渋谷慶一郎が魅せたヒトとアンドロイドによる演奏で生まれる”崩しの美” BMW『EXCLUSIVE VIP PARTY』ライブレポート
渋谷慶一郎が11月15日、東京都・国立新美術館で開催された「FORWARDISM BMW THE SEVEN Art Museum」の「EXCLUSIVE VIP PARTY」内にて、アンドロイドオペラの生演奏を披露した。イベントのコンセプトは「アートとテクノロジーの融合」。このテーマを、渋谷はオーケストラと人力演奏とアンドロイド「オルタ4」が生み出す音楽で体現した。
「EXCLUSIVE VIP PARTY」は代表取締役社長のクリスチャン・ヴィードマン氏の挨拶からスタート。続いて、BMWブランド・マネージメント部門ダイレクターの遠藤克之輔氏がBMWの新型モデル「i7」と「X7」について解説した。
DJ EMMAによるハウスミュージックとクロスフェードして不穏な持続音が鳴る。さらにオルタのポエトリーリーディングが始まり、約40名を擁する楽団が入場。その音響に渋谷の打鍵によるチューニングノート、それに合わせた各楽器の調律音が溶けていく。
演奏陣形は中央ステージにピアノ、隣にオルタ4、それを弦楽隊が囲む。前方に吹奏楽器、その横にパーカッションが並んでいた。オーケストラの慣例とは逆のフォーメーションである。奏者たちは片耳にイヤーモニターを装備し、アンドロイドとの同期に備えていた。
1曲目は「Scary Beauty」。照明が赤くなり、打ち込みのビートが走り出す。そして段々とオーケストラのダイナミクスが上がってから中低音がブレイクするダンスミュージック的な展開へ。続いて渋谷の左手による指揮とともに、ミュートされていた楽器とティンパニらが一気に低域を埋めた瞬間、オルタが歌い出した。
オルタ4。大阪芸術大学アートサイエンス学科棟の研究室「Android and Music Science Laboratory(AMSL)」で生まれた、彼でも彼女でもない存在。前身であるオルタ3のむき出しになった機械部分はそのまま、表情筋の可動域と舌が追加された仕様だ。人間ではないし、その声はDAWで合成された音色であることも理解している。しかし、その歌にはただのシンセサイザー以上のエモーションを感じてしまう。
また舞台となった、1階ロビーのどこにスピーカーがあるのか確認できなかったことも特筆しておきたい。国立新美術館の特徴であるガラスカーテンウォールのうねりなどもあってか、現場には独特な音響空間が広がっていた。渋谷自身も仕込み段階で一番苦労したのが、この部分の調整だったとツイートしている。
さて、この日の演奏は音の切れ目がなかった。オルタ4による「今日はこの様な機会をいただき、ありがとうございます。どうか楽しんで」という趣の英語MCからシームレスに「The Decay of the Angel」へ。鮮やかに光る緑の照明も曲の盛り上がりと同期していた。
歌い終わると、様子をうかがうように渋谷の方を向くオルタ。ふたり(という表現で間違いないだろうか)は互いに見つめ合いながら、しばし即興に浸る。言語外対話のような、生体的な何かを感じさせつつ、演奏は「Midnight Swan」に移行。
元々はピアノ曲だが、今回はタイトルをキーワードとしてAIが生成したリリック、オルタとオーケストラが入ったフロア対応型のアレンジによるエクスクルーシブな仕様になっていた。冒頭の8分音符で刻む弦のエッジィなパートでは反射的に体が動いてしまう。
また奏者のひとりひとりは片耳でクリック音を聴き、もう一方の耳で実際に鳴っている音(打ち込み+オルタの歌+楽器の生音)を聴いているが、レイテンシーのある生演奏と打ち込みの同期が歪む瞬間が何度か訪れたことは興味深かった。
これは全員がアンドロイド演奏家だったら起こることもない、ハイブリッド演奏ならではのバグ。しかし演奏崩壊かと思われた、どの場面もプレイヤーたちは要所要所で立て直した。その場面毎に生じる「崩しの美」に思わず胸が熱くなる。
これは小人数編成のライブでも起こりがちな現象だが、40人の一斉同期なら話は別である。なお余談だが、yeことカニエ・ウエストは「Sunday Service」で広大な空間にいる100人以上を無線イヤーモニターや無線マイクで同期させたことを思い出してほしい。細かい部分なので言及されることは少ないが、あれは「強いWi-Fiによる大多数リアルタイム同期」という点でも新しかった。
そして渋谷とオーケストラの面々は、クリックとレイテンシー付きの現場音に引き裂かれることなく同期を貫徹。手垢の付いた「人間vs機械」論ではなく、オルタのポテンシャルとプログラミングではない人間の“気合”を同時に見せられた気分である。
演奏を終え、渋谷が立ち上がった。それに奏者たちも続いてから退場。この日の演奏には拍手が足りることはない。まさに「アートとテクノロジーの融合」だった。ぜひ今後はクラブなどでのスタンディング公演などにも期待したい。
■セットリスト
M0. Opening
M1. Scary Beauty
Interval: Speech by Alter4
M2. The Decay of the Angels
Interval: Improvisation between Shibuya's piano + Alter4
M3. Midnight Swan
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