連載:声とテクノロジーで変革する“メディアの未来”(第一回)

PodcastやClubhouseの躍進は「聴覚デバイス」でさらに加速する オトナル・八木太亮に訊く“音声コンテンツ"の可能性

 コロナ禍の影響もあり、ここ1年でPodcastやインターネットラジオそして最近ではClubhouseなどの“音声”を軸としたサービスが増加し、ユーザー数を増やしている。そんな広がりを見せ始めた音声メディアや音声SNSについて、有識者に未来を予想し考察してもらう連載企画「声とテクノロジーで変革する“メディアの未来”」。

 第一回はアドテクノロジーで音声広告マーケティングを行う、株式会社オトナル代表取締役社長・八木太亮氏にインタビュー。音声メディアとPodcastなどのコンテンツの繋がりの要となる音声広告。そんな音声広告にアドテクノロジーを取り入れ、さらなる音声市場全体の拡大を目指す八木氏に、“音声“が今後もたらす可能性について訊いた。(編集部)

スマートスピーカーの普及と子育てで気づいた、音声メディアの可能性 

ーー八木さんが音声市場に参入したのは2018年。前身会社だった『京橋ファクトリー』を2013年に創業し、2018年に社名を『オトナル』に変更し、一気にシフトチェンジしました。なぜこのタイミングだったのでしょう?


八木太亮(以下、八木):2018年にメディア事業を売却し、そのあとに何をしようかと考えた時、頭の中には「教育」と「音声」の2つがあったんです。

ーーなぜその2つだったんですか?

八木:自分に子どもが生まれたタイミングだったので教育には関心がありましたし、2017年末に「Amazon Alexa」のテスト販売が始まったタイミングだったこともあり、音声にも興味を持っていました。当時、子どもを抱っこしながら仕事をしていたのですが、音声だったら両手がふさがっていても、インプットもアウトプットもできると気がついた、というのも大きかったような気がします。

ーー音声メディアそのものではなく、音声メディアの広告に着目した経緯は?

八木:もともと、オトナルは音声広告の会社ではありませんでした。2018年段階ではスマートスピーカーで音声メディアをやろうと思っていたのですが、スマートスピーカーはただの出力端末でしかないことに気づいてしまったんです。AIアシスタントの仕様にも依存するので、たとえば、広告を入れていいかどうかというのも自分で決められず、AmazonやGoogleに縛られてしまう。そういった環境も相まって、2019年に音声広告事業へとシフトチェンジしました。

ーー音声メディア・音声広告は世界的に伸びている分野ですが、日本はアジアの中でも遅れている、というのが現状で、ようやくここ数年でその流れに乗りつつあります。八木さんが2018年から2019年の間に音声広告市場へ参入した背景には、こうした世界的な盛り上がりを受け、日本でも間違いなく同じようなことが起こるという予測もあったのでしょうか。

八木:そうですね。海外事例を調べていくうちに確信に変わりました。実体験として、スマートスピーカーというハードウェアが出てきて、普及していくだろうという感覚があり、市場調査をしたら広告収入が大きく伸びていることがわかって。この実体験と調査結果の2つが合わさって、この分野が伸びると確信しました。

ーー2019年に参入されたころは、まだプレイヤーが少なく、広告主も多くはなかったですよね。

八木:そうですね。電通さんがSpotifyとradikoをセットにしたプレミアムオーディオというデジタル音声広告プランを発表したのが2019年5月で。僕らがSpotifyのデジタル音声広告の出稿配信プランを発表したのが電通さんの翌週だったんですよ。発表のスピードだと1週間差で負けちゃった形にはなるんですけど(笑)。

 スマートスピーカーがただのハードウェアでしかないと気づいたあとは、徐々に音声広告配信のしくみの上流へと向かいました。まず1番最初にあるのはコンテンツで、次に広告、とその流通があって、プログラマティックの場合ここにDSP(デマンドサイドプラットフォーム)とかSSP(サプライサイドプラットフォーム)などがあり、最後がハードウェアという流れです。僕らが最初にハードウェアでやりたかったことは上にいけばできるんだと思い、上流を目指していった、ということです。

ーーその中でも広告の販売や、代理店的な事業だけでなく、アドテクノロジーに目をつけた着眼点がすごいですね。メディア運営の経験が生かされた結果であるように思います。


八木:昔『ビール女子』というウェブメディアをやっていて、ビールメーカーさんに直接営業に行っていたのですが、これがなかなか大変で。この経験から、市場がまだ大きくないところで純広告のようにひとつひとつの枠を販売するよりは、流通をつないでプログラマティック広告という形で買い付けて販売するほうが回るだろうなと考えました。たしかに、メディアを運営していたからわかったことのような気がします。

 プログラマティック広告を始めたのは、ちょうど国内でSpotifyとradikoのプログラマティック広告が本格的に始まったタイミングだったことも大きいです。

ーーいま名前が挙がったSpotifyとradikoが躍進した理由は、どう分析されていますか?

