アルバム『VINTAGE』インタビュー
G-FREAK FACTORY 茂木洋晃が『VINTAGE』に込めた“勝ちに行く意志” 「今を綴ることがバンドマンの大事なマインド」
結成から23年。地元・群馬にどっしりと腰を据え、“お山の頂上”から全国にロックを発信し続けてきたG-FREAK FACTORY。7月15日にリリースされた最新作『VINTAGE』は渡部“PxOxN”寛之(Dr)加入後初のフルアルバムということもあって、ヘヴィでラウドな側面が強化され、バンドに新たな風を吹かせる作品となった。前作『FREAKY』以降、例えば『山人音楽祭』が2日間になったり、初の日比谷野音ワンマンを成功させるなど、動員と勢いを加速させてきたG-FREAK FACTORYだが、そうした数字的な結果以上に、ローカルバンドとして宿命のように群馬に鎮座し続け、大事な居場所を守りながら戦い抜いてきたことが、2020年の今このバンドが強いことの何よりの証だと思うのだ。何十年経っても人の心に刺さり続けるバンドであるために、未来に笑って生きていられるために、自身の“今”の生き方と向き合い、誇りと信念を掲げたタイトルが『VINTAGE』である。これは決して“ローカル”だけの出来事ではなく、同じ時間を共有して生きるすべての世代に問いかけられる普遍的な言葉なのだ。茂木がロックバンドに委ねるものを、正面から語り合った。(編集部)
「どう勝つんだ? そのイメージあるのかよ」と問われてる気がする
ーー『FREAKY』以降、気づけばG-FREAK FACTORYは非常に多作なバンドになってきている印象なのですが。
茂木洋晃(以下、茂木):たしかにそうだな(笑)。
ーー今回『VINTAGE』の制作にはどんな想いで臨んでいったんでしょうか。
茂木:自分が感じているものをちゃんと素直に全部出したいと思ってた。狙ってどうこうというのはなかったけど、今作がコロナ禍になる前の一番最後のマインドだと思うんだよね。コロナを経てまた大きく変わったし、それはこれから綴っていくことなんだけど、やっぱりロックバンドマンは飢えていないとダメだなと思っていて。現状打破というか、満たされていたらものは書けないと思うんだよ。ラブアンドピースもサーチアンドデストロイも含めて、「現状の次をどういう手法で見に行くか」っていうのが根底になかったらダメだと思うし、俺がガキの頃もそういうものじゃないと反応しなかったから。すげえなと感じたものを「こういう意味なんだ」って紐解いていくのが好きだったから、自分もそうありたいと思ってる。
ーーこれまでも少なからずそうやって作品を綴ってきたと思うんですけど、その都度向き合わなければならないリアリティも変わってきているんでしょうか。
茂木:それは変わってきてる。激動の出来事が起こった2011年に免疫ができたにも関わらず、それを超えてくる何かが毎年必ず起こって、備えてても間に合わない時代になってきていて。その中でロックバンドが何を言えるんだろうって思うけど、やっぱりロックバンドたるや、俺たちが言わなきゃ誰が言うんだよって思うんだよね。きれいな言葉ときれいなサウンドで世の中に打って出たほうが、シンプルで瞬発力もあるから売れるんだろうけど、長生きせず、一瞬だけ良ければいいみたいなインスタントなリリースをするのだけは絶対に嫌だと思ってた。「こうした方が広がりやすいだろう」というツボはわかってきてるんだけど、それを使うか使わないかなんだよね。あえて使わないでどこまで行けるかをやってるんだけど、使わずに書けたら、時代が変わっても普遍的なものとしてずっと光っていけるわけで。浸透するまで時間かかるかもしれないけど、そういうものを精魂込めて作れるようになれたら、ロックそのものが変わるんだろうなと思うんだよ。
ーー もっと言うと、それは茂木さんにとってロックバンドとしての活動がどういうものだからだと思いますか。
