由薫、アルバム『Brighter』完成第一声インタビュー 変化と今、明るい場所へ進む決意
振り返るとどの曲も「ああ、全部私なんだな」と思えた
――先ほど「第二のメジャーデビュー曲」と言った「星月夜」についてもお聞きしたいんですが、前回インタビュー(※1)をした時に「星月夜」がヒットしたことで「自分は何を大切にして生きていくのか?」「自分が何を書きたいのかがわからなくなった」とおっしゃっていましたよね。今あらためてその当時を思い返してみるといかがですか?
由薫:雨降って地固まるじゃないですけど、いっぱい雨が降って、自分のなかでさまざまな出来事があって……いろいろわからなくなって、自分のことが自分でもわからなくなってしまうぐらい混乱してしまって。人って誰しも、いろいろな側面があると思うんです。特に人前に立って歌を歌っていると、簡単な言葉ならオンとオフとか、しっかり仕事をしている自分とダラダラしてしまう自分がいると思うんですけど、そういう自分が鏡張りみたいにいくつも出てきた感じがして。そのなかで「どれが本当の私なんだろう?」「どの私の声を信じて曲を作ればいいんだろう?」とすごく悩みました。
これまでもいろいろなタイプの楽曲にチャレンジしてきましたが、振り返ってみると、どの曲にもちゃんと私がいて、「ああ、全部私なんだな」ってようやく思えた。そこに至るまでが葛藤だらけだったんです。自問自答していくうえで、「星月夜」の存在もすごく大きかったです。
――そこからいろんな人と交流を持つようになったことと、スウェーデンで「Blue Moment」を作ったことで、ひとつの答えが出たんですね。
由薫:周りの方たちのおかげで一度答えは出たんですけど、その後も曲を作るたびに自分と対峙して、私のなかでごちゃごちゃしている部分を整理する作業が続いていって。でも、「Blue Moment」を作った時に、空っぽよりも心の荷物は多いほうがいいと思えたんですよね。「これが作品を作るなかで向き合ったりすることなんだろうな」って、大変な作業ではあったけれど、答えを導き出せた気がしたんです。
――10代の頃に書かれた「170」然り、「欲」然り、何かを手にしたかったインディーズ時代からメジャーへ行って、今度は目まぐるしくいろんな出来事が起きて、自分がわからなくなった末に、「Blue Moment」でゼロよりもいろんなものがあるほうがいいと気づいた、と。アルバムのために書き下ろしたラストの「brighter」は、まさに今の自分自身と対峙する決定的な曲で。
由薫:そうなんです。
――この曲を作るのは、メンタル的にはどういう作業でしたか?
由薫:“救いのようなこと”だったというか……。曲を作るのって、そこが自分のテリトリーであるような感覚なんですけど、アルバムに関してはできた曲を並べていく作業でもあるので、あまり執着を感じていなかったんです。
――ある意味、パズルをはめていくような作業ですよね。
由薫:そうなんです。アルバム制作って、リリースした曲を並べて、そこにタイトルをつけて世に出すという印象だったんですけど、アルバムを作る際に「こういう曲を入れたり、こういう曲を入れようかなと思うんです」という話を周りのスタッフさんにした時に、急に違和感を感じたんですよ。「私は曲単体の説明はできても、このアルバム自体の説明ができない」と思って。アルバムもちゃんと自分のテリトリーとして、端から端まで納得できるものにしなきゃいけない。それこそ、こうやってインタビューをしていただいた時に、自分にとってどういう意味を持った作品なのかを説明できるものじゃなきゃダメだなと気づいて。
それで、当初入れようと思っていた曲をやめて、「アルバムだけのための曲を作らせてください」と、制作期間としてはかなりギリギリなタイミングでお願いをしたんです。コライトを担当していただいた作曲家の野村陽一郎さんは昔からお世話になっている方で、お会いする頻度も高いので、私の変化を細かに感じ取ってくださるんです。その方と一緒なら、自分で自分を救ってあげられるような曲が作れると思って、「すみません! もう時間がないんですけど、このアルバムのための曲を作らせてください!」と言って、できたのが「brighter」。どれが本当の自分なのかわからないなかで、私の人生で起きた出来事や感情――そういう“自分”という欠片たちを拾い集めて、ひとつの曲にする感覚で作りました。いろんな光景を目にしたし、いろんな曲を作ってきた先で、「自分ってこういうことだったよな」と、すべての曲たちを紡ぐつもりで一曲に仕上げました。
――僕の解釈が間違っていたらアレなんですが、由薫さんはメジャーへ行ってから多種多様な曲を作ってきた。木に喩えると、あっちの枝の先に葉っぱをつけたり、こっちの枝の先に果実をつけていく作業だった。そして、今回の「brighter」では、木の幹自体について歌ってるということですよね?
由薫:まさにそうです。今一度、いちばん元のところに向き合って曲を作ろう、と。だからこそ、あまり演出的にしたくなかったのもあります。野村さんにも、「これは素朴な曲にしたい」とお願いして。コーラスをいっぱい入れたり、途中でスケールの大きなサウンドにはなるんですけど、最初と最後はボーカルとギターというシンプルな形に完結するようにしました。メジャーデビューしてから、多くの人に聴いてもらうことをものすごく気にしながら曲を書いてきたんですけど、一旦それは置いておいて、とにかく自分と向き合って作りました。だから、ほかの曲とは置き位置が違うんですよね。時が経ってこのアルバムを振り返った時に、“今の私”という本当の意味での等身大の自分がアルバムの最後に入っていたら、未来の自分がもっと心強く進んでいけるんじゃないかなと思ったんです。
――ほかにも注目なのが、初回限定盤のボーナストラックに「Crystals English ver.」と「ヒヤシンス -Acoustic ver.-」が収録されていることで。
由薫:「Crystals」を日本語と英語のふたつの側面から聴いてほしかったので、アルバムに入れました。「ヒヤシンス」は、自分のメジャーデビューからのストーリーをアルバムを通して語るなかで、メジャー前の自分も大事な要素だから入れたいと思ったんです。インディーズ時代に作った曲はほかにもいっぱいあるんですけど、自分が成長する過程で淘汰されていくというか。残らない曲もたくさんあるんですよ、自分のなかでどこかに行ってしまう曲が。
でも「ヒヤシンス」は今でもライブで歌い続けていて、ずっと残り続けてるということは、それだけ自分にとって大切な曲なんだなって思うんです。今回アコースティックバージョンを録ってくれたのは、ギタリストの高慶"CO-K"卓史さんです。過去2回のワンマンでもバンドマスターをしてくださり、もっと遡ればインディーズ時代の全然人がいないライブハウスでもサポートしてくださって。昔から現在までの私を知っている方のギターで「ヒヤシンス」を歌ったら、リスナーの方にも伝えたかったことを感じてくれるんじゃないかな、と思ってアルバムに入れました。この曲はレコーディングも特殊で、同じスタジオに全員が集まって同時に演奏したんです。お互いの音を聴きながら、ライブをしてるような感覚で歌いました。この曲は自分にとって“ホーム”みたいな存在になりつつあるので、聴いてくださる方にも、私自身にも、戻ってくる場所を作ってあげたいと思って、こういう形になりました。