『Pretender』インタビュー

Official髭男dism『Pretender』インタビュー 研究と向上心を欠かさない4人が作る“最高の音楽”

 中毒性の高いファンク寄りのピアノポップと、藤原聡の稀有なボーカル力で急成長するOfficial髭男dism(ヒゲダン)。同業のミュージシャンによる「気になる曲が聴こえてきたからShazamしたらヒゲダンだった」というようなツイートが去年のメジャーデビュー曲「ノーダウト」あたりから増え始め、同曲は2018年にデビューしたアーティストとしては最もサブスクリプションで再生された。

 同曲が収録されたアルバム『エスカパレード』、2nd EP『Stand By You EP』とスマッシュヒットを飛ばし、7月8日には初の日本武道館公演も控えている。リスナーの志向が細分化され、ヒットが生まれにくい時代にあって、確実に多くのリスナーの琴線に触れる楽曲を次々に送り出すヒゲダン。ニューシングルの表題曲は映画『コンフィデンスマンJP』主題歌(5月17日公開)のために書き下ろした「Pretender」で、これまでのポップなファンクネスから、ミディアムバラードへと曲調も舵を切っている。彼らのアレンジ哲学や、作詞作曲についての具体的なアプローチから、このバンドのユニークさを探ってみた。(石角友香)

Official髭男dism - Pretender[Official Video]

UKの空気感をヒゲダンでも表現してみたいと思った

――リスナーにとって『コンフィデンスマンJP』といえばドラマ主題歌の「ノーダウト」の印象がかなり強いと思うのですが、劇場版はどう打って出ようと?

藤原聡(以下、藤原):まず制作チームの方とお話をした時に「ノーダウト」の流れのものが欲しいという感じではなくて。映画になるとスケールも壮大になるので、それにマッチした楽曲を、という話で進めていきました。なので、スタート地点でかなり広がりのある感じになっていくのかな、というイメージはあったので、UKの空気感を意識した音作りをしてみました。

――藤原さんの中のUKの空気感って何年代ぐらいですか?

藤原:僕、実はUKについてはあまり詳しくなくて。チームの中に詳しいスタッフがいたのでお願いして、オススメの楽曲を何曲か教えてもらって聴いたり、探したりして、いろんな要素をまず得るための研究をしましたね。UK特有の浮遊感というか、ちょっとトップノートが停滞して情緒を醸し出す感じっていうんですかね。その感じと機械的なビートをやっている最近のバンドーーChvrchesとかなんですけど、そういうバランスにすごく魅力を感じて。僕はドラマチックじゃないメロディとか、展開が少ない楽曲があまり好きじゃないんですけど、その中にもある良さというか、そういった音の空気感をヒゲダンでも表現してみたいなと思って作りました。

――確かにいわゆる王道のピアノバラードとは違うものがありますね。

藤原:バンドサウンドというところと、機械的なビートに関してはかなり大事に作っていきました。ギターのリフレインもそうですね。

――小笹さんのギターリフのループが頭に残ります。

小笹大輔(以下、小笹):この曲は特にギターの音がかっこよくないと絶対ダメだと思ったので、今回初めてギター専門でアドバイスをくれるスタッフさんを立てて、アンプもギターも複数持ってきてもらって。友達からはビンテージギターを借りて、機材を集めに集めてオケ録りに臨みました。でも、次の日、歌録りをしている最中に「俺、ちょっとこの音じゃ納得できない」と思ってしまって……。かつて弾いたアンプで忘れられないアンプがあったんですよ。弾いたことはあるけど高すぎて買えなかったそのアンプを、その歌録りしてる最中に「ちょっと買ってくるわ」って(笑)。

一同:ははは。

楢崎誠(以下、楢崎):コンビニ感覚(笑)。

小笹:コンビニにパンを買いに行く感覚でアンプを買ってきました(笑)。で、戻ってきて歌録りが終わった後に、リアンプして。結局最初に録ったテイクと新しく買ってきたアンプで録った二つを鳴らしてコーラスをかけたりして、いろんなところにこだわり抜いたギターの音になりました。

――ギターそのものも複数使ってるんですよね。

小笹:ギターはイントロの印象的なリフは友達から借りてきた1964年製のフェンダーのジャガー。これまた難しいのがジャガーってショートスケールなんですけど、指板が短いということはチョーキングをすると楽曲に影響が出やすい、つまりすぐピッチが上がっちゃうんですね。プリング(指板上の指で弦を引っ掻いて演奏する)を多用しているアルペジオなので、スタッフさんに弾くごとにギターを調整してもらいました。あと、アルペジオは変則チューニングで弾いています。普通のチューニングでも弾けるんですけど、より倍音が出る開放弦を使えるように変則で弾きました。

――ループをギターでいこうと思ったのは小笹さんの見解ですか?

