なぜ老舗百貨店がメタバースに注力? 大丸松坂屋百貨店の“DX仕掛け人”に聞く

百貨店の原点へ立ち返る キーとなるのは「キュレーション」と「土着へのまなざし」

ーーメタバースへの参入に際しては、クリエイターエコノミーの実現を掲げられています。

岡崎:いまのメタバースの世界って、すごくUGCが盛んで「みんながユーザーでみんながクリエイター」という世界観なんですよね。クリエイターさんがいるからすごく楽しい生活をしていけているし、楽しい世界を作れている。でも、現状をあらためて振り返ってみると企業があまり入っていないということもあって値段のないものもあったり、中々値づけが難しい世界でもあるんですよね。

 私たちは、クリエイターの方々が今後も活躍していくためには「価格」をつける必要があると考えています。その価値を定義するお力になれればいいなと思っているんです。

ーーそうした「メタバースにおける値付けの必要性」に着目したのは、どういったところから?

岡崎:私自身、クリエイターエコノミーの内側でお仕事をすることが多いんです。私が所属しているDX推進部ではこれまで、新規事業としてサブスク事業を作ったり、インフルエンサーを起用した広告案件の事業をしてきたりしました。意外かもしれませんが、私たちはTikTokerのキャスティングやインフルエンサーマーケティングのコンサルティングを行う事業もやっています。

 そうしたなかで、TikTokやショート動画のクリエイターの方々と一緒に仕事していたときに、「自分たちの値付けや価格付けに困っている」という声を聞くことがあったんです。ですが、私たちと一緒に仕事をしたときには、我々が間に入ってお仕事をご一緒することで、報酬面はもちろん「大丸松坂屋と一緒にこんなコンテンツ作ったんだ」という実績として語りやすい。それがその人にとっても自信になったとおっしゃってくれて。

 「しっかりとクリエイティブを作っていたら、こういう会社さんとやる機会もあるんだよ、ということを後進のクリエイターにも伝えることができて、一つの指針となるような仕事ができて感謝しています」ということを言っていただけたんです。

 同じように、メタバース上でもそういうクリエイターと一緒にお仕事をして「一緒に成長していく」ということができるのではないか、大丸松坂屋としてクリエイター支援ができるのではないかと考えたんです。

 なので、私たちは価値を上げて広がりを生み出し、世の中に素敵な魅力的な作品があふれる世界を作ることをお手伝いしたいと考えています。

ーーたしかに、個人クリエイターがマネジメント面や報酬の交渉などで苦労するというのは我々も聞く話です。具体的にはどのようにクリエイターエコノミーを作っていこうと考えられているのですか?

岡崎:私たちがハブになる形で、原画が得意なイラストレーター、顔の造形やボディーを作るのが上手な3Dモデラーといった方々を掛け合わせることで、より高度なセンス・技術の融合、唯一無二な創作活動を可能にできればと思っています。それにあたって、まずは『BOOTH』でその作品を販売する形でトライしていこうと考えています。

 ただ、今後どのようにクリエイターエコノミーを進めていくかという点については、走りながら考えているのが実態です。どうすることが一番「クリエイターたちと一緒に成長していくこと」につながるのか、ということは常々考えていて。マッチングさせるような仕組みも考えましたし、完全自由なマーケットプレイスを用意するという方法も考えましたが、まだまだ検討しているところですね。

 いまの百貨店は区画ごとにブランドが出店するという形のビジネスになってしまっていますが、本来はデザイン性の高いファッションや調度品、絵画を初めとしたアート作品や、クリエイターやクラフトマンが作った良質な商品をキュレーションしてお客様に提供していたんです。

 そうした百貨店の在り方と同じように、私たちがプロデューサーなりキュレーター、バイヤーなど、何らかの存在として間に入って商品を提供していくことが必要だと思っています。単に買いたい人と売りたい人が自由にマッチングする場を提供するのではなく、私たちがしっかりとディレクションしキュレーションしていくことがひとつの鍵になるのではないかと考えています。

大丸松坂屋はこれまでも「地域の名品」を紹介する取り組みをおこなってきた。

ーーここまでお話を伺って、クリエイターエコノミーを重要視していることは存分に伝わりましたし、影響力を使うところとコミュニティに歩み寄る部分のバランスが絶妙だと感じていて。それは岡崎さんをはじめ、中の人が実際にコミュニティに入っているからこそ可能なコミットメントなのかなと感じます。岡崎さんだけでなく、チームとしてもコミュニティの中に入っていったり、積極的にそこに顔を出すといったアプローチをされている方が多いのでしょうか?