八木:その2つは、音声の広告メディアとして見ると、リスナーと広告枠の数が群を抜いて多いですよね。radikoはもともとラジオ局の集合体なので、アドバンテージが大きいです。SpotifyはPodcastをすごく戦略的に運営していて、音楽のプラットフォームからオーディオ全体のプラットフォームに拡大しています。音楽リスナーだけではなく、音声コンテンツを聴く人全体を取りに行っていて、番組の内容も最先端であることが、日本国内でPodcastユーザーが増加している背景のひとつだと考えています。後発にもかかわらず、SpotifyのPodcastユーザーがAppleを超えている国も現れ始めました。広告マーケティング戦略も巧みで、新しいリスナーを一気にPodcastへ引き込んでいるように感じます。そして、Spotifyはkemioさんや莉子さんといった若年層に人気のインフルエンサーを起用したり、『呪術廻戦』や、『ヒプマイ(ヒプノシスマイク-Division Rap Battle-)』など、キャッチーなアニメコンテンツと組んだオリジナル番組を制作するなど、全方位に届く番組作りをしているなと感じます。

ワイヤレスイヤホンが立役者に? 国内のPodcastユーザーが増加

ーー今年1月のオトナルさんと朝日新聞さんが共同で出したプレスリリースによると、「国内で1ヶ月に1回以上、Podcastを聴く人の割合」は14.5%で、人口は1123万人となっていますね。この数字が伸びた要因として、コロナの影響が大きいのでしょうか?

八木:僕らの調査では、コロナが関係しているかどうかはわからなかったんですが、SpotifyとAmazonの参入は、人口増加に大きく貢献したと思われる結果が出ました。調査でも、約25%は「AmazonとSpotifyで聴けるようになったから聴き始めた」と回答があったので。

ーー元々音楽ストリーミングやECとして契約していたサービスが音声コンテンツを始めたから聴いてみよう、という流れですね。

八木:僕自身は、ハードウェアの変化も大きいと考えています。ここ数年、スマートスピーカーとワイヤレスイヤホンが急速に普及しましたが、僕は先に挙げたスマートスピーカーよりも、ワイヤレスイヤホンが音声コンテンツの普及に一躍買ったと思っていて。ワイヤレスイヤホンは、スマホとOne to One(※)になる究極のパーソナルデバイスですし、スマホを通じてユーザー属性も把握しているので最適な広告が出ますから、接続役のインターフェイスとして優秀すぎますね。

(※)顧客一人一人の興味に合わせたマーケティング手法


ーースピーカーや有線イヤホンと違い、装着しながら行動範囲を広く動けるワイヤレスイヤホンは、長尺の音声コンテンツとも相性がいいのでしょうね。

八木:“ながら聴き”に関しては、一番向いているハードウェアだと思います。また、広告会社の視点で考えると、スマートスピーカーはデータを取れるのが世帯単位になってしまうんです。エリアくらいはわかっても、属性データまでは取りきれないので、広告の精度が下がってしまうんです。それに対して、スマートフォンのようなパーソナルデバイスなら年齢・性別までわかりますし、ターゲティングに最高なんですよ。リスナーさんの体験として結果的に一番その人にマッチした広告を配信できることになります。

ーーながら聴きをする方には、どういう広告が刺さりやすいのでしょうか?

八木:英国のメディア『BBC』の調査によると、Podcastの94%はながら聴きされているようです。そのデータでは、ながら聴きしている状況にマッチした広告を出せると、すごく印象に残るということがわかりました。たとえば料理してる最中の人に、料理の広告を出すとか。

ーー衣食住など、暮らしに近い企業さんに参入の余地がありそうですね。

八木:Podcastと違う文脈ですが、ターゲティングという文脈で見たとき、Spotifyの音声広告はプレイリストターゲティングができるのユニークな点だと考えています。人気プレイリストはシチュエーションや気分を軸にしたものが多いので、趣味嗜好はもちろん、リスナーが今この瞬間に何をしているかがわかるんです。たとえば睡眠系のプレイリストなら枕や安眠グッズの広告が入る、といった形だと一気にコンバージョンが上がりそうですよね。Podcastは番組内容とながら聴きのシチュエーションがマッチした時に最大化されるような気がしています。

 ながら聴きのネガティブな側面としては、広告のインパクトがないと聴き流されてしまうことですね。広告の作り方や企画の方法でいうと、最初のつかみで「なにこれ?」と思わせられるかどうかが大事です。また、音声広告のかたちとして海外でよく導入されているのは「ホストリード」という、パーソナリティが行う宣伝広告です。米国のPodcastの広告市場の内訳でも、66%がホストリード広告にシフトしています。

ーー日本でもこのような手法が多いのでしょうか?

八木:ラジオの場合は、生コマーシャルというパーソナリティが番組中に広告をしゃべる手法があります。これに似ていますね。ニューヨーク・タイムズなどもポッドキャストをやっていますが、日本の新聞社だと広告とコンテンツを分ける必要があるので、大手のメディアの場合はホストリードはやりにくいかも知れません。ジャーナリズムと広告は別でないといけないという理由が制約になる可能性はあります。一方でマスメディア発ではない音声メディアやパーソナリティにとっては良い手法だと思います。みんなパーソナリティのことが好きで聴いているので、エンゲージメントが高いんですよ。

 最近では間接コンバージョンもとれるようになってきています。Podcastで音声広告を聴いて、別のルートでたどりついたときに、この人はPodcastを聴いたことがある人だというデータがとれるんですよ。我々が広告提案をしている中でも間接コンバージョンで効果を感じて、継続出稿していただくことも多いです。いわゆる広告効果の見える化ですね。

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