手首や腰への過度な負担が選手寿命を縮めている? プレイヤーたちが説く“eスポーツ専門医”の重要性

 eスポーツのプロプレイヤーは20代の後半でもベテランのプレイヤーとして数えられるほど選手寿命が短い。モチベーションや動体視力の低下などが理由としてよく挙げられるが、怪我で引退するプレイヤーも沢山いるのだ。そのため、専門のメディカルスタッフを雇うチームも出てきている。

 昨年はじめ、当時『Call of Duty』シリーズのeスポーツリーグ「Call of Duty League」で活躍をしていたThomas “ZooMaa” Paparatto氏が引退した。米ワシントン・ポスト紙のインタビューに「しばらくの間、親指の可動域がまったくなかった」と語ったZooMaa氏は、そのことにキャリアの後半ずっと苦労しており、「長時間のゲーム後、常に消耗を感じ、プロフェッショナルな生活を送ることが困難だった」と自身の選手生活を振り返っている。

 彼のようなプレイヤーはeスポーツ業界では珍しくない。『League of Legends』のプロであるHai氏や、Toyz氏、『DoTA2』のプロであるFear氏など、著名なプレイヤーの多くが慢性的な手首の怪我に悩まされ引退、あるいは休止を経験してきた。

 ドイツスポーツ大学の研究員であるChuck Tholl氏は、こうしたeスポーツプレイヤーと怪我の関係性について「eスポーツは球技などの伝統的スポーツと比べ、一見すると運動とは縁遠く見えるかもしれない。しかし実は微動作や細かい運動を短時間に繰り返し行っていて、予防措置がなければ慢性的な痛みに悩まされることもある」と語っている。

 Tholl氏によると、プロのeスポーツプレイヤーは1分間に400回ものマウスクリックやキーストロークを行っており、指や手首、下腕に負荷がかかっているそうだ。首や背中、腰などにも負担がかかるため、過度なトレーニングは腱鞘炎や神経圧迫、腰痛などの怪我や病気に繋がるという。

 伝統的なスポーツの世界では、捻挫や骨折、太ももの肉離れ、アキレス腱の断裂など、試合中やトレーニング中の接触によって発生する怪我が多いが、eスポーツの世界では徐々に症状が現れ、慢性化する故障が中心で、早期発見が困難だ。プレイヤーたちは徐々に悪化していく症状に気付かず、競技を続け、そしてZooMaa氏のように手遅れになるのだ。

 eスポーツプレイヤーの選手寿命が短く、多くのプレイヤーが若くして引退する背景にはこうした理由がある。eスポーツチームもそれは理解しており、怪我を予防し、プレイヤーのキャリアを長くするための対策を講じている。

 たとえば、米シアトルに拠点を置くチーム『Evil Geniuses』は新たにLindsey Migliore医師を専任のメディカルスタッフとして雇用した。

 Lindsey医師は「治療できたはずの、そして今からでも予防できるはずの怪我や故障によって、20代前半のプレイヤーたちを失っている」と語っており、プレイヤーたちに定期的なストレッチや運動をさせることで腱を鍛えさせたり、姿勢の矯正や練習中の休憩時間をコントロールするなどしてプレイヤーのサポートをしているという。また、充分な睡眠や試合前のウォーミングアップの重要性を説いたり、今後のキャリアについて考えさせたりして、ゲームの取り組み方への指導も行っているそうだ。

 「Evil Geniuses」に所属する『League of Legends』のプロプレイヤー、Vulcan氏もLindsey医師のサポートを受け始めてから実際にゲームへの取り組み方が変わったそうだ。彼も過度な練習やゲームプレイによって手首、首、背中などの痛みを経験しており、故障による早期引退の恐怖が常に頭の片隅にあったという。

 Vulcan氏は「16歳の頃は、とにかくできる限りゲームをプレイするようにしていた」「しかし、長時間ゲームに向き合っているだけで本当にゲームが上手くなるのか?自分のキャリアが1年縮まるだけなのではないか?良いことより悪いことのほうが多いのではないか?と、自問自答する機会が増えた」と語っている。

 また、個々の症例に対処するだけでなく、一般のゲーマーや医学界にもこうした”eSports医療”を普及させることがLindsey医師の長期的な目標だという。

 2018年に行われた医療カンファレンスの場で、数千人いた参加者に向けて“eスポーツ医療”について講演をすると、それを聴いた半分は笑い出したそうだ。彼女は当時を振り返り、「私の話は真剣に受け止めてもらえなかった。ゲーマーは小児科医やプライマリ・ケア医にかかることが多く、そこで働く医師こそこうした情報を知っておくべきなのに……」と指摘している。

 「Counter Logic Gaming」や「Immortals」といった欧米の大手eスポーツチームの治療を担当してきたeスポーツ医療専門家であるMatthew Hwu医師も、「ゲームによって引き起こされる怪我についての認識を業界全体で高めることは、eスポーツの進歩にとって極めて重要だ」と語る。彼はYouTubeに多くの動画を投稿し、怪我の深刻さや予防について広める取り組みを行っており、「予防策を多くのゲーマーに広めるのには時間がかかる。もっと根本的なアプローチが必要で、eスポーツに初めて触れる人や高校生、大学生などに広めていくのが大切だ」としている。

 こうした取り組みに対して、「Semper Esports」に所属する『Rocket League』のプロ、Archie Pickthall氏も賛同している。現在16歳と、プロプレイヤーとしては若い世代だが、彼も8ヶ月ほど前から手首の痛みに悩まされており、「痛みがひどくて、ほとんど何もできない時期があった」と当時を振り返る。ストレッチ法を自身で調べ、現在は改善はされたものの「もしかしたら早期引退しないといけないかも……」と不安に苛まれていたそうだ。

 彼が所属するチームにはLindsey医師のような専任の医療スタッフが在籍しておらず、「チームドクターがいたらキチンとストレッチのやり方なんかを教えてもらえただろうし、そうすれば怪我を予防できるだろうから素晴らしいことだよね」と語り、“eスポーツ医療”が広まり、専任の医療スタッフを各チームで用意するのが当たり前になることを期待しているようだ。

 Lindsey医師やMatthew医師によれば、“eスポーツ医療”が広まれば、プロゲーマーの選手寿命は飛躍的に伸び、30代、40代、あるいはそれ以上でも活躍するプレイヤーが出てくる可能性があるとのことだ。応援するプレイヤーの活躍を、今よりもずっと長く楽しめる時代が来るのだ。まだ見ぬ将来のスターが怪我せずにいられるよう、eスポーツレイヤーだけでなく、ゲームをプレイするすべての人に知れ渡ることを期待したい。

〈Source〉
https://www.washingtonpost.com/video-games/esports/2022/03/14/professional-esports-athlete-injuries/

関連記事