樋口靖幸(音楽と人)×柴 那典

山崎まさよしの曲はなぜリスナーの心を揺さぶるのか 音楽ジャーナリスト2氏が語り合う

樋口「震災後『種をまく』というコンセプトが意味を持ち始めた」

樋口:家庭を持って、震災を経てからは、また変わりましたね。彼は震災の直後に子どもが生まれて、そこから子どものことを書いているんですよ。それは『FLOWERS』というアルバムに繋がりました。家庭を持ったことと震災は、彼のモチベーションのひとつになっていて、いままでのようにマイペースにやるっていうだけじゃなく、外に向かって何かを伝えていこうという気持ちがすごく強くなったと思います。

柴:「SEED FOLKS」ツアーの前後ですよね。山崎さんは前述したように、あまりコンセプトを立てて音楽活動をやるタイプではなかったのに、「SEED FOLKS」以降はそこが明確に変わっている。音楽の種を蒔くというコンセプトだから「SEED FOLKS」で、それが結実したアルバムが『FLOWERS』。そして次に出るライブアルバムが『HARVEST 〜LIVE SEED FOLKS Special in 葛飾 2014〜』という風に、一貫したイメージを持って音楽に向き合っているのがわかります。「SEED FOLKS」の渋谷公会堂公演を観に行ったんですけど、服装も特徴的でした。農夫をイメージしたデニム姿で、バンドメンバーもみんな同じ格好。ステージ上にも田舎の小屋みたいなものがあって“土に根付いた音楽”というのを表現していた。これまでも彼はルーツミュージックを咀嚼していたけれど、それを視覚的にもプレゼンテーションするようになったのは、「SEED FOLKS」以降かと思います。

樋口:あのツアーはミレーという画家の「種まく人」という絵から着想を得たもので、実は成り行きで生み出されたコンセプトだったんですよ。いつもはアルバム発売のタイミングでツアーをやるのだけど、その時はアルバムがなかったので、なにか大義名分が必要だろうということで。ところが何箇所かまわったところで震災が起きて、「種をまく」というコンセプトがリアルに意味を持ち始めたんです。もともと山崎さんは、求められれば会いに行きますよ、というスタンスでやってきた人で、東京よりも地方でライブをすることに重きを置いてきました。自分がライブをやることによってその地方を少しでも元気にできればという気持ちがあるんです。それが震災や家庭の影響で、より具体的なイメージを持っていったということでしょう。

柴:今回の『HARVEST』は、アコギ/ピアノの弾き語りと弦楽四重奏による編成で演奏してますよね。山崎さんは近年、ストリングスをライブに取り入れていますが、これについてはどう捉えていますか。

樋口:これは僕の憶測ですけど、こうした編成はストリングスへの興味というより、ストリングス・アレンジを担当している音楽家の服部隆之さんとの関係性から始まっていると思う。彼は10周年のときにオーケストラを率いて何箇所かまわったんですが、ビッグバンド的な結束感があって、服部さんともお酒を飲む仲になり、相当に楽しかったらしいんですよ。その関係が未だに縁として続いているんじゃないかな。僕自身の感想としては、音楽的にストリングス・アレンジは必要ないのでは、とも思っていたんだけど、震災の一ヶ月後くらいにサントリーホールで観たら、当時のムードに合っていて、すごく良かったんです。それと、彼らの演奏はセッションで、感覚的にはバンドに近いと思います。クラシックの演奏家って、一般の社会人に限りなく近い感覚の人が多いから、市井の人でありたいという山崎さんとも性が合っていたのでしょう。だから、ストリングスでもちゃんと一体感があるというか。

柴:樋口さんがストリングスの必要性について指摘したように、ロックバンドやシンガーソングライターの楽曲は、そもそも全てがストリングスとマッチするものではないですよね。山崎さんの曲にはバラードももちろんあるけれど、グルーヴ感が大きな持ち味にもなっている。それに、ブルースとクラシックって、そもそも相性はそんなに良くないですからね。でも、やはり服部さんのアレンジの秀逸さで、ひとつのバンドとして聴ける演奏になっている。

樋口:実は僕、先週このカルテットと演奏するリハを観に行ったんですよ。初リハで、曲合わせの日だったんですけど、それが初めてとは思えないほど息が合っていて。山崎さんが「ここはこういう風にループ入れたい」とか言って、それに対して服部さんが「いや、こうした方がいい」って指示を出して、譜面を書き換えたりしながらどんどん進めていくんですけど、1曲につき3~40分くらいで合わせてしまうんです。そういうのを観ると、やはりすごいと言わざるを得ないですね。

柴:樋口さんが今後、山崎さんに期待したいことはありますか。

樋口:一昨年くらいから会う度に、「20周年だから映画出ないの?」とか「ドラマ出ないの?」なんて聞いているんですけど、やっぱり彼は表に出て目立つようなことはしたくないみたいです。だけど、地方で暮らしている人が自分の音楽を聞きたいといえば、ギャラがいくらでも良いからやると言っています。音楽の種をまく、というのが彼の中で大きなモチベーションになっていることはたしかで、音楽を通じて、地方の元気がない町に明かりを灯そうとしているんですよ。そういう姿勢で活動している人だということは、もっと多くの人に知ってもらいたいですね。

柴:僕は、もっと若い音楽リスナーにも山崎さんの音楽を聞いてもらいたい気持ちがあります。いまはきっかけさえあればキャリアのあるミュージシャンの音楽を知ることができる時代だし、実際にライブを観れば、彼のすごさは伝わる。だからこそ、山崎さんには普段やらないような場所でライブをやってほしいですね。極端な例かもしれませんが、最近クラムボンがイオンモールツアーをやって、大きな話題を呼びました。山崎さんが彼らのようにショッピングモールなどで歌えば、確実に行き交う老若男女の足を止めることができるでしょうし。そうした活動はいまの山崎さんの活動方針とも矛盾しないと思います。アウェーのお客さんを掴みにいくようなライブを、個人的には期待したいですね。

(取材・文=編集部)

■リリース情報
『HARVEST ~LIVE SEED FOLKS Special in 葛飾 2014~(CD2枚組)』
通常盤:¥3,000(税込み)

〈Disk-1〉
1. 星空ギター
2. アフロディーテ
3. ベンジャミン
4. やわらかい月
5. ツバメ
6. 花火
7. メヌエット
8. 僕はここにいる

〈Disk-2〉
1. 中華料理
2. アルタイルの涙
3. コイン
4. Flowers
5. ド ミ ノ
6. 晴男
7. ア・リ・ガ・ト
8. One more time, One more chance
9. 心の手紙
10. Daydream Believer
11. 道

■ライブ情報
『Yamazaki Masayoshi String Quartet “HARVEST”』
チケット料金:¥7,500(税込)
※未就学児入場不可
FC先行:2015年1月5日(月)12:00~1月19日(月)23:59
http://www.boogie-house.com/

〈日程〉
4月24日(金)広島フェニックスホール
4月26日(日)サンポートホール高松
4月29日(水祝)梅田劇術劇場メインホール
5月2日(土)アクロス福岡
5月5日(火祝)新潟テルサ
5月8日(金)東京文化会館 大ホール
5月15日(金)札幌市教育文化会館(大ホール)
5月17日(日)イズミティ21大ホール
5月19日(火)愛知県芸術劇場コンサートホール

詳しくは公式ホームページにて。

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