Adoが“自分の名前”のもとに解き放ったありのままの姿 日産スタジアムで鳴り響いた新たな物語の号砲
「今回はありのままの自分を表現したいと思ったので、自分の名前にすることにしました」。日産スタジアムでの2DAYSライブに『Ao』というタイトルをつけた理由を、7月5日、ライブ2日目のステージに立つAdoはそう説明した。「自分の名前」というのは、今年2月に刊行されたAdoの自伝的小説『ビバリウム Adoと私』(小松成美/KADOKAWA)でAdoの“名前”として設定された「沢木アオ」のことだ。Adoが“Adoではない自分自身”を、本のなかだけでなく、目の前にたくさんのオーディエンスがいるライブという場で掲げて見せたこと自体が重要だった。この2日間はAdoという歌い手が、これまでの物語を全部受け止めて、Adoもアオも引き連れて一歩前に踏み出していく、決定的な瞬間だったのだ。
オープニングアクトのファントムシータがパフォーマンスを終え、迎えた開演時刻。ステージを覆っていたスクリーンがふたつに割れ、あいだから青いボックスが姿を現す。その周辺には、青い部屋のセットや姿見。クローゼットのなかで歌っていたAdoの原点を彷彿とさせるセットだ。そして、オープニング映像が映し出される。これまではCGやアニメーションで表現されていたが、今回は「ビバリウム」のMV同様、Ado自身が実写で登場するものになっていた。セットとリンクした青い小さな部屋のなかでパソコンの画面に向き合い、そこに手を伸ばすAdo(いや、アオかもしれない)。求めて手を伸ばしたその先で、夢の舞台としての日産スタジアムは幕を開けた。1曲目は「0」。Adoはいきなりトップギアに入れるような凄まじい歌を響かせる。そのまま「うっせぇわ」に繋げると、〈正しさとは〉という最初のフレーズを彼女が歌った瞬間、会場中から地響きのような歓声が沸き起こった。ステージ前方では噴水のように水が噴き出す演出。もちろんそれもド派手なのだが、やはり視線は歌っているAdoのシルエットに向く。体の動きも、そこから発せられる声も、明らかに昂っているように感じる。
昂っているのは本人だけではない。「レディメイド」ではスタジアムを埋めたオーディエンスの声がライブのテンションをさらに高める。「ギラギラ」を挟んで「逆光」へ。水柱と火柱がドカンと上がるスペクタクルな演出が行われるなか、Adoの歌はいっそう開放的に響き渡る。メロディをなぞることよりも感情を爆発させることを優先するような、とても生々しくて熱い歌である。「綺羅」に「エンゼルシーク」とさらにアクセルを踏み込むような楽曲を立て続けに披露すると、続く「ラッキー・ブルート」ががらりと雰囲気を変えて見せる。ボックスのなかの床に寝転がって歌うAdo。スクリーンに映る牢屋をモチーフにしたCGアニメーションはどうしたって今まさにボックスのなかで歌っているAdoと重なる。続く「ルル」で登場する何重もの鉄格子のモチーフもそうだ。何かに束縛されていた自分を解き放っていく――そんなテーマが、ライブの展開のなかでうっすらと浮かび上がってくる。
Adoの軽快なダンスとオーディエンスとのコール&レスポンスがまたしてもライブのムードを変えた「アイ・アイ・ア」を経て、圧巻の炎の演出の中、重厚な城のビジュアルとともに「Tot Musica」へ。澤野弘之によるこの曲がシューベルトの「魔王」と同じト短調で書かれていることはよく知られた通りだが、真ん中でどっしりと構えて歌うAdoの姿は、まさしく魔王のような空気を放っている。と、最後のシャウトを終えたAdoが倒れ込んだ。
マイクが落ちる「ドン」という音がスタジアムに響く。それが合図だったかのように、Adoがいるステージの2階部分がゆっくりと上昇し、その下からオーケストラが登場した。スクリーンに光を浴びるAdoの姿を映した映像が流れ、オーケストラとともに「私は最強」が始まっていく。いつものロックサウンドに弦楽器や管楽器の響きが加わり分厚くなったサウンドに、Adoの歌は少しも引けをとらない。むしろスケールを増したサウンドを追い風に、ますますのびやかに広がるようですらある。「春に舞う」に「エルフ」、そして壮大なサウンドのなかでAdoのアカペラが力強く響き渡った「風のゆくえ」へ。全4曲をオーケストラとコラボして披露すると、バンド紹介を経て、ライブはクライマックスへと入っていった。
