【総論】J-POPは韓国でいかにして“市民権”を得たのか 2023~2026年の記録

 2026年夏、ソウルの風景をいくつか。6月、King GnuはKSPO DOME(オリンピック体操競技場)で海外アーティストとして初めて、2日間にわたる360度センターステージ公演を行い、3万人あまりの観客を動員して全席を売り切った。2024年に3,000席規模のオリンピックホールで初の韓国公演を行ったバンドが、わずか2年でその5倍のキャパシティの会場で、観客にぐるりと囲まれたのだ。同じ月、放送局「JTBC」のFIFAワールドカップ中継は試合のエンディング曲としてサカナクション「夜の踊り子」をオンエアし、6月末にはK-POPを代表するボーカリスト・テヨン(少女時代)が、tuki.の「晩餐歌」を韓国語でリメイクして発売直後に音楽チャート1位に躍り出た。そして7月末、CUTIE STREETは韓国での爆発的な話題を受け、3月の初来韓公演の3倍の規模となる世宗大学 大洋ホールでアンコール公演を開き、チケットを完売させた。公演の終盤には、来年1月23日にKINTEX(約5,000席規模)で3度目の単独公演を開くことも発表されている。

サカナクション / 夜の踊り子 -Music Video-
[MV] 태연 (TAEYEON)_ 만찬가 (晩餐歌 / BANSANKA) : J-POP REMAKE Vol.1
【韓国 全21曲 LIVEダイジェスト】単独公演📍世宗大学 大洋ホール(2026/7/25~7/26)【CUTIE STREET】

 14年前のロック、ヘッドライナー級のバンド、K-POPスターが歌い直すJ-POPの新曲、そして原宿発の"KAWAII"アイドル。ジャンルも世代も規模もばらばらの光景が、ひとつの季節に当たり前のように共存していること。それこそが、いま韓国でJ-POPが置かれている位置を最も正確に物語っている。筆者は昨年春、韓国のある雑誌に「J-POPブームはすでに来ている」という趣旨のコラムを書いた。それから1年半が経ったいま、その一文には修正が必要かもしれない。ブームとは過ぎ去るものだが、いまの流れは、ただ過ぎ去るようには見えないのだ。J-POPは今や、韓国の大衆音楽市場において確固たる「市民権」を獲得しつつある。

プロローグ:最も近く、最も遠かった音楽

 この変化のダイナミズムを理解するには、それ以前の韓国で日本の音楽がどんな位置にあったのかを、まず振り返っておく必要がある。解放後の韓国は、約35年におよぶ日本統治の歴史的経験に根ざした国民感情と自国文化の保護を理由に、日本大衆文化の流入を制度的に堰き止めてきた。その門は1998年から段階的に開かれ、日本語歌唱の音盤が全面開放されたのは2004年のことだ。それまで日本の音楽は韓国において、いわば「法の外側」に置かれた文化にほかならなかった。そして開放後も、状況は大きく変わらなかった。地上波放送で日本語の歌に触れる機会は珍しく、国内の音楽配信サービスのJ-POPカタログは乏しく、来韓公演はロックフェスティバルを中心とした散発的なイベントにとどまった。X JAPANや安室奈美恵といったスーパースターを除けば大衆的に知られた歌手はほとんどおらず、2000年代までのJ-POPは、CDを苦労して手に入れ、コミュニティで情報を分かち合うマニアたちの文化として存在していた。同時期、K-POPが急成長を遂げるなかで大衆が日本の音楽にまで関心を向ける動機は乏しく、日本もまた徹底して内需市場向けのビジネスを追求していたため、双方にとって互いへのニーズが大きくなかった時代でもある。しかも、マニア層を中心に少しずつ規模を育てていたJ-POPの細い流れは、2019年、日韓の貿易摩擦に端を発した「NO JAPAN」不買運動とともに水面下へと沈んでいった。要するにJ-POPは、最も近い国の音楽でありながら、最も遠くにある音楽だったのだ。

