横山克が語る、『ガンダム 鉄血のオルフェンズ』劇伴の音楽的実験と仕掛け 

 4月2日に最終回を迎えるアニメ『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』(TBS系)。そのサウンドトラック『TVアニメ「機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ」Original Sound Tracks II』が3月29日にリリースされた。劇伴を手がける横山克は、ももいろクローバーZやイヤホンズへの楽曲提供者としての活躍や、昨年だけでも映画『ちはやふる』やドラマ『砂の塔〜知りすぎた隣人〜』(TBS系)、『クローズアップ現代+』(NHK)、アニメ『ブブキ・ブランキ』(TOKYO MX)など、数多くの作品に引っ張りだこの人気音楽作家だ。今回リアルサウンドでは、横山が『鉄血のオルフェンズ』劇伴に込めた音楽的実験、ハリウッドと日本の劇伴の違いなどについてインタビュー。マリアッチ、バルカンブラス、ストンプといった様々なジャンルの音楽や、Snarky PuppyにNew York Gypsy All Starsなど、劇伴とは一見縁遠いバンドの名も飛び出した。(編集部)

「たくさん曲を作るのなら、普通に曲を書くだけじゃダメ」

ーー横山さんが『ガンダム』シリーズの劇伴を担当したのは、今回の『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』が初めてですね。渡辺岳夫さんや菅野よう子さんなど、様々なレジェンドが積み上げてきた歴史の一端を担う重圧はありましたか。

横山克(以下、横山):それはもう、存分にありました(笑)。なんの前触れもなく「『ガンダム』の音楽を……」と言われましたから。ビックリしました。僕の所属している事務所(ミラクルバス)は1stガンダム(『機動戦士ガンダム』)で楽曲提供及び歌唱をされていた井上大輔(井上忠夫)さんが核となり出来上がったところでもあり 、様々なご縁もありました。もちろん自分の原体験には菅野よう子さんの音楽がありますし、『∀ガンダム』や『天空のエスカフローネ』の楽曲は繰り返し聴いていましたよ。

ーー『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』は、少し1stガンダム(『機動戦士ガンダム』)っぽい手触りも感じつつ、アニメ自体も劇伴も全体的に荒々しい印象を受けます。『TVアニメ「機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ」Original Sound Tracks』と今回リリースした『TVアニメ「機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ」Original Sound Tracks II』は、ラテン調の楽曲が多く使われているイメージですが、劇伴の方向性はどのように決めていったのでしょうか?

横山:楽曲の方向性を決める段階では、もちろんフィルムまではなかったのですが、最初の音楽打ち合わせで、長井龍雪監督から「ガンダムではあるが、ビームが出てこないし、鈍器で殴りあう」というキーワードがあったうえで、「今までのガンダムシリーズのように荘厳なオーケストラを使った、リッチなオーケストラサウンドではない」と。さらに、『デスペラード』(1995年制作のアメリカ映画)がイメージにあるとのことで、マリアッチミュージック(メキシコ音楽のひとつ)のエッセンスを含むもので行こうかなと。

ーーそれでマリアッチ風のサウンドなどを使うことになったと。「荘厳ではない」というキーワードも出てきましたが、楽器の使い方もひと工夫あるように聴こえました。違和感をあえて感じさせるサウンドメイキングというか。

横山:僕自身、曲を作るときに仕掛けを考えるタイプなんです。今回は「マリアッチ」というキーワードがあったので、その上で何を表現していこうかと考えました。その1つにギタロン(メキシコの有棹弦楽器)がありますが、ベースギターとも言える特徴を考慮し、 アコースティックベースの弦を全部ナイロンにして、サンプリングしたりしました 。また、鉄華団(主人公たちの所属する組織)にはストンプが合うんじゃないかと思ったので、最初の打ち合わせの帰りにホームセンターに寄って、デッキブラシとゴミ箱を買ったんです。

ーーストンプは「身体や本来楽器ではないものを打ち鳴らすストリートの音楽」なので、まさにそのための「楽器」ですね。

横山:普通にやるんじゃなくて、何をしたら個性的な「鈍器で殴り合うガンダム」になるかを考えて、その結果がマリアッチとストンプだったんです。

 

ーーとはいえ、『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』の劇伴には、オーケストラサウンドも入っているのですが、これはどういう意図でしょう?

