関係者さんがいたからこそグループが10周年を迎えられたと思うので、すべての方に感謝したいです。

ーーそして、とき宣に加入してから今年4月で6年になりましたが、どんな6年間でしたか?

菅田:とにかくがむしゃらな6年間でした。とき宣の前に所属していたユニット(※KAGAJO☆7)は、持ち曲4曲で3年間くらい活動していたんです。“女優育成ユニット”だったので、歌もダンスもありましたけど、持ち曲がたくさんあるわけでもありませんでした。そういう環境からとき宣に入ったので、曲をいっぱい覚えて、ダンスもいっぱい覚えて、ライブもたくさんやるという初めてに近い経験をたくさんしたんですよ。

ーーこれまでずっとやってきたことだけど、量が桁違いというか。

菅田:そうですね。細かくいうと、とき宣の歌やダンスは加入前のレッスンで覚えたので、KAGAJO☆7で活動をしている時期だったんです。だから、ユニット活動をしながらとき宣のダンスや歌を覚えて、学校にも通うという日々を続けていました。

ーー1日の予定がそれだけぎっしり詰まっていたということですね。歌とダンスを覚えるだけでも大変そうなのに。

菅田:しかも、1回4時間くらいのレッスンで、毎回2曲ずつ覚えるというペースでした。

ーーすごいペース!

菅田:毎回課題曲が決まっていたんです。最初の3回くらいは1曲ずつだったんですけど、気づいたら増えていました(笑)。で、レッスンを受ける前には家で覚える時間も必要なので、その時間もとらないといけなくて。勉強との両立と、ユニットとの両立が大変でした。もう、修行みたいな期間でしたね! でも、あの期間で私は強くなれた気がします。

ーー振り覚えも早くなったでしょうね。

菅田:本当にそうです! とき宣のみんなで振り入れをするとき、「愛貴ちゃん、振り覚えが一番早いね」とメンバーが言ってくれるんですけど、あの1年があったからこそだと思います。加入してすぐの頃は、「とにかく迷惑をかけないように」と必死でついていったし、「私が入ることによって、グループのバランスが崩れないようにしなきゃ」とも思っていたので、ついていけてよかったなと思いましたね。

ーー一気に距離が縮まったなと感じた出来事はありましたか?

菅田:2021年か2022年くらいに、かなみん(辻野かなみ)とひよりん(吉川ひより)が三重旅行に誘ってくれたんです。それまで、お仕事の合間にフラッとお出かけすることはあったけど、お休みの日に遊ぶことはなかったのですっごく嬉しかったです! プライベートのメンバーの一面を見られて距離が縮まった感じがしたので、誘ってくれたお姉さん2人には本当に感謝です!

ーー改めてこの6年間のことを伺いますが、「楽しい」と「悔しい」の比重はどちらが大きいですか?

菅田:全然「楽しい」が大きいです。出たかった番組に出られなかったとか、目指していたところにあと一歩届かなかったとか、悔しい出来事ももちろんあるんですけど、あとで振り返ると、みんなで頑張った過程とか「悔しいね」と言い合えていたこと自体が良い思い出になっていて。最終的には「楽しかったな」に変わっちゃいます。今では「全部楽しかった」と言えますね。

ーーでは、そんななかでも特に「楽しい!」と感じる瞬間は?

菅田:ライブです。私はライブが大好きなので! メンバーのみんなが横で全力で歌っているなと肌で感じるあの感覚がたまらないし、観に来てくださっているみなさんに元気やエネルギーを届けられていると実感できる瞬間も本当に大好きです。

超ときめき♡宣伝部 菅田愛貴

超ときめき♡宣伝部 菅田愛貴

ーーなかでも思い出深いライブは?

菅田:えー! 3つくらいあるんですけどいいですか!?

ーー(笑)。もちろんです。

菅田:時系列で言うと、1つ目はLINE CUBE SHIBUYAでやった有観客ワンマンライブです(2020年11月)。そのとき、初めて目の前でペンライトの海を見て、すっごく感動して、わー!ってなったんですよ。ペンライトが(菅田のメンバーカラーの)黄色になったときなんて、「私のことを応援してくれている人がこんなにいるんだ」と直に感じて。改めて「やっと会えたんだ」という喜びがこみあげてきました。あの景色は絶対に忘れません。

 2つ目は、幕張メッセ イベントホールでのライブです(2022年10月)。ステージ後方のモニターがせり上がって私たちが登場するというオープニングだったんですけど、目の前に広がった景色がもう、すごかったんです! あの頃の私たちにとって、幕張メッセは本当に大きなステージで、目指していた場所でもあったんです。なので、ステージの向こうに宣伝部員さんたちが大勢見えたとき、とっても幸せな気持ちになりました。感覚的には、340度くらい宣伝部員さんがいてくれましたし。

ーーステージの両サイドにも客席がありますからね。あんなにギリギリまで埋まるのもめずらしいですから、良い経験をしましたね。

菅田:本当に! それに、モニター越しにもペンライトの光がうっすら見えていたので、メンバーみんなで「やばいやばい」と涙をこらえてスタンバイしていたんです。だけど、モニターが上がって直にペンライトが見えたとき、結局泣いちゃって……。それだけ感動したし、嬉しかったし、楽しかったライブです。

ーーでは3つ目は?

菅田:さいたまスーパーアリーナ(現・GMOアリーナさいたま)で開催したクリスマスライブです(2024年12月)。この会場では、2020年に生配信ライブをさせていただいたことがあるんです。

ーーコロナ禍だったので、無観客生配信に切り替えたんですよね。

菅田:なので、ライブ中にリレーをしたり、自転車で走り回ったりする時間もあって(笑)。このとき「本当に広い会場だな」と実感しました。それを経てのクリスマスライブだったので、「あんなに広いと思っていた会場を埋められたんだ」「そのくらい私たちは大きくなれたんだ」という喜びがありました。このとき歌った「100%○オレンジ」は、オレンジだけのペンライトの空間で、すごくキレイでした。

ーー菅田さんがとき宣に加入してすぐコロナ禍に入ったので、無観客からのスタートだったんですよね。そこから、有観客になり、声出しOKになり、段階を踏んで喜びを感じられた。

菅田:本当にそうです。初めてコールを聞いたのは野外ライブだったんですけど、そのときは「これがコールか!」って。宣伝部員さんの愛を直に感じられました。

ーーアイドルの醍醐味ですね。

菅田:はいっ! アイドルって素敵な職業だなと毎日思います。

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