35年ぶり完全新作『ファミコン探偵倶楽部 笑み男』が切り込んだ、現代を貫くメッセージとは

 8月29日任天堂より、『ファミコン探偵倶楽部 笑み男(以下、笑み男)』が発売された。本作は「ファミコン探偵倶楽部」シリーズのタイトルであり、1988年の「消えた後継者」・1989年「うしろに立つ少女」につづく35年ぶりの完全新作だ。2021年に過去2作のリメイクが発売されたが、今回のように新たな展開が幕をあけるとは夢にも思わなかったファンが多いのではないか。筆者はオリジナル版発売時は産まれていないものの、リメイク版をプレイ済みだ。「消えた後継者」終盤のプレイヤーから主人公が乖離する展開や、「うしろに立つ少女」の畳みかけるような衝撃的かつ切ないストーリーは十分以上に楽しめ、さすが歴史に残るアドベンチャーゲームの名作だと唸らされた。

 しかし、本作のようなオールドスタイルのコマンド選択式アドベンチャーは今では珍しい存在。リメイク版ですら進行フラグの分かりにくさや、総当たりになりがちなシナリオのテンポなどに起因する不親切さが気になり、お世辞にも遊びやすかったとは言えない。そうした印象にくわえ、現代的な遊びやすいシステムを実装したアドベンチャーゲームも増えているなかで、『笑み男』は新作として当時のノスタルジックを超えるような体験が味わえるのかが気になっていた。そこで本記事ではネタバレに気を付けつつ、“「ファミコン探偵倶楽部」は2024年でも通用したのか”という視点も含めて、『笑み男』について触れていきたい。詳細なストーリーへの言及は体験版配信範囲の「第3章『花言葉』」までにとどめるが、なにも情報を入れたくないという読者は留意してほしい。

遊びやすく進化した『笑み男』のシステム

『ファミコン探偵倶楽部 笑み男』 発売日トレーラー

 『笑み男』の概要について紹介したい。舞台は「消えた後継者」から2年後の世界であり、香福市のポンプ場で「佐々木英介」という少年の遺体が発見された。彼の遺体には笑顔が描かれた紙袋が被せられており、主人公たち「空木探偵事務所」メンバーは警察からの依頼を受け、その調査に乗り出すことになる。事件の背景を調べるなかで、紙袋を被った被害者という状況が18年前に同市で発生した「連続少女殺人事件」と同じことが発覚。さらに巷で囁かれている泣いている女の子の前に現れる笑顔の紙袋を被った「笑み男」という都市伝説の存在も明らかに。これらの点同士はどのようにして結ばれていくのかというミステリーサスペンスとなっている。

 過去2作およびリメイク版と大きく変化したのは、ゲームとしての遊びやすさだ。本作のような「コマンド選択式アドベンチャー」の魅力は、さまざまな選択肢を選び、それにまつわるゲーム側の反応を味わうことにある。たとえば「こんなくだらない選択でもきちんと対応するテキストが用意されているのだ」というプレイヤーと制作者のキャッチボールを楽しむジャンルだと捉えている。しかし「消えた後継者」や「うしろに立つ少女」では、一見相手の反応が変わらないように見えて特定のキーワードを特定の順番で選択しなければならなかったり、時間経過のフラグを立てるためにわざと関係ないコマンドを何度も選ぶ必要があったりなど、ゲーム側からの反応がないままプレイヤーがなにをしたらいいか分からない場面が多く見られ、そのたびに気持ちが離れそうになってしまっていた。

 しかし、『笑み男』ではイベントシーンで重要なテキストがオレンジ色でハイライトされるようになり、「ここが重要なのだ」と一目で理解できる仕様になっている。また顔グラフィックが差分に切り替わった際は「見る・調べる」で頭部を調べたり、会話相手が考えこんだら「聞く→気づいたこと」を選んだりすれば物語が進行する。「当然なのでは?」と思う方もいるかもしれないが、プレイヤー側が「次になにをしたらいいのか」と直感で思いついた行動とゲームにおける反応のズレが過去作と比べて少なくなり、“どうやったらゲームが進むのか”と悩む場面が大幅に減ったと筆者は感じた。そのため『笑み男』におけるコマンド選択は退屈な作業というより、本来そのシステムで表現したかったであろう、探偵として調査を行うインタラクティブな演出として素直に受け取れるのだ。メタ的に考えても主人公たちの調査の進め方が上達したとも言える。

