広がり続ける“イトケン節” 『サガ エメラルド ビヨンド』の壮大なナラティブをまとめ上げた、多彩な楽曲群

 スクウェア・エニックスが、人気RPG「サガ」シリーズの最新作『サガ エメラルド ビヨンド』を4月25日にリリースした。これまでの同シリーズ作品がそうだったように、あまりにもチャレンジング。「サガ」と書いて「フロンティア(過去作品とかけているわけではない)」と読む。これがまったく言い過ぎでないほど、このゲームがもたらす体験は他に類を見ないものだ。

 周回プレイを前提とし、6人5組の主人公が織り成すストーリーには文字通り終わりが見えない。発売日からひたすらプレイしているが、夜にゲームを起動して気付いたら太陽が昇っている経験をすでに3回繰り返した。自由度の高さはシリーズ最大のストロングポイントだが、本作はもはやプレイヤーとしての自由ではなく、我々はキャラクターそのものと言っていい気がする。その意味で、『サガ エメラルド ビヨンド』は「ストーリー」でなく、「ナラティブ」の最高到達点だ。起承転結のある筋書を意味する前者に対し、後者には終わりがない。語り手に委ねられた「物語」は、まさにプレイヤーによって紡がれてゆく。

 ゆえに本作は選択次第で突然終わるケースもあり、我々は新たな物語を求めて異なる「世界」へ旅立つのだ。そしてその世界観は実にカオティックで、Sci-Fiもファンタジーも、和風もハードボイルドも何でもアリだ。

『サガ エメラルド ビヨンド』ファイナルトレーラー

伊藤賢治の音楽によってパッケージングされた『サガ エメラルド ビヨンド』の世界観

 そういった壮大なナラティブは、ともすれば荒唐無稽なゲーム体験として爆散しかねない。それがひとつの「世界観」としてパッケージングされているのは、ひとえに本作の音楽を手掛けた伊藤賢治氏の手腕によるところも大きいだろう。ゲーム発売から間を置かずに登場した『SaGa Emerald Beyond Original Soundtrack』はリリース後、Amazonのゲーム音楽部門で売れ筋ランキング1位、iTunesのサウンドトラック部門で1位を獲得していた。

 筆者も長いこと御大のファンであり続けているが、「サガ」シリーズの新作が出るたびにその革新性に驚かされるばかりだ。今作でもそのチャレンジングな精神性に呼応するように、伊藤氏はさまざまなジャンルの楽曲を提供した。とはいえ、しっかり「サガ」の系譜を感じるニュアンスもあり、たとえばサウンドトラックDisc1に収録されている「エメラルド ビヨンド序曲」などがそれにあたる。この曲はゲームのメインテーマ的な位置付けにあり、『ロマンシング サガ リ・ユニバース』の「再生の絆~Re;univerSe~」や『ロマンシング サガ -ミンストレルソング-』の「オープニングタイトル」などに通じる、壮大でシンフォニックな趣がある。

 実はこの楽曲、昨年10月・11月に開催された『ロマンシング サガ オーケストラ祭 2023』で先んじて披露されており、東京公演の壇上に立った伊藤氏は「大河を少し意識した」と語っている。

 「新しさ」という観点では、まずもってオーケストラのスケールが挙げられよう。サントラCDについているブックレットには伊藤氏、楽曲制作にアレンジャーとして参加した小林洋平氏、そして音楽ディレクターの岩﨑英則氏(スクウェア・エニックス)による鼎談が掲載されているが、そこでは今回の劇伴制作が最大規模の編成で行われたことが明かされている。個人的に「翠の波動を超えて ~サガ エメラルド ビヨンド~」が最も“サガらしい”楽曲だと感じるのだが、これまでと一線を画すスケール感がある。

『SaGa Emerald Beyond Original Soundtrack』PV

 この曲はもはやPCのプアーな音響ではなく、ハイエンドなスピーカーを並べて聴きたくなる。同じく“イトケン節”を感じる楽曲としてラスボスとの戦闘楽曲「最後の戦い」も挙げておこう。御大による歴代のサガ楽曲を並べたとき、ラストバトルの音楽はどれも出色のクオリティがある。「決戦!サルーイン」や『サガ フロンティア』における一連の「Last Battle」などはゲーム史に残る旋律だが、「最後の戦い」もその仲間入りを果たしそうだ。

