渡辺真知子、50周年&古希を目前に挑むNYレコーディング 本場のラテンミュージシャンと作り上げた『Amor Jazz 4』を語る

 「迷い道」や「かもめが翔んだ日」などのヒット曲で知られるシンガー・ソングライターの渡辺真知子。今年古希を迎えるという大ベテランだが、パワフルな歌声や精力的なコンサート活動はとどまることを知らない。常に新しいチャレンジにトライする彼女が、今回作り上げたアルバム『Amor Jazz 4 ~coqui~』は、カリビアンフルートの第一人者、赤木りえ氏に依頼し、ニューヨークのラテン系ミュージシャンを多数招集。ラテンの名曲から歌謡曲、そして自身のセルフカバーまでバラエティに富んだ選曲と、ニューヨークサルサを中心としたエモーショナルなラテンサウンドの意欲作だ。来年はデビュー50周年という節目を迎える渡辺真知子に、新作のエピソードから来年に向けての構想までさまざまな話を聞いた。(栗本斉)

デビュー50周年、古希を控える中でNYレコーディングに挑戦

ーーニューアルバム『Amor Jazz 4』はスタジオレコーディングで6年ぶりということですが、今年の秋に古希を迎えられるということで、そこへ向けて制作しようという思いがあったのでしょうか。

渡辺真知子(以下、渡辺):来年がデビュー50周年を迎えるので、その時はオリジナルの作品だと思うんです。その前の古希という大きな節目なので、自分の好きなラテンのアルバムを作りたいなと。これまでも素晴らしいラテンアーティストの方々に背中を押されて『Amor Jazz』シリーズを作ってきたので、このタイミングは逃せないなと思いました。

ーー今回、フルート奏者の赤木りえさんに依頼した経緯は?

渡辺:りえさんとはもう30年近い付き合いになります。彼女はプエルトリコに住居を構え現地の音楽学校で教えたりしていたので、つかず離れずだったんですけれど、彼女がニューヨーク録音で1枚アルバムを作っていて、それがものすごくカッコよかったんです。コロナ禍でそれを聴いて、私もこういう熱いテンションで作品を作ってみたい! と着火しちゃったんですね。

ーーそれで、ニューヨークレコーディングをお願いしたんですね。

渡辺:そうなんです。そして真知子さんのレコーディングならと、プロデュース能力のある現地のレジェンドを立てることを勧められ、「彼ならあらゆるミュージシャンを知っているし、素晴しい方だから」と選んでくれたのが、彼女も師と仰ぐルイス・ペリーコ・オルティスさんでした。

ーーラテン界の超大御所じゃないですか。

渡辺:もう本当にレジェンドです。ペリーコさんは品があり、音楽に対して揺るぎのない方。レコーディング中も、トランペットやフリューゲルホーンをパラパラっと譜面を見ながら試し吹きするんですけれど、小さな音でも粒がそろっていて、速いパッセージも正確。楽器を撫でているみたいに楽々と吹いてしまう。

ーー職人であると同時に、全体を見渡せるプロデューサーということですね。

渡辺:はい、プロデューサーです。音楽に対して紳士的で、自分が引き受けた仕事は最後まで責任を持ってピタッと仕上げるという、素晴らしい姿勢を持った方でした。

ーー実際のレコーディングは、ニューヨークのスタジオで行われたそうですが、期間はどのくらいだったのですか。

渡辺:10日間で10曲を録音しました。かなりみっちりとカリキュラムを組んで臨んだんですけれど、実はレコーディングの2日目に、りえさんがベッドから落ちて大腿骨を骨折しちゃうという大アクシデントが起きてしまって……。

ーーええっ! それは大ピンチですね。

渡辺:もう大ピンチどころじゃないですよ。しかも、ちょうどその頃、気温が40度を超える猛暑で、病院に救急搬送されたものの、熱中症の患者さんが次から次へと運ばれてきて、お医者さんたちもヘトヘトで手が回らない。りえさんは朝から手術を受けるために絶食して待っているのに、夕方になっても手術が始まらない。結局、翌日になってようやく手術ができたという、本当に大変な状況だったんです。

ーー音楽と言葉の橋渡し役のりえさんがいなくなって、スタジオも混乱したのではないですか。

渡辺:スタジオ内はスペイン語で激しくディスカッションしているので、(彼らはそれが普通なんですが)まるで濁流の中に放り込まれたような感じでした。りえさんがいなくてどうしよう!って。

ーー真知子さんは、スペイン語は……。

渡辺:全然、ダメ! 「あんなにスペイン語の歌をたくさん歌っているのに」って驚かれるんですけど、しゃべるのは本当に片言すら難しくて。以前キューバに行った時も、現地のお母さんに「あなた素敵ね、お話ししましょう」って声をかけられたのに「日本語しかダメなんです」って言ったら、「あんなに歌えているのになんでしゃべれないの! 本当なの?」って残念がられて(笑)。

