桑原がダンスを始めたきっかけは、2011年の東日本大震災直後の出来事だった。福島県出身の彼は、小学生の頃に自宅が被災。屋外での活動が制限され、野球一筋だった少年は大好きだった野球を続けることが難しくなってしまう。しかし、この頃、姉がやっていたダンスに試しに挑戦したことで、ダンスの世界にのめり込んでいった。2016年に元所属ダンスチーム「FORCE ELEMENTS」がストリートダンスコンテスト『DANCE CUP』で優勝した際には、副賞として得たニューヨークへの7日間ダンス留学の権利を用い、チームで米·ニューヨークのアポロ·シアターで行われたアマチュアダンスイベント『アマチュアナイト』に挑戦。また、アマチュアダンスイベントでは月間優勝を果たしている。

　D.LEAGUEではリーダー／エースとしてチームを引き上げ、22-23シーズンにチームをシーズン優勝に導いたのみならず、個人としても22-23 SEASON、23-34 SEASONの2年連続で「MVD OF THE YEAR（年間最優秀選手賞）」を受賞する実力者だ。CyberAgent Legitの大きな強みである明確な緩急で“音を視せる”パフォーマンスは、彼の振付によってこそ本領を発揮し、チームメンバーの輝きを余すところなく引き出していることは間違いない。近年で言えば、22-23 SEASONのCHAMPIONSHIP セミファイナルで披露したステージが彼の振付の特徴をよく表している代表作の一つだろう。CyberAgent Legitとして昨年挑み、イギリス・ロンドンで開催された『Britain’s Got Talent』予選で披露し、サイモン・コーウェルのゴールデンブザーを獲得する快挙を遂げたのもこのパフォーマンスである。

　さらに、LDH史上最大規模のオーディション『iCON Z』から誕生したダンス＆ボーカルグループ THE JET BOY BANGERZとしては、2024年1月31日発売のEP『PHOTOGENIC』がBillboard JAPAN週間「Top Albums Sales」（2月12日付）で当週61,463枚を売り上げて首位を獲得。同グループはパフォーマー全員がDリーガーという圧巻のダンスパフォーマンスレベルの高さを誇るチームだが、その中でも桑原は、LDHの若手〜中堅グループが一堂に会する『BATTLE OF TOKYO』のパフォーマーダンスバトルで、ダンス界でも一目置かれるダンサーであるEXILE／FANTASTICSの世界と相討ちの1on1を展開し、『BATTLE OF TOKYO』初参戦にもかかわらず劇的な爪痕を残していた。

　このほか、大型音楽特番でのダンスコラボや桑原個人でのダンス番組出演など、ダンサー界だけでなく世間的にも「桑原巧光」という名前と彼のダンススキルの凄まじさがようやく浸透してきている。D.LEAGUEやパリオリンピック種目となったブレイキン、さらには近年のダンス＆ボーカルグループにおける、経験者増大によるダンス力の強化をはじめ、日本のダンスシーンは過去最高レベルに盛り上がってきている最中だ。このタイミングでアーティストという肩書きが増えたことで、よりメディア出演の機会も増えたことは、彼自身にとっても、そして桑原巧光という存在を通してダンスの魅力に初めて触れるかもしれない人々にとっても、プラスに働くだろう。

　将来は誰にも分からないが、もしかすると、ダンス界の若きエースの眼には、すでに未来のビジョンが見えているのだろうか。少なからず言えるのは、彼の明晰さと実力であれば、ダンサーやアーティストという肩書き関係なく「ダンス」という身一つのスキルで、人を笑顔にする、感動させるという既存の枠を超えて社会全体により良い影響を及ぼしていけるだろうということだ。領域を超えて人を巻き込める力、周囲に「お前だったら」と信頼してもらえる力というのは、誰しもが持っているものではない。これから先、この革命家がどんなムーブメントを巻き起こしていくのか、楽しみにしていよう。