Spotify CEOの“炎上発言”から考える、アーティストとビジネスパーソンの「異なる思想」

 次にストリーミングでは稼げないというアーティストがいる一方、Daniel Ekが「十分に稼げる」と主張している、”現状認識のズレ”には、ストリーミングサービスの構造が大いに関係している。

 Spotifyを例に考えると、支払われるロイヤリティは、プラットフォームが特定月に稼ぐサブスクリプション料と広告収入から山分けする形で支払われる。そして、その支払いの元になる「アーティストの権利に対していくら支払うべきか」のパーセンテージ=マーケットシェアは、支払い対象となるアーティスト単体の再生数を、サービス全体の総再生で割ることで決定される。

 そうして算出されたロイヤリティをSpotifyとレコード会社や音楽出版社、著作権管理団体といった原盤権および出版権の保有者の間で分配。さらにその分配されたロイヤリティを原盤権および出版権の保有者とアーティストの間で取り決めた契約内容に基づき、最終的にロイヤリティがアーティストに支払われるのだ。

 そのため、巨大なファンベースを持ち、常にヒットチャートの上位を独占するようなアーティストが、どうしても優遇される形になっている(厳密には契約内容によって、アーティストが受け取るロイヤリティは変わるため、最終的な金額面では一概にはそう言い切れない部分もある)。

 このことは、Daniel Ekの発言でいうところの、「ロイヤリティに対して批判的な報告される傾向がある意見は”不満がある人々によるものであることが多い”」にあたる部分だ。一方、インタビューでは、「データを見る限りでは、ストリーミング収益だけで生活できるアーティストが増えている」とも語っているが、これもこの構造に上手く適合するアーティスト、つまり、再生数を稼げるアーティストに適合する部分だといえる。

 このような性質であるストリーミングを攻略することについて、「今日成功しているアーティストは、ファンとの継続的なエンゲージメントを生み出すことが重要だと気づいています。アルバムのストーリーテリングや、ファンとの対話を続けることに力を入れることが重要なのです」とDaniel Ekは語るが、正攻法でそれらを行うアーティストもいれば、意図的に再生時間を短くする、または再生誘導のためにSNS上で時に炎上商法を行うなど問題も起きている。そういった作品の質とは関係ない”ハック”の部分が、ストリーミングの再生に影響を与えているという状況に対する不満も、今回の批判者の頭の中には少なからずあったのではないだろうか。

 またコロナ禍により、ライブ収入が断たれたアーティストたちにとって、音源は貴重な収入源になっているが、コロナ禍という点でいえば、競合するbandcampが、自分たちの収益をアーティストに還元するアーティスト還元デーを行い、苦境に立たされる業界を強く支援する姿勢を打ち出していることも、それとは対照的に見えたDaniel Ek発言の批判の燃料になっている可能性は高い。

 ただ、実際にはSpotifyがアーティストを支援していないということはなく、bandcampには遅れはしたものの、今年4月にはアーティストが自身への寄付や、チャリティ団体への寄付をファンから募ることができる機能「Artist Fundraising Pick」を実装している。この機能にはアーティストを支援するための100万ドルの基金も設置され、1件でも寄付を得た場合は、アメリカ・イギリス限定ではあるものの基金の中から100ドルがアーティストに振り込まれる仕組みになっている。

 しかし、音楽プラットフォームを下支えしているのは現在も苦境に立たされているアーティストであり、コロナ禍でも成長を続けている企業が彼らに対し“出し渋っている”というイメージがつけば、その姿勢に厳しい声が寄せられるのは当然といえば、当然だろう。

 また多くのアーティストには、ただ消費されるだけの製品よりもアーティスト性のあるこだわった作品をファンに届けたいと考える傾向があることも、”質より量”が求められると解釈された原因のひとつだろう。そういったアーティスト心情と新興テック企業のCEOであるビジネスパーソンでは、やはり同じ音楽ビジネスであってもそのビジネス観は異なってくる。今回のことはそういった両者の意識のズレによって起こったとも考えられる。

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