藤原:僕がまずギターのリフをひらめいて、デモ音源で自分で弾いてみたんですけど、全く弾けなくて。前半と後半の2トラックに分けてデモは作りました。

小笹:で、僕が「変則だと簡単に弾けるよ」って(笑)。

藤原:正直、変則になったとて弾けなかったですけどね(笑)。最初はピアノで弾いてみたんですけど、「これはギターだな」と思ったし、歌の裏でもずっと鳴っていてほしいのでギターに弾いてもらって。自分(のピアノ)は8分で刻むんだけど、その刻み方がよりこう、トップノートが停滞して動くような、自分がUKの音楽をたくさん聴いて得たエッセンスを自分なりの感覚でやりたいなと思ったんです。

――今までのヒゲダンの代名詞的なサウンドから次に進むような曲だと思いました。

藤原:そうですね。新しい挑戦というか、自分たちの中ではまた違った1曲が生まれましたね。

――ビートのテクスチャーもモダンです。

松浦匡希(以下、松浦):それこそ今回、ビートは生で録ったところもあれば、サビのような打ち込みにしてあるところもあって。僕もテックさんに入ってもらって、ザキッとしたハットの音を打ち込みに対してずーっと延々16分で録ったりしました。結果、生と打ち込みのいい融合ができたのでよかったです。

――ハット、生っぽくないですね。

松浦:生なんですよ。薄めのクラッシュを2枚重ねて、新しく買ったスティックが使えなくなるぐらい叩きました(笑)。

――そういえば、ヒゲダンは楽器を誕生日に送り合う習慣があるそうですが、それは続いてるんですか?

藤原:あ、ならちゃん(楢崎)の誕生日に弦をあげました(笑)。

楢崎:ちょうど何がほしいかわからないタイミングだったので……いっぱい使うから「弦で」ってお願いしたんです(笑)。

藤原:でも大輔(小笹)に前にプレゼントしたオクターバーは、今回のカップリングの「Amazing」で使いました。

小笹:誕生日曲ですね(笑)。

“4人のプロデューサー”がいるかのような楽曲制作

楢崎誠(Ba/Sax)、松浦匡希(Drs)、藤原聡(Vo/Pf)、小笹大輔(Gt)

――(笑)。話を「Pretender」に戻すと、サビ前にバンド全体が呼吸しているかのようなブレイクがありますよね。

小笹:そうですね。Bメロはみんなでいっせーの! で録ってるので。

楢崎:で、そこからサビになった瞬間にビートの質感が変わって、継続性のある感じになっていく。ここの場面展開はみんなかなり賛成だったというか。カチッとしたギターのリフレインから始まって、Aメロもカチッとしてるんですけど、Bメロで生のグルーヴになって、サビでまたカチッとしたところに戻るという世界観の作り方ですね。これまでも生と打ち込みが合体しているような曲はあったんですけど、生の音がベースにあって、サイボーグみたいに打ち込みが出てくる曲はなかったので新鮮でしたね。そもそもヴァースごとにポンポン生と打ち込みが入れ替わる曲自体あまり聴いたことがないですが。

――バンドの生の呼吸からまた違う聴感に入る、そういったテクスチャーを楽しみながら聴ける曲。

藤原:この制作はなかなか面白かったですね。Bメロではピアノの音色も変えてますし。

楢崎:Bメロで世界観を変えるために各パートがいろいろやっていて、それこそドラムは生になっていて、ピアノも音を変えている。僕のベースはBメロだけ指弾きで他は全部ピック弾きをしています。そういった音源だからこそできるような音の作り方ができている曲だと思いますね。