 たしかに作中何度か挿入される探偵助手・あゆみちゃんの先輩「福山翼」との喫茶店での会話は、本作の中でもうまく会話が進まない場面ではある。ただ全体的なプレイに対するストレスが減っているため、あくまでシナリオ上のあゆみちゃんと福山の会話が噛み合わない様子を苦笑するギャグシーンとして消化ができる。たとえば過去作同様に本作の大部分で“どうやったらゲームが進むのか”と感じていたら、上記のシーンも胸焼けしてしまい受け取り方は変わっていただろう。

 続いて驚いたのが、主人公以外の視点でも物語が進むことだ。過去作においてはストーリー=主人公の体験だったが、本作ではプレイヤーがほかのキャラクターとしてシナリオを進めることができる。これまでは1日の終わりに空木先生やあゆみちゃんから、「今日は〇〇という情報を得た」と報告される形だったが、いかんせんプレイヤーが関わっていないため事件解決のためにゲーム側からもたらされた「都合の良い情報」と思ってしまう側面もあった。しかし『笑み男』ではそれぞれのキャラクターの視点で調査を行うことで、情報に対する説得力の向上や、「空木探偵事務所」の面々の“主人公と接していないときの顔”を見ることができ、多角的な視点による物語自体の深みやボリューム感も増えている。

現代にも通ずるメッセージ性を含んだ物語

 本シリーズの魅力はミステリーとしてのやりごたえというよりも、ホラーテイストの怪奇要素と人間ドラマの融合や、探偵ロールプレイとしての地道な調査と劇的なクライマックスの対比だと考えている。その点で『笑み男』は過去作に勝るとも劣らない没入感が味わえ、間違いなく「ファミコン探偵倶楽部」の新作でありながら、遊びやすさをプラスして現代でも第一線で通用する作品として仕上がっている。そして本作は画面上のキャラクターや背景で常に動きがあったり、豊富なカットインやスチルが用意されていたりと非常にリッチな作りとなっている。このこだわりによってプレイ中の体験の起伏が大きくなり、クライマックスまでノンストップで駆け抜けられる要因になっている。これは任天堂だからこそ実現できた予算のかけ方だろうし、アドベンチャーゲームファンはこの演出を味わうためにプレイしても良いと思うほどだ。

プロデューサー坂本 賀勇が語る『ファミコン探偵倶楽部 笑み男』

 しかし、その一方で発売前にプロデューサー坂本賀勇氏が語った「自分が描きたかったものをストレートに表現してるので、特に結末は人によって賛否が分かれるかもしれません」という言葉も理解できる。くわしくは語らないが本作は過去作でオミットされがちだった、他人の過去に土足で踏み込む探偵という存在の加害性にも切り込み、「笑み男」という無責任に流布される都市伝説をモチーフに据えたり、最終盤では理解しにくい犯人の思考が描かれたりするなど、作品を通して人間同士の相互不理解性・分かりあえなさが強調されていたように思う。

 だがその残酷さによって逆説的に立ちあがる「相手はなにを思ってこんなことをしたのか」と人の気持ちに寄り添い、自らの頭で考えて物事を解釈することが重要だというメッセージ性に心を揺さぶられた。本作の舞台は1990年初頭ごろだと思われるが、そうした過去でも普遍的に扱われつつ、現代社会における姿勢にも通ずるテーマが描かれることで、任天堂による“全時代を貫くアドベンチャーゲーム”の新たな金字塔が誕生したと言えるだろう。

多彩な“変化”を楽しめるADV『ファミコン探偵倶楽部 うしろに立つ少女』が持つ、インタラクティブな魅力

『ファミコン探偵倶楽部 うしろに立つ少女』をクリア済みで2周していないなら、この機会に挑んでみていただきたい。とはいえ、具体的に…

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