 そこにコロナ禍がやってきた。逆説的なことに、誰もが家に閉じ込められたこの時期に、次の時代の土壌が耕されていく。SNSと動画配信サービスの利用が爆発的に増えるなかで日本のアニメは以前にも増して大衆的に消費されるようになり、国籍の情報が剥がれ落ちた“サウンド”だけが先に届くショート動画では、松原みき「真夜中のドア~stay with me~」が世界的なシティポップ・リバイバルを巻き起こすなど、さまざまな時代とジャンルの日本の音楽が自然に流れ込んだ。同じ頃、日本の音楽産業も環境の変化に合わせて動き始める。こうした状況が噛み合うことで、J-POPは韓国のなかに少しずつ自分の居場所をつくっていった。実際、仁荷大学日本言語文化学科のヤン・ソンユン教授の研究によれば、韓国のオンライン言説におけるJ-POP関連キーワードは、パンデミック局面(2020~2022年)を経て、特定のアーティスト名から「バンド」「おすすめ」といったジャンル単位の探索語へと移っていく。少数のファンダムによる深掘り型の消費を超えて、不特定多数がひとつのジャンルとしてJ-POPを手探りし始めたのだ。パンデミックが明けたとき、静かに根を張ったこの土壌の上で、J-POP史上最大の全盛期が幕を開ける。

2023~2025年:予兆から絶頂へ

 韓国におけるJ-POPの大衆的成功を告げる最も象徴的な出来事は、2023年4月に起きた。当時韓国最大の音楽配信サービス・Melonの「TOP100」チャートは、海外の楽曲がなかなか上位に食い込めなかったが、そこにimase「NIGHT DANCER」が17位でその名を刻んだのだ。J-POP史上初のことだった。韓国アーティストやセレブリティによるダンスチャレンジが相次いで楽曲は10~20代の間で大流行し、配信各社も大々的なプロモーションに乗り出した。ポニーキャニオンの韓国エージェンシーを率いるキム・ジェヒョン代表も「弊社でも2023年を起点に、J-POPジャンルの音源売上が増加する傾向を見せた」と語る。劇場では『THE FIRST SLAM DUNK』と『すずめの戸締まり』が揃って400万人超えの大ヒットを記録し、「アイドル」のチャレンジ動画で韓国でも広く知られるようになったYOASOBIの初来韓公演のチケットは、わずか1分で売り切れた。ただこの時点ではまだ、ショート動画とアニメに乗ってやってきた「何曲かの流行」と見る向きも少なくなかった。

【imase】NIGHT DANCER(MV)
'SPECIAL STAGE' YOASOBI - Idol(아이돌) #엠카운트다운 EP.815 | Mnet 230921 방송

 2024年、その流行は規模と領域の双方において大幅な拡張を遂げた。まず、テレビの音楽番組やバラエティにおいて日本語の楽曲を耳にすることが珍しくなくなった。MBN『日韓トップテンショー』や『日韓歌王戦』など、日本の歌手が本格的に出演する番組がスタートしたのも2024年のことである。さらに、オフラインにおける大型公演の数も急増を見せた。YOASOBIの2度目の来韓は初公演の3倍にあたるインスパイア・アリーナを埋め、11月には韓国最大規模のJ-POP中心のフェスティバル『WONDERLIVET』が単独開催元年を迎え、3日間で約2万5,000人を動員した。しかも観客の85%が10~20代という事実は、2004年の日本大衆文化全面開放以後に生まれ、オンラインを基盤に国籍を問わず音楽を聴くようになった世代が、いまや実需要層に育ったことを示している。韓国最大のJ-POP情報チャンネルに成長したInstagramアカウント「@jpop_oze」が開設4カ月でフォロワー10万人を突破したのも、ちょうどこの頃、2024年上半期のことだ。運営者は「この時期から、比較的知られていない日本のアーティストの来韓ニュースやインタビューコンテンツにも反応が生まれ始めた」と語る。そして12月、藤井 風が日本人アーティスト史上最大規模の来韓公演として、高尺スカイドームを売り切った。初来韓の舞台だった大学の文化芸術館の10倍、BTSやビリー・アイリッシュが立ってきた韓国最大の屋内会場である。韓国における日本人アーティストの存在感の変化を象徴する出来事だった。

 2025年に入っても、その勢いは止まらなかった。5月には優里が2004年の安室奈美恵以来、実に21年ぶりのJ-POPアーティストとしてKSPO DOMEに立ち、9月の星野源の初来韓公演は全席完売。この年は米津玄師、Mrs. GREEN APPLE、あいみょん、Ado、中島美嘉、なにわ男子らがアリーナ・体育館級の単独公演を相次いで開催し、夏には『仁川ペンタポート』(ASIAN KUNG-FU GENERATION)、『釜山国際ロックフェスティバル』(BABYMETAL)、『レッツロック』(RADWIMPS)と、もともと日本のバンドと縁の深かった韓国の主要ロックフェスが、揃って日本人アーティストをヘッドライナーに据えた。『WONDERLIVET』はBUMP OF CHICKEN(17年ぶりの来韓)、いきものがかり(結成26年目にして初の韓国公演)、SPYAIRを筆頭に、前年の倍近い3日間合計約4万人を動員した。アニメというもうひとつの“入口”もかつてないほどの広がりを見せた。『劇場版「鬼滅の刃」無限城編』は570万人の観客動員で日本映画の韓国興行成績歴代1位を塗り替え、『チェンソーマン レゼ篇』(344万人)の主題歌、米津玄師「IRIS OUT」はMelon「TOP100」の4位まで駆け上がり、J-POPの最高記録を一気に更新した。