茂木:例えばライブごとに明確に勝ち負けが決まってくれるならいいけど、それって主観と客観でも違うわけじゃん。でも、そういう試合が続いていく中で、感覚とか体力を研ぎ澄ませて、いらないものを削ぎ落としてブラッシュアップして、ちゃんと「勝ちに行く」のがライブだと思っていて。たった30分の短いライブで、その30分だけなんとかよく見せられればこっちのもんだ、みたいなところはあるからさ。そこに凝縮して見せられなかったら、せっかくみんなが集まった場所で全てを台無しにしてしまう責任感と葛藤が入り混じってくるから、ちゃんと勝たなきゃダメなんだよね。で、ただ勝つだけじゃなくて、「どう勝つんだお前は? そのイメージあるのかよ!」っていう、今度はそこを問われているような気がして。バンド全盛期の90年代を踏んできた、無骨だけど腕っ節の強いバンドたちの中から俺たちも出てきたから、不器用だけどよく切れる鋭い刀も持ってるし、ハンマーみたいな重たいものもしっかり持っている中で、それを使いながら「じゃあどう勝つか」っていうイメージばっかりしてる。
ーーなるほど。まず今作でロックバンドとしてより研ぎ澄まされたのは、演奏のパワフルでラウドな側面だと感じたんです。現体制で制作された初めてのアルバムということも関係あるかもしれないですけど、そこについてはどう感じていますか。
茂木:俺もそう思う。それはたぶんべードラ(ベース&ドラム)が軸としてしっかりあるからなんだよね。PxOxN(渡部“PxOxN”寛之/Dr)の右足を意識してみんなが寄っていく感覚というか。いわゆるパワフルな部分は『FREAKY』からめちゃくちゃ上がったと思う。ただ、それこそ楽譜には書かれない何かーーもうちょっとよれていたほうがいいとか、柔らかいほうがいいとか、そういうのはまだPxOxNはやれてない。もちろんPxOxNが新しいメンバーになったとき、今までのG-FREAK FACTORYをぶち壊してくれていいと思ったし、逆にそこで壊れちゃうくらいだったらそこまでだったんだなと思って。それよりG-FREAK FACTORYのサウンドに疑問やフラストレーションがあるんだったら、今ここで出さなかったらダメだぞと思ってたかな。メンバー1人変わっただけで噛み合わせが全然変わるから。
ーーそうですよね。
茂木:やっぱりPxOxNになった最初は、噛み合わせがしっかりしすぎて逆に違和感しかなかったんだよね。「ダディ・ダーリン」とかは斜め斜めの全員遅れていっていいリズムになっていて、そういう理屈じゃない部分が曲によってはあるんだけど、PxOxNはどうしても理屈で考えていくんだよ。おそらく楽譜上は合ってるんだけど、サッサッサッとやるんじゃなくて、遅れていくことでブワッとなるのがああいう曲だから、そこに行き着くまですごく時間がかかった。「上手にやらなくていい。歪でいいから全部ぶつけてくれ!」っていうことなんだよね。
ーーきっとPxOxNさんがテクニカルで上手いドラマーだからこそですよね。
茂木:そうだね。良い悪いの話じゃなくて、前任の清太郎(家坂清太郎)とPxOxNではタイプが全然違うから。どっちも好きなドラマーだけど、右ピッチャーと左ピッチャーくらい違う。
「自分のマインドをちゃんと連れて行かないと、ヴィンテージにならない」
ーー先ほど「どう勝つか」という話もありましたが、地理的にはずっと群馬にいる中で、そのイメージを更新していく刺激は何になるんでしょうか。
茂木:群馬と言えば言うほど群馬を離れられなくなって、宿命のように住み続けることになってるんだけど、やっぱりこの場所で失敗したら群馬を離れなきゃいけなくなるかもしれないーーそれって故郷に帰れなくなるかもしれないということなんだよね。遠く離れた場所で頑張ることを覚悟と言う人もいるけど、「てめえのフィールドでやる」ということは、俺はもっと覚悟しなきゃいけないんだと思うよ。バンドマンじゃない時の顔も含めて、地元の人たちにたくさん見られるしさ。飯を食いに行ったって必ず知り合いに会うから(笑)。
ーー(笑)。 主催されている『山人音楽祭』でも、ステージでアツくパフォーマンスする傍ら、自転車に乗って会場内を見回る茂木さんにも遭遇できるわけですけど、まさにその両面がG-FREAK FACTORYの地元での活動だということですよね。
茂木:ははははは。本当にそうだよね。今は『山人音楽祭』って2日間あるけど、2日だけ頑張れば全てがよくなるわけではなくて、1年通してみての2日間だし、大きい会場だから大事っていうものでもないし。毎ライブでちゃんと試合しなきゃいけないわけで、口には出さないけど負けたなと思う日もあるしさ。
ーー『山人音楽祭』に名前を変えたことも、2デイズ開催にしたことも大きな挑戦だったと思いますし、挑戦するからこそ負ける日もあるというのはロックバンドらしい戦い方ですよね。