横山:今回の仕事が始まった頃、作曲家の友人からドイツでオーケストラを録音する話をよく聞いていてので、個人的にドイツでオーケストラサウンドを録りたかったんですよ。だから『ガンダム』と聞いたときに「これだ!」と思ってブッキングを進めていたんです。でも、長井さんから「オーケストラではない」と言われてしまい(笑)。でも、それは解釈の話で、“荘厳で、行儀が良い”ではないオーケストラだったらどうだろうかと。つまり、荒々しく演奏するオーケストラなら良いのではないかと思い、ドイツへ向かってレコーディングをしたんです。

ーー「仕掛けを作る」という考え方は、いつ頃から使うようになったのでしょう。

横山:僕自身、音楽作家としての仕事をするうえで、最初は曲を作るのに精一杯だったのです。劇伴は多くの曲数を求められますから。それに慣れてきた頃、「こんなにたくさん曲を作るのなら、普通に曲を書くだけじゃダメだ」と感じるようになったんです。「作品に合う音楽」や「良い音楽」なのは当たり前だと思います。良いメロディであることも大前提。その上で、より興味を持つためにはアイデアは不可欠ですし、その時々の自分にしかできないありのままを詰め込むことが大切なんじゃないかと。作品は自分の生きた証でもありますから。そんなことを『機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ』の劇伴を作り始めたあたりから考えるようになりました。

ーーまさにその変化の途中にあるのが『TVアニメ「機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ」Original Sound Tracks』と『TVアニメ「機動戦士ガンダム 鉄血のオルフェンズ」Original Sound Tracks II』なんですね。

横山:そうですね。これらの作品を通して、自分の中にそういった考え方をはっきりと確立していくようになりました。

ーー横山さんから見て、アイデアが存分に発揮されている音楽・劇伴とは?

横山:非常にわかりやすい例だと、ハリウッドの映画作品のスコア(劇伴)だと思います。それをより具体的に知りたくて、ハンス・ジマーのスタジオで、そのチームのエンジニアさんにミックスをお願いしたこともあります。今回はトーマス・ニューマンと一緒に仕事をしている宮澤伸之介さんにミュージックスーパーバイザー・エンジニアとして入っていただいているんですけど、そういった方々とお話をしていると、「アイデア」が大切だということに気が付かされます。良いメロディや泣けるメロディも、もちろん大切な要素のひとつです。でも、例えば ハンズ・ジマーは『バッドマン』の中の重要なシーンを、音符でいえばたった2音で表現したり、様々な楽音を常にサンプリングすることでオリジナルのライブラリを作っていたりするんです。『インターステラー』では、パイプ・オルガンがメインのモチーフとなっていましたが、まさかパイプ・オルガンが作品のメイン楽器になるなんて、全く思いもしませんでした。部屋を取り囲むようにドラムを何台もセッティングして、空間の震えをキャプチャーし、壮大なスーパーマンのパワーを表現したり…アイデアが尽きないです。

ーーその考え方はもちろん音楽理論や、基本的な作り方ができるうえでアイデアが重要だ、ということですよね?

