マイケル・ジャクソンが“観る音楽”を発明した真意とは? プロダンサー・TAKAHIROが読み解く、孤高の天才の創造力と人間性

マイケルがダンスで完成させたかったもの

ーーあとこれは、本も執筆されているTAKAHIROさんだから言えることでもありますが、ダンスのレベルが向上しているのと比例して、表現の言語化に長けたダンサーが増えている傾向がある気がしていて。ダンスは理屈じゃないと言われる反面、優れたダンサーは言葉の力も信じていると思うのです。

TAKAHIRO:結論から言えば、妄想家が多いのでしょう。情報がこれだけ溢れている中で、そうではない世界へ手を伸ばして自分なりに組み立てたい。それが活字であってもダンスであっても、いろいろと思い巡らし表現したいのです。あとは先達への憧れがあるのも理由の一つだと思います。1970、80年代のダンサーたちは、限られた情報の中でマスターするしかなかった。ブレイクダンサーなら1本のビデオを擦り切れるまで観て、自分なりに習得する。各々が自分なりの“答え”を探していたから、図らずもそれが個性を育むことになった。全体的に見るとズレが生じているようで、いろんなスタイルが生まれたんだと思います。今はその“答え”をみんなが共有して、一つの方向を目指していますよね。だから、どうしても似たような傾向になる。完成度は桁違いに高くなりましたけど。その中で、どうしたら己らしさを出せるのか、それらを分析する機会が増すことで、言語化力も伸びているのだと感じます。

ーーマイケルを語るにしても、見方によっていくつもの答えがあります。TAKAHIROさんも一人の人物に対し、これだけの魅力を話されてきましたが、最終的にはダンサーなのかシンガーなのかという話に行き着くかもしれません。例えばマイケルのように踊りたいという人は多いけど、彼のように歌いたいという人ってあまりいない。TAKAHIROさんはどうお考えですか。

TAKAHIRO:僕はマイケルの歌マネを1人でよくしていたのでなんとも言えませんが、ダンサー/シンガーの看板は見る人と世が呼称するもの。人によるのだと思います。僕は“マイケル・ジャクソン”という一人の人間として見ています。人としての彼は、ダンサーでもあるしシンガーでもある。その上で、マイケルという仮面を外したいときも当然あったでしょう。クインシー・ジョーンズ(『Off The Wall』『Thriller』『Bad』のプロデューサー)と出会うきっかけとなったミュージカル映画『The Wiz』(1978年)に出演していて、カカシに扮しコミカルなダンスをしながら楽しむ一幕があります。後々、マイケルのプライベート映像を観る機会があったのですが、それと同じ動きをする場面を発見したんです。マイケル・ジャクソンの中に生きる“マイケル・ジョセフ・ジャクソン”のダンスももっと観てみたかったです。

ーーダンスのためのダンスだけではないということですね。映画『Michael/マイケル』ではマイケルのピュアな人柄もよく描かれていましたが、そういった側面も踏まえると、彼にとってパフォーマンスとはどういうものだったと思いますか。

TAKAHIRO:パフォーマンスが友達だった。ダンスは生き物のようにピュアで、自分が一生懸命やった分だけ、ちゃんと語りかけてくれるから。僕もパフォーマンスしていて時々そんな感覚になるので。自分のパフォーマンスっていうのは、何にも阻害されない“聖域”なんです。 だからマイケルはあそこまで練習して極限まで行けたんじゃないかと思います。己の発信の場であり、心のシェルターでもある。その上で自分だけの世界に入って心を閉ざさずに、最後まで、愛や、わかり合いたいという想いを発信し続けたのはすごいと思いますし、尊敬します。

ーー最後に一点、ずっと気になることがあって。マイケルはランニングマンだけはやらなかったように思います。テディ・ライリーをプロデューサーに起用した『Dangerous』(1991年)でニュージャックスウィングを打ち出し後年まで続けますが、そのダンスであるランニングマンにはいかなかった。妹のジャネット・ジャクソンとは対照的です。

TAKAHIRO:マイケルはステップを、スタイルというより言語のように扱っていたんだと思います。彼はおそらくヒップホップをやりたかったのではなくて、幼少期から親しんできた憧れの世界を1冊の絵本として完成させたかったんじゃないでしょうか。例えばジャネットも“マイケルお兄ちゃん”と2人でフレッド・アステアごっこをやっていたと語っていますが、それほど敬愛していたアステアが主演する『バンド・ワゴン』(1953年)での感動的な映像と喜怒哀楽を、その1冊の物語に収めていたり。ムーンウォークなら『星の王子さま』(1974年)に出演していたボブ・フォッシーの動きとか。アンチグラビティは『オズの魔法使』(1939年)でブリキの木こりが似たようなことをやっている。

 そのような愛しきキャラクターや断片を現代に蘇らせるために、時代相応の言葉をダンスから見つけ出し、マイケルなりのストーリーに落とし込んで、さらにすごいものにしたかったんでしょう。僕らを感動させてきた世界はきっとそのようなものだったのだと思います。マイケル・ジャクソンという愛に溢れた物語に触れられたことが改めて感慨深いです。

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