茂木:実際コロナで俺たち転んだわけじゃん。みんな予定丸崩れだと思うんだけど、やっぱりどう転ぶかは大事なことで。そのままバンドが春休みしてしまったら、それは後ろに転んだようなものだし、「ヴィンテージ」でも歌ったけど、サボったらサボった分だけのツケが何年後かに必ず返ってくるから。どう生きようにも手詰まりな状態だったから、正直バンドのブラッシュアップに向かうのは難しかったけど、それでも自分の音楽の畑の中で端っこにある部分を、一番デカい畑と同じくらいにするにはどう耕せばいいかっていうのをずっと考えてた。そのうち大きな畑になって、もっと太っとい自分ができていくんじゃないかと思うとワクワクするし、そういう挑戦はしていきたいかな。
ーー茂木さんの中で、大きな畑は増えてきている印象なんですか。
茂木:あれもこれも飛びついてしまうと器用貧乏で浅はかなものになってしまうけど、最低でも3年続けられるものに手をつけようと思ってる。それはずっと心がけているもので、3年続ける前に辞めちゃうんだったら自分の我慢が足りないと思ってるから。
ーー「ヴィンテージ」で歌われている〈石の上にも3年〉という言葉は、実感に基づいて歌われている言葉だったんですね。
茂木:そうだね。「今日やったことが返ってくるのは明日とか明後日じゃなくて、3年後の今日だ」と思ったら、すぐに答えを求めないから気が楽になるし、そうすることで何より今を頑張れるじゃない?
ーーまさにそうだなと思いますし、「ヴィンテージ」という言葉自体も明日・明後日のことだけを考えていたら思い浮かばないですよね。
茂木:ああ、たしかに。ブランド物とか道具とか車とか、30年前くらいのデッドストックなものをヴィンテージって言うでしょ? ヴィンテージって「古くして返り咲いて価値あるもの」っていうイメージだから、今出したものが30年後とかに「こういう音楽があったんだ、すげえ!」ってなると思うんだよね。俺も90年代に観たライブをたまに映像で見返したりするけど、「すげえ、こんなことあったんだ」と思うもん。でも、それって今起こっている現象や自分自身のマインドをちゃんと連れて行きながら作らないと、ヴィンテージにはならないんだよ。
ーーだからこそ、「ヴィンテージ」は過去についての歌じゃなくて、未来に向けて今をどう生きるかという歌になってるわけですよね。
茂木:そうだね。言われてみたら確かにそうだ。
ーー『山人音楽祭』の規模が拡大したりとか、数字的な結果が少なからずついてきている側面もあると思うんですけど、それだけじゃないリアルな肌感として、ローカルバンドとして群馬でやってきたことの意味が、今改めて大切になってきているんじゃないかと思っていて。そう言われてみるといかがですか。
茂木:前回の『Flare/Fire TOUR 2019』のときは、地元のバンドを入れて3マンで回すツアーをやりたいっていうのが俺のテーマとしてあって。写真もその土地のカメラマンに撮ってもらおう、いなかったらイベンターに探してもらおうっていうくらい、その土地のライブハウスをほぼ毎日のように撮っているカメラマンと試合したいと思った。少なくとも俺はローカルバンドのトップでいたい気持ちがあるんだけど、表題曲になった「ヴィンテージ」はやり始めて2~3年のバンドじゃできない曲だなと思ったし、「20年やってきた田舎もんがやるとこうなるんだぞ」みたいな説得力が一番あるのはこの曲だと思ったから。これからさらにそれを更新していくことで、この曲を選んだこと、今活動していることの正解を取りに行くっていうことなんだよね。バンドをここまで長くやったことも正解だったと思いたいし、群馬にこだわってやってきたことも正解だったと言いたいから。地方でくすぶっているバンドもいっぱい見たし、くすぶってるくせにめちゃくちゃいいバンドもたくさん見たんだけど――今ってテレワークとかの影響で、オンラインというものが土地的不利とか時間的不利を払拭できるツールになっているけど、そこで「ローカル」をちゃんと持っているやつはどんだけ強くなるんだろうとは思うんだよね。
ーーネット上でつながりを持つことはできても、オフラインなつながりには勝てないですもんね。
茂木:場所を問わず、オフラインで進めることってすごく贅沢だし大事。今って必要なものとか情報だけを取りに行けば済んじゃう時代だけど、俺たちのライブって真逆だからさ。目の前にいるいろんなマインドを持っているやつと戦っていくわけで。