さまざまな“AI格差”が明らかに? 国連が発表したAI関連の報告書を解説
経済格差を再生産しかねないAIと、その是正策
「3.3 経済への影響」では、経済に見られるAI格差を論じている。こうした格差を明らかにした資料として、同報告書はIMF(International Monetary Fund:国際通貨基金)が2025年4月に公開したレポートに言及している(※5)。
このレポートでは、世界の国や経済圏におけるAIの影響を、「AI露出度(AI Exposure)」と「AI準備度(AI Preparedness)」の2点から比較している。前者の指標はAIからの影響の受けやすさを表し、後者はAIを導入するための準備の度合いを表している。
AI露出度に関しては、さらに「貿易部門(Tradable)」「非貿易部門(Non-tradable)」「AI集約部門(AI-intensive)」に細分化して、その影響を算出している。注目すべきなのは、低所得国(Low-income Countries)は低露出かつ低準備なのに対して、アメリカをはじめとする先進諸国は、高露出かつ高準備なところである。この結果は、AIの影響とその結果の受益が、先進諸国に偏っていることを意味している。
同報告書は、AIの影響に関する報道にも注意を喚起している。というのも、AIの影響は各国によって大きく異なり、ある国で生じたAI起因の現象が、ほかの国でも必ず起こるわけではないからである。たとえば、アメリカではAIによる若年層の雇用減少が観察されたが、デンマークではそのような現象はまったく起こっていない。
以上のような経済におけるAI格差をふまえたうえで、この問題の核心は「AIによって生じる富の分配」にある、と指摘する。そして、この問題への対処法として、AIによる労働の代替ではなく、AIによる新たな仕事の創出を挙げている。実のところ、新技術による仕事の創出は、歴史的には珍しいことではない。たとえば2018年のアメリカの雇用の60%は、1940年には存在しなかった仕事から生じている。
AIセラピストの能力は言語間で異なる
「3.6 文化の発展と個人の幸福・充実、自律性、子どもの安全」では、文化とメンタルヘルスにおけるAIの影響を論じている。AIの影響が言語ごとに異なるのは前述の通りだが、こうした影響はAIモデルと学習データセットの利用可能性に表れている。
以下のグラフは、AIモデルと学習データセットが集まっているAIコミュニティサイト「Hugging Face」における利用可能なAI素材の割合を、国ごとに集計したものである。グラフから、英語を母国語としているアメリカ、カナダ、イギリス、オーストラリアの利用割合が高いことがわかる。この結果は、英語圏とそれ以外でAIの利用可能性に差が生じていることを意味している。
AI活用をめぐる言語間の差に関する具体例には、医療におけるAI翻訳の正確性も挙げられる。エリトリアとエチオピア北部で700万〜900万人に話されるティグリニャ語では、AI翻訳が天然痘を梅毒、淋病を糖尿病と誤訳したという報告がある。こうした誤訳は、生命の危機に直結するだろう。
また、生成AIの普及は、いつでも相談相手になってくれるAIコンパニオンの台頭につながった。これらのAIはユーザーの心の支えになる一方で、社会からの孤立といったネガティブな影響も生むことがある。こうしたAIコンパニオンの功罪について、同報告書はアメリカ・スタンフォード大学らの研究チームが2025年6月に発表した論文に言及している(※6)。
以上の論文では、AIコンパニオンの功罪について、以下のようなインフォグラフィックでまとめている。アメリカの成人1,131人を対象とした調査では、AIコンパニオンのポジティブな影響として「感情的なサポート」「エンターテインメントとレジャー」などが挙げられている。対してネガティブな影響には「悪影響がない」がもっとも多いものの、「時間の浪費」や「社会的隔離」「感情的な依存」があった。
AIコンパニオンに類似したAIとして、メンタルヘルスの増進に特化したAIセラピストがある。これらのAIについても、言語間の格差が確認されている。AIセラピストの能力を英語とそのほかの言語で比較すると、そのほかの言語は英語より劣っているのだ。この問題は、英語圏で開発されたAIセラピストの出力を英語以外の言語に翻訳するだけでは、セラピーに必要な文化的背景が失われてしまうことに起因している。
本稿は、国連が発表したAIに関する報告書をまとめてきた。その結果、AIの急速な進化が起きている一方で、さまざまな分野でAI格差が生じている現状が明らかになった。こうした格差は、個人ユーザーのAIリテラシー向上だけでは容易に解消できない、世界規模の問題であると言える。
AI格差を解消するには、各国のAI政策や国際的なAI規制、あるいは協調が求められる。そして、AI政策やAI規制がどんな問題に対処しようとしているのか、その狙いを正しく理解するうえでは、本稿で解説したようなAI格差の実情を知ることが役立つだろう。
(※1)国連「Independent International Scientific Panel on AI Launches Preliminary Report on AI Opportunities, Risks and Impacts」
https://www.un.org/en/unis-nairobi/independent-international-scientific-panel-ai-launches-preliminary-report-ai
(※2)松尾・岩澤研究室「国連「AIに関する独立国際科学パネル 暫定報告書」日本語版を公開しました」
https://weblab.t.u-tokyo.ac.jp/news/20260820/
(※3)Anthropic「Statement on the US government directive to suspend access to Fable 5 and Mythos 5」
https://www.anthropic.com/news/fable-mythos-access
(※4)METR「Brief independent investigation of agents’ behavior, reasoning and collaboration in the OpenAI / Hugging Face hacking incident」
https://metr.org/blog/2026-08-26-openai-hugging-face-incident-investigation/
(※5)IMF「The Global Impact of AI: Mind the Gap」
https://www.imf.org/en/publications/wp/issues/2025/04/11/the-global-impact-of-ai-mind-the-gap-566129
(※6)arXiv「The Rise of AI Companions: Interaction with AI Companions and Psychological Well-being」
https://arxiv.org/abs/2506.12605