ーー言葉が通じない中で、現地のミュージシャンたちに「こう歌いたい」「こうしてほしい」というニュアンスを伝えるのは難しいですよね。

渡辺:譜面通りに進められる曲はまだよかったんですけど、問題はバンド演奏の曲、特に服部良一先生の「ラッパと娘」でした。あの曲は笠置シヅ子さんが歌った、日本におけるジャズ歌謡の先駆けのような曲です。私は「この歌、この歌~♪」のところで、ラッパと掛け合うようにグリスアップして、シャウトしながらエネルギーを爆発させて歌いたかったんです。でも、現地の人たちは私が日本でどういう歌を歌っているのか知らないから、譜面通りのレコーディングになってしまいそうでした。最初は、「これじゃ、私がニューヨークに来る必要がない」って思って、気がついたらスタジオの中で立ち上がっていました(笑)。「私はこう歌いたいの!」と思いながら、生の歌声で思いっきり歌ったんです。そしたら、トロンボーンの人が急いで楽器を取ってきて、その場で吹き鳴らして応えてくれました。それで「OK! OK! GOOD! GOOD! イエーイ!!!」となって。それはそうですよね、レコーディングしている歌手の歌やパワーは生じゃないとわからないですからね!

ーー音楽で完全に心が通じ合った瞬間ですね。

渡辺:それからはもう、スタジオ中が「イエーイ!」って大盛り上がりで、記念撮影のときもみんなで楽器を振り上げたり怪獣みたいな顔をしたりして、一気にファミリーになっちゃいました。言葉なんて本当にいらない。アクシデントが逆に、ミュージシャンたちとの距離を縮めてくれました。怪我の功名というか、素晴らしい経験になりました。

ーーアルバムの選曲はどのような基準だったのでしょうか。

渡辺:基本的には、よく知られているラテンの王道曲ですね。これまで私が日本語や原語で歌い慣れてきて、日本人にも耳馴染みのあるものを選びました。この3年間、コロナ禍から始まって、古希へと向かう中でコンサートでも歌ってきた、私自身の集大成のような選曲になっています。

ーー2曲目に入っている「O SOLE MIO」は、ディアマンテスのアルベルト城間さんとのデュエットで、楽しい雰囲気が伝わってきますね。

渡辺:アルベルトとはテレビやコンサートで一緒に歌っていますが、音楽以前にまずお友達として、長いお付き合いなんです。15年ほど前、彼が「真知子さん、いい歌詞ができたんだよ!」って、私の目の前で楽器も持たずにアカペラで「わらってミ~オ~♪ だきしめ~て~♪」って歌い出して(笑)。すごくキャッチーで彼の個性にぴったりだし、いつかこの曲で何かできたらとずっと温めていたんです。

ーー今回、ラテンのアレンジでついに実現したわけですね。

渡辺:私のコンサートでアルベルトにゲストで来ていただいた時に、この曲をデュエットにしたら大ウケだったんです! なかなか私とデュエットしてくれる人がいないんですよね~(笑)。ラテンの人って、胸板の厚さが全然違うから、とにかく声の存在感と艶がすごいんです。今回はニューヨーク録音したオケを彼のいる日本に送り、アルベルトに歌ってもらい、それを送り返してもらって、そして私が歌ったものです。

ーー「コーヒールンバ」と「CIELITO LINDO」はいずれもラテンの名曲ですが、ものすごく洗練されていてカッコいいラテンサウンドですね。

渡辺:さすがペリーコさん、本当にオシャレです。彼は往年のサルサやラテンの泥臭い部分だけじゃなくて、キュートで洗練された都会的なアレンジをするんです。彼の名前がクレジットされる以上、私も身が引き締まりました。

ーーレコーディングでは、ペリーコさんからスペイン語の発音の指導はあったんですか。

渡辺:もう、すごかったです(笑)。 「発音に違和感があったら何でも言ってください」と事前にお願いしてはいたんですけれど、1箇所どうしても“n”と“m”の鼻音が上手く発音できなくて。日本語で言うと「新宿(しんじゅく)」の“ん”は唇を閉じないけれど、「新橋(しんばし)」の“ん”は唇を閉じますよね。スペイン語にもそういう、日本人が無意識にやると逆になってしまうような発音があって、アップテンポな曲の中でそれが連続すると、どうしても頭と口がパニックになっちゃう。

ーーネイティヴ相手だと気になってしまいますね。

渡辺:私がブースで四苦八苦していたら、ペリーコさんが急にブースの中に入ってきて、狭い空間で2人きり(笑)。私の目の前で、口をわかりやすく大きく開けて「こうやって発音するんだ!」って、絶対の熱量で迫ってくるんです。もう唾が飛んでくるくらいの至近距離で、私も必死で何度も反復して。私のペースや喉の調子は構わず、ぺリーコさんペースで(笑)。

ーーそこまで徹底的にダメ出しされるとは、今の真知子さんのキャリアではなかなか無いことですよね。

渡辺:そうですよ、ペリーコさんの「NO!」は声も太くて大きくて、150パーセント絶対威力の「NO!」なんです(笑)。でも、何十回もやり直して、脳が真っ白になりかけた時、「OK☆」。ペリーコさんがふっと優しい顔になって「マチコ、これができれば、世界中どこの国に行っても通用する。現役のシンガーでもこれができない人はいるけど……マイケル・ジャクソンはできたよ」って言ったんです。

ーーマイケル・ジャクソンですか!

渡辺:そう! ペリーコさんはマイケル・ジャクソンにかかわっていたんですね。「そうだ! ここはニューヨーク……」。マイケル・ジャクソンをこんなに身近に感じたことはありませんでした。そう思ったら、それまでのことは全部吹き飛んで、このレコーディングの正解が確信できました!

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