Real Sound Tech × agehasprings 『Producer's Tool』第一回:田中隼人

agehasprings 田中隼人が語る「機材選びのポイント」と“制作における数値化と言語化”の重要性

 音楽プロデューサーの玉井健二(a.k.a. 元気ロケッツ)が代表を務め、蔦谷好位置、田中ユウスケ(a.k.a. Q;indivi)、田中隼人、百田留衣、飛内将大、釣俊輔など、今や日本を代表するヒットメーカーが多数在籍し、最近ではライブプロデュースやレーベル設立、AI開発など、音楽業界の未来を見据えるクリエイティブカンパニー・agehasprings。今回よりスタートする連載『Producer's Tool』は、そんな彼らの考えていることを、直近のプロジェクトや使用している機材などを通じて紐解いていこうというものだ。

 第一回には、FUNKY MONKEY BABYSやYUKI、JUJU、DAOKO×米津玄師、flumpool、JUJU、Aimerなどの楽曲を手がけ、最近では『今夜、誕生!音楽チャンプ』の審査員やRe:Complexの音楽プロデューサー、VTuber・富士葵の音楽プロデュースなど、活動の幅を広げる田中隼人が登場。彼の制作におけるスタイルや、「音楽を言語化・数値化する」ということ、使用機材と今後のビジョンなど、示唆に富んだ話題が多く飛び出した。(編集部)

「聴き手の感情をロジックに置き換える」 

ーー田中さんはクリエイターとして、作品にはあまり自分のエゴを入れず、ひっそりとすごいことを忍ばせる方、というイメージがあるのですが、実際はどのようなスタイルで制作をしているのか気になります。

田中:僕が関わるアーティストについては、「いまこのアーティストがどういう音楽をやって、どの層にリーチしていったほうがいいのか」というマーケティング的な視点は絶対に持つようにしています。立場上、作曲や編曲だけでなく、音楽プロデューサーとして「次のシングルどうしましょう」「どういう曲をやりましょう」という打ち合わせの段階から携わることが多いので、聴いてもらう層をある程度こちら側が想定した上で、楽曲やサウンド・歌詞・振付についてある程度提案して、話し合って決めていくことが多いです。

ーーご自身がそういうマインドを持つようになったきっかけは?

田中:僕自身、昔から自分の中では“打ち合わせ番長”だと思っていて。打ち合わせ次第では、そのあと聴いてもらう楽曲の印象も変わってくると思います。例えばお菓子の新製品が出た時に、そのお菓子がどこにこだわっていて、どういう流れでこの味になって、このどこ産のイチゴを使っていて……みたいなキャプションはすごく大事ですし、それがあるのとないのでは味の感じ方も変わってくると思うんですよ。だから僕は、自分の作る音楽に対するキャプション書きのような作業を、打ち合わせを通して努めています。

ーーすごくわかりやすく例えていただきましたが、聴き手や受け手に対して先にコンテクストを作っておく、ということですよね。そういうスタイルはいかにして生まれたのか気になります。

田中:駆け出しの頃は、自分から提案するようなことなんてなかったんですよ。20代前半から中盤ぐらいまでは、「こういうものを作って」と言われて、ひたすらそれを具現化するだけでした。それが20代中盤で一度すごく嫌になって、全部仕事をやめて、1年ぐらい何もしてなかった時期があるんです。そこから、自分が納得できるような、少し楽しみながら作曲や編曲、音楽への関わり方を色々模索するようになって。結果として今のスタイルになりました。今のような視点で音楽を作っていった方が自分自身を削ったりしなくてもいいし、精神的な疲労度も軽減されるなと。それに、今のような形で作っていかないと、トップのヒットメーカーたちのペースで音楽は作れないなと思ったんです。

ーー一度立ち止まったことで、ご自身の考え方が大きく変わったんですね。また、田中さんといえば『agehasprings Open Lab.』で話していた「主観ではなく俯瞰的な耳になること」というワードがすごく印象に残っています( https://realsound.jp/2017/12/post-141698.html )。

田中:その言葉にも関係してくるんですけど、僕は音楽を作ったときに、自分で言語化と数値化ができることが必要だと思っていて。先ほどお話したのはその「言語化」についての部分なのですが、そうすることでリスナーにも、プロモーターさんにもその音楽をどう聴いてもらうべきかという最適解も出やすくなるんじゃないかなと。そうやって言語化しようと思って多角的な見方をすると、それが「俯瞰的」になっていくんですよね。「数値化」については、僕の中である程度そうしている、という話なんですけど。Aメロの盛り上がりが100点満点中の50点、サビのメロディが70点だとしたら、そこに何点分のアレンジを加えて、切なさをどれぐらい足していくのかを考えたりするんです。「切なく聴こえる」なんて聴き手の感情でしかないんですけど、そこをロジックに置き換えることで、全体のバランス感覚を測っているような感覚です。

ーーそうなってくると「サビをアレンジで加点して100点ちょうどに持っていく」「ほかのパートはそれを超えないようにする」という調整のアレンジになってくるわけですか。

田中:そうなんです。サビよりBメロの方が切なくて、サビがそこまでだとダメじゃないですか。そういうときはBメロをあえてスッキリさせてメロディだけ聴かせる形にしてから、サビでほかの楽器を加えて点数を上げる、という形にしたり。

ーーその考え方は面白いですね。点数化、数値化することで“足し過ぎない”ことも防げるでしょうから。

田中:詰め込みすぎることは圧倒的に少なくなったと思います。メロディもキャッチーだけどオケもすごく動いていて、トゥーマッチな曲ってあるじゃないですか。そういったものを避けるためにも、自分の中にしっかりとした評価軸を持って調整していく、というのは大事ですね。

ーーでは、ご自身でその“数値”をアップデートするためにやっていることはありますか?