――ミドルテンポだけど最後まで飽きさせない理由はそういうところにもあるんでしょうね。

藤原:あと、メロの展開もしっかりしてますからね。

小笹:大サビのダメ押しの「これでもか」って展開が好きです。〈それもこれもロマンスの定めなら〉の部分は映画の内容にもかかってるし。メロディの降り方も綺麗ですよね。〈痛いや いやでも 甘いな いやいや〉のところとか。

――〈髪に触れただけで痛い〉〈甘いな いやいや〉のあたりの歌詞のメロディへの乗り方がとても自然で。

藤原:心の叫びの部分ですね(笑)。あまりそこに仮歌と違う言葉を入れたくなかったんです。「アイヤイヤイヤ」みたいな、スキャットでそうやっちゃうくらいの感じでやりたくて。そこに歌詞として、言葉として何かハマる心情はないかな? と思った時に、そういう自問自答みたいなものが出てきたんです。

小笹:でもこれ、スキャットっぽいまま言葉が乗せられてるの、ほんとめちゃくちゃいいな。歌詞としてもいいし、一人突っ込みにもなってるし。面白いところであり、音的にも完璧に一番美しい。

藤原:ありがとうございます!(笑)。

――歌詞で唯一言える答えが〈君は綺麗だ〉というのも曲を締めてるなぁと思います。

藤原:そうですね。それはメッセージとして大事なことではありましたね。根本的にそういうマインドで映画の『コンフィデンスマンJP』と寄り添えているところもあると思うんです。今回は「ロマンス編」ということで、色恋が絡んでくる詐欺の話なんですけど、そこに関して“本当も嘘もわからない”、どっちつかずな感じが歌詞にも音にもあるっていうのはいいなと思って。「打ち込みなの? 生なの?」「好きなの ?嫌いなの? どっち? 悲しい曲なの? 明るいの?」みたいな。だけど、楽曲としてはただ綺麗であってほしいというか。

――すごいですね、その設計図は。

藤原:いや、でも後付けですよ。出来上がってみた時に「あ、なるほど、そういう風にできてたんだ」と思っただけで。曲を作っている時の心の中のビジョンって明確じゃないことの方が多いんですよ。どっちが好きか? ってことだけでただただ動いてて。結局出来上がった曲を通して自分の本心を知ることがすごく多いんです。ぼんやり浮かんだことをどんどん明確な言葉にしていくと、その時自分が思ってることとか、自分がその時感じている哲学が見えてくる感じですね。どっちかと言うと。

――サウンドに関しても、メンバーがいろいろなアレンジを提案して実現できるから具体的なサウンドが成立する?

藤原:音に関してはそうですね。僕はプレイヤーとして他のみんなに比べて、ギターとかベースとかドラムの音のことを知ってるわけではないから。そこに関しては相談したりキャッチボールしながら「こういう音がほしい」とか、「こういうプレイをしたらどうか」みたいな話はするようにしてますね。それは別にこの曲に限ったことじゃなくて、バンドとしてメンバーとちゃんと信頼関係を築いてやれているところではあるので。何の不安もなく「今回はこういうことがやりたい!」「綺麗なやつよろしく!」って。

松浦:そうは言っても、レコーディングの時はブースの外でスピーカーから音を聴いてる他のメンバーの意見をみんなめちゃくちゃ大事にしてますね。

小笹:自分の録音が終わったら人のテイクをみんなでジャッジするんです。「ジャッジできないから絶対誰か頼む」って全員が公言してるので(笑)。

楢崎:間違いない。絶対、プレイヤーよりリスナーとしての方がいい判断ができるから。

小笹:4人プロデューサーがいる感じだよね。

藤原:そうそう。歌のディレクションも今回はメンバーに任せました。なんとなく曲によって誰をディレクションのメインに据え置くといいか? っていうのがわかってきましたね。「おりゃー! おりゃー!」って感じはならちゃん(楢崎)に任せるといいとか(笑)。

小笹:それこそリズム主体はならちゃんだね。

藤原:「Pretender」を作ったことによって、よりバンドがバンドらしくなってきた感じがあります。映画『ボヘミアン・ラプソディ』のフレディ・マーキュリーじゃないけど、「もう一回だ、やり直せ」みたいな、それに近いことがバンドででき始めてるのはとてもいいことだと思っています。

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