クラムボン・ミトの『アジテーター・トークス』

クラムボン・ミト×ニラジ・カジャンチが語る、ミュージシャンが求めるスタジオの条件とサウンドの潮流

日本と海外におけるグルーヴの解釈の違い

ーーここ最近は、どの現場に行ってもローの作り込みに関するこだわりを聞くのですが、それはやはりヘッドホンでみんなが聴くようになったのが大きい?

ミト:そうそう。

ニラジ:まさにそれです。イヤホンでもかなり低い帯域まで聴けるようになってきていますしね。面白いのは、ストリーミングってミッドよりも上の周波数の方が、コンプがかかりやすいんですよ。ローはそのまま出せるのに。

ミト:そう。だからSpotifyとか、いわゆるMP3クオリティの音源でもローの量感はリッチにできる。それもあって、みんながローにこだわり出したところはあるかもしれないですね。例えばビリー・アイリッシュ。おそらく来年のグラミーは彼女が獲っちゃうと思うんですけど、彼女の楽曲なんて「究極のローエンド感」じゃないですか。逆にいうと、もうあれ以上はやっちゃダメってところまで来ている(笑)。映画のサントラなんか聴いてもそう思いますね。『ストレンジャー・シングス』とかアナログシンセの太い音が轟くようなスコアリングだし、『ジョーカー』にしてもヨハン・ヨハンソン的な、チェロで出す低音を強調していたから。

ーー確かにそうですね。世の中の停滞した空気も反映しているのでしょうか。

ミト:あと1、2年はこのムーブメントが続くでしょうね。ちょっと前の音響雑誌だと「何kHzよりも下の帯域はカットして〜」なんて書いてありましたし、実際ローカットの出来るプラグインなんかも流行りましたけど、正直なところ今それをやっている人ほとんどいない。もちろん、バンドの場合はキックとベースのどちらをローの主軸にするかによって、片方のローを削ることはありますけどね。ただ、日本はそれでもいまだにミッドハイの処理が独特ですよね。それはさっきも言ったように、アニソン的な発想というか。テレビの電波に乗せた時にエッジが立つかどうか、特に声のニュアンスが求められるので。

ニラジ:逆にいうと、海外の音像はミッドハイをそこまで立たせていないから、相対的にミッドローより下がリッチに聴こえるんですよね。大雑把にいうと、日本でいうグルーヴというのは声周りの話、海外でいうグルーヴというのはリズム周りの話という感じがします。

ミト:それって90年代の音像とも重なるんだけど、そこをうまくやったのがKing Gnuだと思う。井口理氏ってポルノグラフィティが好きなんですよね。歌マネとかYouTubeに上げているくらい。それはすごい分かるの。King Gnuってあれだけファルセットやボーカルスキルを強調したミックスにしているのって、絶対90年代のJ-POPからの影響があると思うから。そういう要素と、今のサウンドを絶妙なバランスで組み合わせたからこそ、今のリスナーにちゃんと響いているんじゃないかな。まあ、日本が海外に寄り添う必要は別にないし、これはこれですごく面白い流れだと僕は思いますけど。

日本のポップスは流れた瞬間明らかに空気を変える

ーーところで最近、北欧の作曲家が台頭してきていますね。

ミト:アニソン周りだとスウェーデンの作家とか。

ニラジ:K-POPは今や、ほとんどが北欧の作家になってきてる。フィンランドやスウェーデンあたりがすごくて。彼らのメロディセンスがアジアの音楽に合っているんですよね。歌謡曲とリンクしている部分が多い。泣きのメロディが得意というか。

ーー逆に北欧では、日本のシティポップが流行っているというのも面白い現象です。

ニラジ:今、J-POP周りで「ライティングキャンプ」が流行っていて、そこに来るのは大抵ヨーロッパの作家なんですよね。日本人とヨーロッパ人が同じ部屋に入って曲を書くみたいな。日本の大手レコード会社でもそういうことをよくやっています。

ミト:JUDY AND MARYのTAKUYAさんも自ら行ってらっしゃるんですよ、キャンプ。これからは僕らも含め、若い作家たちもどんどん行った方がいいと思う。

ーーそういった流れは今後も続いていくと思いますか?

ミト:海外作家とのコラボはどんどん進んでいくでしょうね。言葉の壁なんか、アプリでいくらでも解消できるし。あとは、その周辺のプラットフォームが整っていくと、もっと気軽にセッションが出来るようになると思います。今日、こうやって話をしながら興味が湧いてきたのは、海外のクリエーターが日本に来て、例えばニラジのスタジオで作業したらどんな音になるかということ。ニラジにしか出せない音というのがあるじゃないですか。それを今は、さらに磨き上げる段階に来ている気がします。

ーーそれはなぜですか?

ミト:さっきおっしゃっていた、北欧で日本のシティポップが流行っていたり、35年も前にリリースされた竹内まりやさんの「プラスティック・ラブ」が、世界中のクラブで流れたりしているのは、日本のポップスがワンアンドオンリーであり、流れた瞬間明らかに空気を変えるからだと思うんですよね。そこら辺はもう、言葉の壁なんて関係ない。そのきっかけを作ったのは間違いなくK-POPだし、例えばMONSTA XやSEVENTEENのようなグループがアジアの音楽と言語をポピュラー化してくれたと思う。

ニラジ:今、アニソン周りで知り合いのエンジニアが10人くらいいますが、それぞれがものすごく個性的で、全然違うサウンドを作るんですよね。一人ひとりみんな「何か」を持っていて、クライアントさんが「あのサウンドが欲しい」ってなったら、それが得意なエンジニアに頼むようになっている。そういう状況がどんどん横に広がっていけば、さっき言った「weird」な音楽が日本にもどんどん増えて、今よりもさらに面白い状況になっていくと思います。

(取材・文=黒田隆憲/写真=池村隆司)

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