横山:そこは非常に大切なポイントで、自在に音楽理論を取り入れる知識は確実に必要だと思っています。様々なアイデアを具現化するための共通言語のようなものでもありますし、ミュージシャンと対等に会話をするために必要です。しかし、大切なのは、あくまでそれが手段にならないことです。頭でっかちになって、曲を構成するだけに一生懸命でもいけないと。理論と感性を同等に扱うことを、常に心がけています。

 

ーー今回の劇伴はアニメの第1期と第2期、それぞれに合わせて制作していますが、少年たちが未来を摑み取ろうとする第1期と、掴み取ったものを守ることや、守りながら進み続けることを選ぶ第2期には、心象風景の描き方に大きな差があると思います。劇伴を手がけるうえで、期替わりをしたことによる変化をどう表現しようとしたのでしょうか。個人的には第2期の劇伴は、喪失感を意識して作られたように聴こえました。

横山:第2期は音楽的に「キャラクターの成長」を表現しつつ、いつ暴れ出すかわからない鉄華団のイメージを残しました。あとは彼らが次第に破滅に向かっていく辛さも意識しています。あと、音楽的なアイデアとしては、ブラスの使い方を工夫したんです。

ーーブラスですか。

横山:「バルカンブラス」という音楽がありまして。楽しそうな「ラテンブラス」と楽器編成は似ているのに音の印象は全く違うんです。辛そうというか、厳しいというか。まさにこの雰囲気や、バルカン半島の厳しい歴史が鉄華団のイメージに合うなと思って、メインテーマにも使用しました。で、バルカンブラスのミュージシャンを探し、東ヨーロッパを中心に聞いてみたのですが、自分のレコーディングとして成立しそうな枠組みを見つけるのがなかなか難しくて。そんな時、宮澤さんを介し、Magda Giannikouというギリシャ出身のコンポーザーにレコーディングをプロデュースしてもらえることになりました。そうして集まったのが、Slavic Soul Party!とSnarky Puppyのメンバーや、ニューヨークでミュージシャンとして活躍している方々の混合バンドでした。 もう一つはクラリネットです。ハンガリー出身のクラリネット奏者のKohan Istvanと知り合ったときに、New York Gypsy All StarsというバンドのIsmail Lumanovskiがすごい演奏をすると聞いていました。全く偶然に、宮澤さんからも彼の名前が挙がったんです。そこで第2期のメインテーマを彼に吹いてもらったら、まったくこれまでとは違う曲が上がってきて。

ーーその違いとは?

横山:上手く説明しづらいんですが、常々思っている「プレイヤーとしての上手い下手じゃない」という考えがハッキリしたなと。ドイツのオーケストラは、特に音色が「これがぼくの昔から聞いていた映画音楽のオーケストラの音だ!」と感動しましたが、リズミカルなアプローチはそこまで正確とは言えませんし、対して 日本のミュージシャンはびっくりするほど正確なピッチとリズムを持っています。Ismailのクラリネットは、どう形容して良いかわからないくらい、彼にしか出せない音だったんです。彼のような奏者を取り込めたのが第2期の劇伴におけるポイントです。

ーー改めて振り返ると、すごいメンバーが揃いましたね。

横山:ですよね(笑)。作曲家の仕事って、これらをまとめ上げることだとも思うんです。「良い曲を書く」ことが仕事ではありますが、そもそも「良い曲」って何なのかと。作品に合う音楽であることは当然ですけど、それだけだと足りないわけで。そこにアイデアを足して、それに見合う奏者と引き合うところまでが「作曲」といえるのかもしれません。あと、この劇伴にはもう一つポイントがあって。第1期でお願いしたドイツのオーケストラのチームは、普段リモート録音もやっていて、今回はリモートでハンガリーのオーケストラを録りました。そのチームが最近クワイアも始めたということで「これだ!」と思い、クワイヤと、それにボーイソプラノも足して、ハシュマル(作中に登場するモビルアーマー)の曲に使わせてもらいました。第1期の録音時にドイツへ行ったことが功を奏した形ですね。

ーー人の繋がりから新しいアイデアが生まれたわけですね。

横山:「ハシュマルには特別感が欲しい」と音楽打ち合わせでも言われましたし、個人的には「やっとビームが出る!」と思って(笑)。

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