その最初の曲は「ショコラカタブラ」。それまでボックスのなかにいたAdoがステージの中央からせり上がって登場し、のびのびと踊りながら歌う。続く「踊」でも、客席のペンライトがトリコロールの光を放つなか、ステージを練り歩き、オーディエンスを煽るような身振りを繰り返し、飛び跳ねては手を叩いている。文字通り解放されたかのように、スタジアムの空気を存分に味わいながら躍動する彼女の姿は、シルエットだけでもとても楽しげに見える。そんななかで披露されたのが、「踊」同様、Giga & TeddyLoidのタッグによって作られた新曲「モンストロ」だった。地平線に沈む夕陽のグラフィックをバックに、ラテンのリズムに合わせて情熱的なダンスを披露するAdo。ステージではとんでもない量の炎が上がり、その熱がスタンド席にいるこちらにも伝わってくる。さらにそこに畳み掛けられるのが、これまた同じコンビによって生み出された「唱」である。会場中で打ち鳴らされる手が、最高の一体感を作り上げていった。
「今日は『Ao』にきてくれてありがとうございます!」。「唱」を終えたAdoがオーディエンスに語りかけた。雨が降る予定だったけど奇跡的に降ってない、涼しいので嬉しい、と言いながらおもむろにスタッフに「水をください!」とリクエストしたり、水の演出で濡れたであろう前列の観客のことを心配しつつ「そのまま電車に乗ってください!」と言ってのけたり、いつにもましてその言葉は奔放だ。「本当はもっと暗いことを喋ろうと思っていたんですけど……この景色を見たら『違うね』って。このステージに立っている時は自由で、閉じこもっていた自分を解放できる」とAdo。「もう話題が尽きた」と笑いながらキッチンカーで何食べたかという話をオーディエンスに振ったりしているその姿は、たしかに自由そのものだ。そのままライブは最後の曲へ。再びオーケストラとともに届けられた「新時代」が、スタジアムをひとつにしてみせた。
そしてアンコール。スタジアムに鳴り響いたのは、日本国民なら全員が知っているあの曲だった。「『おどるポンポコリン』!」――トロッコに乗って客席のあいだを行くAdoが叫ぶ。ファントムシータのメンバーに『ちびまる子ちゃん』(集英社/フジテレビ系)からまる子と花輪クンも登場して、日産スタジアムはお祭り騒ぎ。さらにNintendo Switch用ゲームソフト『リズム天国 ミラクルスターズ』の収録曲としてつんく♂が書き下ろした「Love me forever!」、「アタシは問題作」、「FREEDOM」とトロッコの上からオーディエンスのすぐ近くを通りながら歌うAdo。その姿に誰もが手を振り、歓声を送っている。Ado自身も本編以上にハイテンションだ。
場内を一周してステージに戻ってきたAdoは「本当に本当に楽しかったです」と満足げ。そして、「次の曲は、私がいちばん尊敬する歌い手さんの楽曲です」と、まふまふの「立ち入り禁止」を歌い始めた。まふまふのトリビュートアルバムで歌った曲でもあり、彼女がライブで歌い手の曲をカバーするのもいつものこと。だが、この日は特別だった。続いて「心という名の不可解」を歌い出すと、ステージにもうひとりせり上がってくる人物が。たった今Adoがカバーし、そして「心という名の不可解」を作った、まふまふその人である。それに気づいたオーディエンスから、悲鳴のような歓声が湧き上がった。万感込めたデュエットで楽曲を歌い終えたAdoは、まふまふに「この景色、どうでしょうか?」と問いかける。「とんでもなく広い! すごすぎる」とまふまふも興奮気味だ。そして彼は「身ひとつで、すさまじい歌唱力で、日産スタジアムというとんでもない会場を沸かせてしまう。なかなかできることじゃない。歌い手シーンも、ネットシーンも、今日の音楽シーンも、間違いなく引っ張っているのはあなたです! 自分を聴いてくれていた子からこんな大スターが現れて、世界を変えるように羽ばたいてくれて、これ以上の幸せはないです。ありがとう!」とAdoに最大級の賛辞を送ったのだった。
まふまふが去ったステージで、Adoが再びオーディエンスに向けて話し始める。「私は歌い手が大好きで。『あなたは歌い手じゃない』と何度言われても、私の救われてきたものに恩返しができたらという気持ちで、ずっと“歌い手”と名乗って活動したいと思っていました」。感情を爆発させながら、彼女はこう言葉を継いだ。「歌っていると私は本当に自由なんです。その歌を聴いていただいているだけでも嬉しいのに、そんな私の歌を聴いてみなさんが喜んでくれることが……『私は本当に死ななくてよかった』『生きていてよかった』って思います。だから、私はこんな命が誰かの役に立てるんだったら、誰かを救えるんだったら、まだまだ歌い続けたいと思います」――誰かの幸せに1ミリでも役に立つなら、と彼女は言う。自分だけの物語ではなく、自分の歌を届ける先に向けられた言葉。AdoがAdoであるためではなく、Adoという“人”が生きていく理由のような言葉。それは、これまでのライブで彼女が話してきたものとは明らかに違っていた。
最後に歌われたのは彼女自身が作詞作曲をした「ビバリウム」。〈さよなら まだ 私は/歌わなくちゃ〉というフレーズが今語られた言葉とリンクして、日産スタジアムの空気を震わせた。最後は、ド派手な花火とともにライブは幕切れ。その花火の音は、Adoの新たな物語の号砲のようだった。