米津玄師 Kenshi Yonezu - IRIS OUT

供給側の変化:J-POPは自ら変わった

 この熱気を韓国側の事情だけで説明するなら、それは事態の一面を描き出したに過ぎない。同じ期間、日本側の供給インフラと産業構造自体も、転換を遂げたからである。長らくCD中心の内需市場に最適化され「ガラパゴス」と呼ばれた日本の音楽産業は、2010年代後半以降、ストリーミングとYouTubeに本格的に門戸を開き、パンデミック期を経て海外での聴取が急増した。変化は音楽の形式にまで刻まれている。前出のヤン・ソンユン教授の研究チームがオリコン年間シングルチャート上位100曲の楽曲の長さを分析した結果、2019年に平均約4分22秒だった曲の長さは、ショート動画プラットフォームが普及した後の2024年には3分48秒まで短くなった。消費環境の変化に合わせて、音楽そのものがプラットフォームに最適化される方向へ再編されているということだ。ユニバーサル ミュージックでJ-POPのマーケティング業務に携わる門馬まりあ氏も「これまで日本国内の音楽番組やラジオなどを通じてしか展開してこなかったコンテンツを、YouTubeやTikTok、Instagramといった音楽を活用したSNSプラットフォームの環境が整ったことで、リアルタイムでJ-POPの魅力を届けられるようになったことが大きい」と語る。

 K-POPをはじめとする韓国カルチャーに日常的に触れて育った世代が日本の音楽業界の核を担うようになり、韓国の音楽産業がグローバルな成功を収めたこと、そして何より韓国国内で日本の音楽に対する熱狂的なレスポンスが起きていること――こうした背景が相まって、韓国市場への態度は、さらに劇的に変わった。「いつかの可能性」として脇に置かれていた韓国を、日本のレーベルや事務所はいまや明確な戦略市場として扱っている。例えば、ユニバーサル ミュージックは「J-POP.ZIP」というJ-POP専門のポップアップイベントを2024年から毎年韓国で開催している。担当者の門馬氏は「韓国では日本以上にオーディション番組や歌番組が制作されており、出演することで新たなファン層も獲得できるため、新しいプロモーション手法として注目されている」とし、「韓国から発信することでJ-POPコンテンツの新しい魅力を届けることができるため、これまで以上の盛り上がりを見せているのではないか」と語る。実際に、前述したMBN『日韓歌王戦』や『日韓トップテンショー』のように、日韓の歌手が出演する番組がレギュラーコンテンツとして定着し、日本のアーティストが韓国の大衆とダイレクトに出会う新たな入口となりつつある。こうした番組を通じて爆発的な人気を獲得し、バンドとして5,000人規模のワンマンライブを成功させたNovelbrightのボーカル・竹中雄大はその最も象徴的な例と言えよう。

타케나카유다이(竹中雄大) - Walking with you|2025한일가왕전 1회

 CUTIE STREETのように、原曲の韓国語バージョンを制作・リリースし、現地の音楽番組のステージへ直接出演を果たすケースは、これからのJ-POPグローバル進出における新たなロールモデルと言えるだろう。YouTubeで公開された彼女たちのステージ映像は、わずか2週間で760万回再生を突破し、その後1,500万回を超えた。この反響は公式MVの韓国での視聴数を10倍以上に押し上げた。特に、それまで顕著な反応のなかったインドや北米におけるストリーミング指標をも急上昇させるという現象を引き起こし、SNSを中心としたバズが実質的なデータで裏付けられた。グループ側もこの追い風を逃すことなく、韓国のデジタルメディアへの出演やショート動画の投稿を積極的に展開。テレビの音楽番組とファンプラットフォームのインフラが世界で最も精緻に発達した“K-POPの本場”でのプロモーションこそが、グローバル市場への近道になるという鮮烈な証明でもあった。韓国はいまや、日本人アーティストのツアーに欠かせない消費地であることを超えて、世界へ向けたショーケースの舞台でもあるのだ。

'SPECIAL STAGE' CUTIE STREET - 귀엽기만 하면 안 되나요? #엠카운트다운 EP.921 | Mnet 260326 방송

関連記事