きばやし、ままならない人生の歌はなぜ響く? “時代の小さな声”を映し出したポップソング集『未明』『残火』に至るまで
不安が尽きない世界で毅然と立つ姿、生々しい人間性
愛も涙も正解なんて
どこにもないんでしょう
独り
独り
みんな独り(「独生」)
恋人は傷つけ合うことから逃れられないし、人間関係というのは結局のところ、どうあってもすれ違うものなのかもしれない。人生とはままならないものである。でも、時々は心を通わせる瞬間があるし、傷によって育まれる心がある。きばやしは思うようにはいかない日常と、それでも続いていく人生を詩にする。『生活』『うつしよ』とこれまでにリリースされたEPのタイトルがそうであるように、歌の題材の多くは卑近で、しかしそれ故にアクチュアリティがある。痛いくらいに。
2000年生まれのシンガーソングライター・きばやし。彼女の歌は切実だ。恋を歌えばドロっとするし、日々を歌えば陰りが増す。しょうがない、だって生きるってそういうことなんだから。「愛が枯れるなら」「嘘」と初期のMVにはなおさら顕著だが、彼女はぶっきらぼうな顔で、あるいは張り詰めた表情でカメラを見つめている。愛情の押し売りのようなポップソングは歌わない。憂い、怒り、嫉み、歯痒さをギターのメロディに乗せ、その裏側にある素朴な願いと共に歌う。彼女の音楽に惹かれてしまうのは、欲望があけすけだからだ。ゆとりをなくしていくこの社会において、きばやしの音楽には生々しい人間性がある。言ってしまえば不器用で、情けなく、ちょっとドキッとさせられる。しかし悔しいことに、自分にも思い当たるところがあることに気づくのである。
メロディからはフォークや昭和歌謡といった背景が想像できるが(『うつしよ』では西岡恭蔵の「プカプカ」をカバー)、キャリアを経るごとにアレンジは多彩になり、曲の表情も豊かになっている。内省的な初期の作品に対し、2023年にリリースした『うつしよ』以降はどことなく視点が他者や社会に向かうようになっており、サウンドと同様に歌唱にも幅が生まれていると言えるだろう。しかしともあれ、彼女の魅力はその声だ。心に染み込んでくる低いトーン、言葉自体が輪郭と形を伴って迫ってくるような張りのある発声、繊細さと気骨を感じさせる歌い回しーーそれはまるで不安が尽きないこの世界で、毅然と立つ姿を想像させるような歌である。
連続EPリリースとアコースティックアレンジで見せる新境地
『うつしよ』以降はコンスタントなシングルカットを続けてきたきばやしだが、今年7月からは隔月でEP4部作をリリースしている。1作目が『未明』、2作目が『残火』、どちらも3曲入りの作品である。その全貌を知るには、今年11月リリースの3作目、来年1月リリースの4作目まで待たなければならないが、取り急ぎ今回の連続リリースの特徴と言えるのは、新曲や既発曲のアコースティックバージョンを中心に構成されていることだろう。これまでの音源とは異なる角度で、彼女の魅力を楽しめる作品となっている。
グッバイ
俺はもうおりるぜ
くだらないしがらみの船
苦しみだけが正解じゃない
我慢だけが美学じゃない(「船」)
『未明』には2曲の「船」が収録されている。「船は苦しんでいる人をそそのかす曲」(セルフライナーノーツより)。実にきばやしらしい措辞である。生きづらさを抱えながら、しかし他の生き方を知らずに苦しんでいる人へ。真面目な人ほど自分を追い込んでしまうこの社会に向けて、今が苦しいなら〈時には逃げるが勝ちさ〉と投げかける歌である。そしてそのメッセージは、爽やかなサウンドによって説得力がもたらされている。この曲の軽やかさといったら、きばやしのディスコグラフィの中では新境地と言ってもいい類のものではないだろうか。空気を含んだような余白を感じさせる演奏を聴かせるアコースティックバージョンも、ラウンジミュージックのようなニュアンスを感じる通常バージョンも、いずれも朗らかでリラックスしたムードを伝えてくる。彼女の声はまろやかで、吹き抜ける風のよう。日々の中で気づかぬうちに抱えてしまった心の重しを、バサッと脱ぎ捨てるような開放感があるのだ。
2つの「船」と共に収録された「騒音クラスルーム(アコースティックバージョン)」は、3年前に発表された楽曲のリアレンジである。「今、この曲を歌うことで報われる過去があるから私はこの曲を『未明』に入れた」(セルフライナーノーツより)。居場所のない教室の中で、イヤホンから聴こえる爆音の中に逃避していた学生時代を綴った曲であり、いわば「船」を作れるようになるずっと前、かつて“生きづらさを抱えていた”張本人であるきばやしが、今改めて歌うことで自身の過去に何がしかの決着をつけようとしたのかもしれない。あたたかみのある音色とスッキリした音数により、なんとなく寂寞感が薄まり、過去を客観的に振り返っているようなニュアンスが付与されているように思う。
