高橋美穂の「ライブシーン狙い撃ち」 第9回

My Hair is Badは生々しい歌で大舞台に向かう メジャーデビュー作『時代をあつめて』への期待

My Hair is Bad『時代をあつめて』

 My Hair is Badがメジャーデビュー!……大丈夫だろうか!?――それが、ニュースを聞いた時の率直な思いだった。余計なお世話かもしれないけれど、彼らに対して、ガラスのような繊細なバンドという印象を抱いていたから。しかし、メジャーデビュー作となる3rdシングル『時代をあつめて』を聴いて、この時期のステップアップは必然だったのだな、と思えた。兎にも角にも、以前も今も、大いに注目すべきバンドであることは間違いない。

 椎木知仁(G&Vo)、山本大樹(バヤリース、B&Cho)、山田淳(やまじゅん、Dr)という、全員24歳のメンバーによる3ピースバンド。新潟県上越市で、同級生として出会い結成された。彼らの最大の魅力といえば、椎木の歌詞。私がガラスのように繊細なバンドという印象を抱いていた理由もそこにあるのだが、主に恋愛をテーマに、個人的な思いを赤裸々に綴っているものが多いのだ。はっきり言ってしまえば、そこから浮かび上がってくるのは、ダメダメな男の子像。そんな自分自身を不特定多数のリスナーに向けて曝け出せるということは、強さでもあるけれど、彼の場合、もっと無邪気にそういった方向性を選んだように感じていた。彼らが結成された場所は、田舎町(と、前に彼自身が語っていたインタビューを読んだことがある)。刺激に溢れていて、現実逃避がしやすい都会と違って、自分自身に向き合う時間が増える環境だと思う。だからこそ、自然とこういった歌詞になったのではないだろうか。そこに、ライブを大切にするというスタイルが加わって、より生々しく“今”を描くバンドになったのだと思う。彼らのライブには、即興のポエトリーリーティングも混ぜ込まれている。より正直に今の自分自身を歌い鳴らしている彼らだからこそ、これだけ信頼され、愛される状況を作り上げることが出来たのだろう。

 そうして、ライブハウスを飛び出した場所で、「今年ブレイクするバンド」として騒がれるようになった彼らが放つ『時代をあつめて』。“時代”というスケール感がある言葉が掲げられたタイトルに、ドキッとせずにはいられない。メジャーデビューというタイミング、リスナーが増えたこと、また年齢的なところも関わっているのだろうか。“個人的な歌”から“みんなの歌”へと広がっていく予感がする。いや、既に彼らの歌は“みんなの歌”になっている。ただ、それは、椎木の個人的な思いに、リスナーそれぞれが思いを重ね合わせて、バンドとリスナーの相乗効果によってなり得た“みんなの歌”だった。今作は、放たれた段階から“みんなの歌”として聴こえてくる楽曲が多いのだ。その筆頭に挙げられる楽曲が、オープニングを飾る「戦争を知らない大人たち」である。

 ポエトリーリーディングのように、韻を踏みながら淡々と描かれていく春夏秋冬――〈部活終わり 夕方 君の浴衣姿/嫌に暑い夜に 二人 並び/花火よりも 君を見たかった〉。さらに、終盤に向かうにつれて、どんどん今の若者の葛藤や現実に切り込んでいく。〈見分けのつかない ヤング雑誌 グラビア/見分けのつかない ゆとりだった 僕ら〉、〈テロが起こった日/飲み過ぎてゲロ〉、〈眠れば なにも わからない/なにも 感じない〉――そして、サビの〈Good night〉のリフレインが耳に残響する中、楽曲は締め括られる。ネガティブでも、ポジティブでもない。ただ、鏡のように現実を映し出した歌詞は、10代や同世代の心には、すうっと水のように染み込むだろうし、大人には、ヒリヒリと静かな衝撃を与えるに違いない。また、この楽曲、サビのメロディが美しいのだ。そこから希望が聴こえてきて、彼らは、歌詞と曲が合わさることで掛けられる音楽の魔法をわかっているのだな、と思える。メジャーという大舞台に相応しい、時代を響かせるキラーチューンの誕生だ。

 他の収録曲も秀逸だ。〈何も言わないで/ちゃんとわかってあげるよ〉、〈答えなんて 見つからなくていいよ/先生だって 本当は知らないよ〉という歌詞が、(椎木に明確な対象はいるのかもしれないけれど)リスナーに優しく語りかけるように聴こえてくる「最愛の果て」。〈あのひと/うざい、きらい、もうはなしたくない/もうおなじくうきすいたくもない〉と、リスナーのネガティブな感情を受け止めるように悪口の限りを尽くして、〈悪口言って/どうしたい〉と問い掛ける「悪口たち」。まるで心の中を覗かれたかのように、情景と感情の詳細な描写が、恋愛の思い出の蓋をこじ開ける「卒業」。どれも、同世代のみならず、様々な人が“近く”感じられる楽曲ばかりなのである。

 いわゆるギターロックという大雑把な括りからは、今作で完全に逸脱するだろう。彼らにしか届けられない歌が、はっきりと浮き彫りになっているから。これからも、嘘いつわりのない時代を歌い、音楽だから出来ることを思い切り発揮していってほしい。

■高橋美穂
仙台市出身のライター。㈱ロッキング・オンにて、ロッキング・オン・ジャパンやロック・イン・ジャパン・フェスティバルに携わった後、独立。音楽誌、音楽サイトを中心に、ライヴハウス育ちのアンテナを生かしてバンドを追い掛け続けている。一児の母。

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