兵庫慎司が傑作アルバム『葡萄』を再考

サザンは2015年の「みんなのうた」を作ったーー『葡萄』が日本レコード大賞最優秀アルバム賞に輝いた意味

 なぜ桑田はそれを目指したのか。誰もが思い当たるところだろうが、やはり闘病・療養がひとつのきっかけなのかもしれない。たとえば、「アロエ」の<キミが生まれて 出逢えた事 その事だけで みんな幸せなんだ>や、「東京VICTORY」の<友よ Forever Young みんな頑張って>といったフレーズのような、簡潔で前向きなメッセージを、このアルバムのあちこちで聴くことができる。これ以上ないくらいストレートな「イヤな事だらけの世の中で」なんて、これまでのサザンの曲にはなかったようなタイトルだ。つまりこれは、とにかく端的にストレートに伝えなければいけない、という意志の表れではないか。

 それは「ピースとハイライト」に、特に顕著だ。見方によっては無邪気に響くのかもしれないが、今の政治、今の社会に対する異議を「みんなのうた」として広く多く伝えるためには、あれくらいのストレートさが不可欠だったのだと思う。

 それからもうひとつ。

 『葡萄』の曲たちが、そのような「みんなのうた」集であると同時に、桑田佳祐個人の思いや考えや経験や感情などを反映したものであることも、とても重要だ。個人的な動機から出発した音楽でないと真の「みんなのうた」にはならない、という確信があってそうしたのか、ただそういうことを書きたかったから書いたのかはわからない。しかし、そのことがこのアルバムにかけがえのない深みとリアリティを与えているのは事実だろう。

  たとえば「青春番外地」の<縁があって 楽団のバイトして>という歌詞は、大学の夏休みに茅ヶ崎のホテルのプールサイドで演奏するバイトをしたことからきているのだろうし、「栄光の男」は長嶋茂雄と自分と当時の世の中と今の世の中を重ね合せて書かれている(桑田世代にとどまらない幅広い世代のリスナーが、同曲に自身の人生を重ねて涙しているという。それがサザンの普遍性なのだろう)。「はっぴいえんど」は原由子に宛てた感謝の手紙みたいだし、「バラ色の人生」に至っては、「自分はこう生きたかった、こう思って生きてきた」ということを伝える遺書のようだ。これらの個人としての思いの生々しさが、社会に向き合ってメッセージを放った曲のリアリティも、同時に確かなものにしている。

 2015年の「みんなのうた」として、幅広いリスナーに聴かれた結果、日本レコード大賞最優秀アルバム賞を受賞した『葡萄』。すでに飽きるほどこのアルバムを聴いた方も、ぜひ再度向き合ってみていただければと思う。

■兵庫慎司
1968年生まれ。1991年株式会社ロッキング・オンに入社、音楽雑誌の編集やライティング、書籍の編集などに携わる。2015年4月に同社退社、フリーライターになる。現在の寄稿メディアはリアルサウンド、ロッキング・オン・ジャパン、RO69、週刊SPA!、CREA、kaminogeなど。
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