各主人公のテーマから読み取れる「新しさ」、そして底知れなさ

 そして本作の「新しさ」については、各主人公に割り当てられたテーマからも読み取れる。クグツ師を家業に持つ青年・御堂綱紀のテーマ「翠の宿命を背負う者」は、シンフォニック・ロックなテイストで始まるが、ほぼ30秒ごとに内容が変化する。メロウなピアノが入ってきたかと思えば、武骨なギターサウンドはトレンディーなカッティングに変貌。ジャンルとしてはフュージョンやジャズも入っているようで、伊藤氏の幅広さや底知れなさが垣間見える。

 不死なる吸血鬼にして闇の王・シウグナスの楽曲「闇を支配する者」は、その名の通りダークなテイストだ。そのなかでしっかり王の風格も漂わせており、うしろで鳴っている低音が唸りのような迫力をもたらしている。フルートやストリングス、すなわち“ウワモノ”にイトケン節を感じるが、やはりスケール感は低音にも活かされているように思われる。そしてその名にたがわず、シウグナスが引き連れるお供の声がやたら豪華に見える。主人公以外の声優は公式に発表されていないようだが、すべてイメージ通りならシウグナス編だけでワンクールのアニメが作れてしまいそうだ。

『サガ エメラルド ビヨンド』キャラクターPV シウグナス編

 個人的に最も“イトケン節”から外れていたと感じるのが、正体を隠し小学生として暮らす見習い魔女・アメイヤ アシュリンの「泉ゆめはは元気です!」。伊藤氏が女児向けアニメの楽曲を手掛けたら……的なビザールな妄想にふけってしまう。しかし底抜けにポジティブな気持ちになれるこの楽曲は、カオスな世界を生きる魔法少女にぴったりである。

 新米警察官2人組・ボーニー&フォルミナにあてられたテーマ「首都警察、出動!」では、「翠の宿命を背負う者」と同じくアレンジャーに上倉紀行氏が起用されており、やはりギターがかき鳴らされている。ホーンセクションが目立っている点でも共通しているが、こちらの曲ではパーカッションの鳴りが印象的だ。エスニックなニュアンスのリズムが、ネコたちとの共闘もある奇天烈なポリスアドベンチャーに絶妙にマッチする。

 最後に紹介したいのは、歌とダンスを得意とするメカ・ディーヴァ ナンバー5の「Crazy for Who?」。個人的な感覚では音楽も物語もぶっちぎりでベストなのがディーヴァ ナンバー5である。このキャラクターのテーマは専用のMVが作られているぐらい力が入っており(ストーリーをクリアすると納得。というか大感謝)、楽曲はもはや「ゲーム音楽」の域を完全に超えている。80年代のシンセポップ化と思いきや、ベースやドラムマシーンの鳴り方はEDMを通過したニュアンスが感じられる。アクセントとして使われるスタブや連続するスネアのプロダクションは、ビッグルームの趣である。伊藤氏はダンスミュージックもリファレンスにすることはあったが、これほど分かりやすくEDMを採用した例は初めてではないだろうか。

Crazy for Who? / Diva No.5【SaGa Emerald Beyond official MV】

 こうして一部の楽曲を振り返るだけでも、相当なカオスっぷりが分かるのではないだろうか。コンシューマー作品では前作にあたる『サガ スカーレット グレイス』と楽曲数で比較しても、そのスケールの広がり方はとてつもない。前作のサウンドトラックに収録されたのが40曲に対し、『サガ エメラルド ビヨンド』は52曲。しかも音楽ジャンル的な内容も多岐にわたる。「実はイトケンってもう何人かいるんですよ」と明かされても、むしろそのほうが腑に落ちる。

 本作で広がった「ナラティブ」の可能性、つまり物語はコンシューマーの限界にまでほぼ到達したように感じられる。そしてそれに伴い、サウンドトラックの充実度もまた過去に例を見ないほど高い。筆者があらゆるルートを開拓するにはいましばらく時間がかかりそうだが、至高の音楽をお供にまだまだ物語を楽しんでいきたい。

商品概要

■商品名:SaGa Emerald Beyond Original Soundtrack
■発売日:2024年5月1日(水)
■価格 :税込¥3,520(税抜価格¥3,200) 
■仕様 :CD 3枚組
■品番 :SQEX-11121-3
■発売元:株式会社スクウェア・エニックス
■権利表記:© SQUARE ENIX
■商品HP: https://www.jp.square-enix.com/music/sem/page/saga_eb_ost
■ダウンロード販売: https://sqex.lnk.to/MhF85QFl

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