9月30日にリリースされたばかりの『残火』には、1st EP『生活』から、「熟す」と「猫の夢」をピックアップ。アコースティックバージョンに変えて再録している。許されざる恋に溺れた女の覚悟と、どっちつかずの態度を続ける男のドラマを描く前者と、叶わない恋と知りながら慕う気持ちを捨てきれない心象を綴った後者。そして終わった恋を引きずる様を歌った新曲「答え合わせ」と、一筋縄ではいかない恋愛をまとめたラブソング集である。
いずれも少ない楽器のアンサンブルで聴かせることで、きばやしの声と詞にスポットを当てた作品になっている。「熟す」はアコースティックバージョンになっても燃えるような心情が浮かんでくる申し分のない演奏。というか、原曲よりもこっちの方がパッショナブル。登場人物ふたりのただならぬ末路を思わせる楽曲として生まれ直した印象だ。一方、「猫の夢」にはほっこりする。〈あなたの家の/猫になりたいわ〉という歌詞を、ファンシーなムードで掬い上げたような楽曲で、こちらも新しいアレンジがピタッとハマっているように思う。サックス風の音と裏拍が気持ちいい「答え合わせ」まで、三者三様の恋を今のサウンド感でまとめた音源である。
さて、『未明』は人生における夜明け前を意味するメタファーであり、『残火』は未練や執着を伴う恋心を例えたものだろう。共通するのは奔放な性、そして今日までの自分を受け入れ、変化への期待を歌っているところだろうか。あとはもちろん、生きづらさや寄る辺ない気持ちを抱える者の側に立とうとする姿勢である。それはなんというか、きばやしの作風に通底する態度と言えるだろう。自殺を考えたことがある人への思いを綴った誠実な名曲「天国より」にしてもそう。彼女は社会の淵を見ている。そもそもこの時代に生きやすいと思っている人がどれくらいいるのだろう。もしポップソング(およびシンガーソングライター)が時代を映す鏡なのだとしたら、きばやしはこの社会の中の小さな声を映すシンガーだ。あるいは、人には言えない醜い愛憎をそっと知らしめる音楽家だろう。それはたぶん、これからも。
10月23日にはシンガーソングライターのひおりを招き、きばやし主催のツーマンライブ『Sing for ( )』が行われる。場所は下北沢 演家-SHITORAYA-である。EP4部作リリースの中間地点とあって、きばやしの現状のモードを堪能できるライブになるはずだ。本稿ではフォーカスすることができなかったが、『未明』や『残火』の前にリリースされた「あいあまり」も含め、2026年のきばやしは好調なクリエイティブを続けている(「あいあまり」は何度傷つけ合っても結局は求めてしまう関係を、エモーショナルなボーカルで聴かせる佳曲である)。彼女の音楽に惹かれるものがあるのなら、まず足を運んで損はないだろう。
現実を見ろよと言われた
私の目には今も
ギターとタバコと歌しか
見えてないもんだから(「私が歌う理由」)
YouTubeチャンネルを遡ると、キャリアの初期にはカバー動画をわんさか出していて面白い。森田童子、中森明菜、森山直太朗、下田逸郎、尾崎豊、THE YELLOW MONKEY、amazarashi、米津玄師、吉澤嘉代子、きのこ帝国……。詩的で抒情的な選曲はもちろん、いつも違う酒を飲んでいるところが頼もしい。タバコとアルコールとギター、濁った世界を見つめる瞳と声。この音楽を聴く理由は十分にある。
◾️リリース情報①
EP『未明』
配信中:https://nex-tone.link/A00221697
<収録曲>
M1 船(アコースティックバージョン)
作詞:きばやし 作曲:きばやし 編曲:柴山陽平
M2 船
作詞:きばやし 作曲:きばやし 編曲:佐々木”コジロー”貴之
M3 騒音クラスルーム(アコースティックバージョン)
作詞:きばやし 作曲:きばやし 編曲:柴山陽平
◾️リリース情報②
EP『残火』
配信中:https://nex-tone.link/A00226254
<収録曲>
M1 熟す(アコースティックバージョン)
作詞:きばやし 作曲:きばやし 編曲:柴山陽平
M2 猫の夢(アコースティックバージョン)
作詞:きばやし 作曲:きばやし 編曲:柴山陽平
M3 答え合わせ
作詞:きばやし 作曲:きばやし 編曲:柴山陽平