田中:平均を作るために何かする、ということはないですね。もちろん色んな音楽は聴きますし、自分の中での流行り廃りもあるんですけど、僕としてはそれでいいと思っていて。今は100点だけど、来年になったら点数が変わっている可能性は大いにあるし、変わってないと時代に取り残されてしまいますから。そのために自分の頭の中にある引き出しを常に新しくしていく、正解を最新にアップデートしていくことは重要だと思います。

ーー楽曲制作についても伺いたいのですが、個人的に田中さんの手がけた曲を聴いていると、ハードの人ではなくソフトの人、という印象を受けたんです。作った時期でガラッと音色も変わっていますし、常に最新のソフトウェアを使っている方で、かつ飽き性なのかなと(笑)。

田中:たしかに自分でもソフトウェア寄りの人だなと思います。ソフトシンセは黎明期からものすごく使っていますし。あと、飽き性というより、面倒臭がりなんですよ(笑)。だからなるべく簡素化・合理化したいタイプですし、カロリーも抑えたい人で。NI(Native Instruments)から一番最初に出たProphet-5をエミュレートした『Pro-Five』を、レコーディングでいち早く使ったりしました。もちろん、歌録りやオケ録りはハードがメインにはなりますけど、楽曲は基本的に中で完結するタイプですね。

ーーだからなのか、細やかなアレンジがすごくお上手で、緻密な仕掛けが楽曲のあちこちに施されているというイメージなんです。あと、楽曲のなかに一度しか出ないフレーズばかりなので、トラック数はかなり多いのかな、と思ったり。

田中:トラックは結構多いと思います(笑)。例えば、1番と2番で鳴ってるシンセが全然違う、なんてこともありますし。一時期はすごくトラック数が多くなってたんですけど、最近は自分の中でなるべく音数を減らして、シンプルにすることを心がけるようにしています。あと、やっぱり音楽を作っている人が聴いたとしても「結構凝ってるな」と思ってもらいたい気持ちもありますね。

ーーでも、玄人が聴かないと気付かない細やかな差異ではなく、いちリスナーが気をつけて聴けばわかる仕掛けにしているところが、田中さんの面白いところですよね。ちなみに、制作面において田中さんの核になっているソフトは?

田中:1番でも使用頻度が高いソフトウェアは『KONTAKT』(Native Instruments)ですね。どの楽曲を作るときもテンプレートを立ち上げるくらいの頻度で使っています。NIが出している音源も、すごくクオリティが高いんですよ。

ーー高品質なライブラリが沢山ありますよね。

田中:そうなんです。あのライブラリで大抵のことは完結するんじゃないかというくらいで。昔はサンプラー、それこそ『S3000』(AKAI)とかも使ってたんですけど、今はライブラリを『KONTAKT』用に作り替えたりしていて。ハードの話になっちゃうんですけど、『KONTAKT』をより効率的に使うために、鍵盤もNKS対応のものにしたんですよ。あと、最近は『Cubase 8』から「サンプラートラック」っていう新しい機能がついたんですよ。それがもうめちゃくちゃ便利で、最近は多用してます。いま、ボイスサンプルをシンセ的に鳴らすことがすごく多いじゃないですか。

ーーボーカルシンセ的な。

田中:そうです。僕も絶対1チャンネルはそういう音を使ってるんですけど。これを作るのにすごく便利なんです。

ーー洋邦問わず、フューチャーベース〜フューチャーハウスとか、ボーカルシンセ的にサンプルボイスを使うトラックは多いですよね。田中さんが音楽のトータルプロデュースを手掛けているRe:Complexにも顕著ですが、トラックメーカー的な作り方が多いのかなと思いました。

田中:もともとクラブミュージック畑の人間なので、トラックメーカー的にループをベースに考える、というのはいまだに自分の楽曲制作における根底になっていると思います。

ーーやはりそうなんですね。となると、Re:Complexの楽曲は、田中さんのエゴが良い意味で出ていると思います。フューチャーベースを含めたポップスの新しい形をいち早く実践まで持って行っているというか。

田中:Re:Complexの曲は自分的にも遊べる部分が多いですし、メンバーも若い子たちなので、あまりJ-POPでやっていないことをできるだけやっていくことが大事かなと思っていて。ダンス&ボーカルグループとして、ちょっとでもアイドルっぽい楽曲を歌ってしまうと一瞬で埋もれちゃうので、絶対そういう風にはしたくないなと。しっかりサウンドも尖らせて、「Re:Complexの音」として個性が出せるように意識しています。

ーー1stシングル、2ndシングルとトロピカルハウス〜フューチャーベースを取り入れていますし、それを15人の混声ユニゾンで聴かせるという武器も持っていますからね。

田中:男の子も女の子もそれぞれ歌うパートがあるので、キーの設定はかなり難しいんですけどね(笑)。

ーー確かに(笑)。あと、機材面における転換点についても伺いたいのですが、田中さんが今のようなソフト重視・合理主義な考え方になったのは、どういう出来事があったからなのでしょう?

田中:25歳のときに「1回全部ソフトシンセでやってみよう」と思ったんです。最初は「重い機材をわざわざ持っていかなくても良いんじゃないか」という浅はかな考えだったんですけど(笑)。でも、やってみたら意外とできるなと感じて、そこを転換点にして色々変わっていきましたね。さらに時代も後押しして、今ではデータのやり取りだけになりましたし。

ーーということは、他の方がソフト重視に移行するよりも先に一歩踏み出していたわけですね。

田中:そうなんです。当時はあまり音楽的に評価されてないと自分の中では思っていたので、「実はすごく新しいことをしている」というポイントを自分の中に作りたかったところもあると思います。

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