岡崎:そういう意味で言うと、私たちは日本のいろんな地方にお店があるので、考え方のひとつとして「土着への眼差し」というのがあるんです。土着への理解を深めること、その地域のコミュニティを重要視するんですね。

 たとえば神戸は南北を海と山に囲まれた町なので、北を山側、南を海側と表現するんです。なので神戸のお店ではそれに合わせて「山側」「海側」という表記を用いています。ほかにも、名古屋には「連れ」の文化があって。友達をすごく大事にして、その「連れ」がどんどんお客様になっていくといった外商の広がりがあるんです。名古屋で外商がすごく強いのは、そういった文化があるからなんですね。いまお話したように、それぞれの土地にはそれぞれの文化があって、札幌のお店にはまた別の文化があるし、天神にはまた別の文化があるんです。

 なのでメタバースや『VRChat』に限らず、なにかのコミュニティと一緒にやっていく、地域コミュニティの中の一員となるということが根付いてる人たちが多いとは思います。デジタルでも同じで、新しいことをするとなったら、まずはそのコミュニティに参画してコミュニティの一員として理解した上での物の見方、考え方をして活動したいと思っている人が多いと思いますね。

ーー土着を理解するまなざし、そしてそれをメタバースにも当てはめるというのは、非常に面白い考え方ですね。バーチャルファッションという概念や文化自体、百貨店側の立場からはどのように見られているのでしょうか?

岡崎:バーチャルやアバターであったとしても、そこで生活をしていくとなると、彩りのある生活をすることであったり、自分の気持ちを豊かにするということが必要になってくると思うんです。

 とくにメタバースは自分の姿を見ながら喋ることも多いですし、「綺麗にしたい」「自分の思うような姿にしたい」という欲求は、そこに生活する人がいれば当然のものなのかなと思っていて。アバターというお顔や表情、小さいアイテムまで含めて、心の充足に必要なものなのだろうなと。

 それに、そもそも私たち百貨店は、大量消費で経済を動かすものよりも、無駄と思われるかもしれないけど心を動かすような商材が主戦場なんです。その心を動かす場が『VRChat』およびメタバースの世界にはあると思っていますね。単におしゃれという観点だけでなく、作り手の考えや志に対する共感、応援というのも、メタバースの住人にはあると思うんです。「このクリエイターさんの考える女性像や男性像、少年像ってすごい素敵だよね」と共感して、そのクリエイターのものを購入したり、服やアバターをまとうというのもあるのかなと。

 フィジカルの世界でいうと今の時代はDtoCブランドの人気が高まっていますよね。ベンチャーの経営者の理念に共感した人がものを買っていく、というのに近いムーブメントがメタバースにもあるのだと思います。もっといえば、生活者がいる限り、そして比較的生活への充足度が上がってきた今の時代にはそういった需要があるのだろうなと思っています。

大丸松坂屋は15歳の日本人アーティスト・YUが手掛けるブランド「PASQUITON NEW YORK」のポップアップストアなども開催している

ーー今後の動きとしては、正装だけでないバーチャルファッションの展開なども考えられているのでしょうか?

岡崎:そうですね。やはりファッションにはトレンドもありますし、私たちも新しいクリエイターさんと出会ってお仕事をしたいと思っているので、予算の許す限りしっかり制作をして販売していきたいと考えています。最初の一歩としては『VRChat』のみの展開となっていますが、今後は他のプラットフォームへの提供もあるのかなと思っているところです。

 今回のようにメディアの皆様ともリレーションを取りながら、メタバースやバーチャル世界の生活やそこに生きる方々、クリエイターの方々を支援し、盛り上げていきたいと思っています。

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