アップルCEOティム・クック氏が、iOSとMacOSの統合を改めて否定した理由

　アップルが開発するiPhoneおよびiPadアプリとMacアプリの間には、厳格な区別が存在する。両者は異なったOSで開発されるのだ。この事実は、マイクロソフトのタッチ操作に対応したPCであるサーフィスや、スマホからPCにいたるまで一貫して機能するアプリをリリースするグーグルと比べると、不便に見える。しかし、アップルがあえてOSを統合しない理由は、同社のこだわりにあるようだ。

「私はそれをユーザが望んでいるとは思いません」

　オーストラリアの総合ニュースサイト「シドニー・モーニング・ヘラルド」は4月19日、iOSとMacOSを統合することに関するアップルCEOティム・クック氏のコメントを報じた。同記事の執筆者であるペーター・ウェルズ氏は、先月末にアメリカ・シカゴで開催された第6世代iPadの発表会に出席し、クック氏と話す機会があったという。ウェルズ氏は「iOSとMacOSが分かれているのはマイクロソフトに比べると保守的なのではないか」とクック氏に尋ねたところ、次のようなコメントが得られたそうだ。

「一方の魅力を他方のために薄めてしまうようなことは良いとは思いません。iOSもMacOSも信じられないほど成功しています。こうした成功は、アップルがそれぞれのOSがうまく機能するように開発を推し進めたからです。もし、このふたつを統合し始めたら……その統合は妥協とのトレードオフとなります。

　効率性がすべてではないのです。ご存知の通り、わが社のデバイスを使うことによってはじめてユーザーにとって可能になることがあり、そうしてユーザーが世界を変えたり、情熱や創造性を表現することをデバイスが助けてくれる。一部の人はOSの統合にこだわっていますが、私はそれがユーザーが望んでいることとは思いません」

トースターと冷蔵庫の合体？

　クック氏が否定したiOSとMacOSを統合するという話題の発端は、昨年12月20日に掲載されたブルームバーグの記事にさかのぼる。同記事では「あるアップルの関係者」の話として、2018年の早い時期にはiPhoneとiPad、そしてMacのそれぞれで動作する単一のアプリを開発できるようになる、と報じたのだ。さらにその関係者によると、次世代のiOSとMacOSに関するプロジェクトは「Marzipan （マジパン：砂糖とアーモンドを練り合わせた洋菓子）」というコードネームで数年前から進められており、2018年のアップルが開催する開発者会議で発表される、とのことだった。

　以上のリークに対し、同社のスポークスウーマンはその内容を否定した。また同記事では、2012年にクック氏が「トースターと冷蔵庫を合体させることはできるが、そんなことをしてもおそらくユーザは喜ばないだろう」と発言していたことも伝えた。

マルチタッチとポインティングは似て非なるもの

　デジタル機器関連のニュースサイト「BGR」もまた、4月19日、シドニー・モーニング・ヘラルドが報じたクック氏の発言に関する記事を掲載した。同記事では、クック氏の発言に加えて、アップル幹部のフィル・シラー氏が数年前、なぜMacにタッチスクリーンを実装しないかと問われた際の、以下のような発言を紹介している。

　「わが社は人間工学的な観点から非常に広範囲にわたってMacのインタフェースについて研究しており、固定されたキーボードで操作するデスクトップ・デバイスを使用している時に、タッチスクリーンに向かって手を伸ばすというのは快適ではない、と思っているのです。そもそも、iOSはその当初からマルチタッチなユーザ体験ができるものとしてデザインされています。iOSデバイスには画面上を動くカーソル、あるいは指では押せないような小さな「閉じる」ボタンといったマウスを使うことが前提となっているものは何ひとつありません。対してMacOSは、はじめから間接的なポインティング・メカニズムのために設計されています。こうしたマルチタッチとポインティングは異なる目的のためにあり、また異なっていることが良いことなのです。わが社は、ユーザ体験がベストなものになるようにデザインを最適化し、デザインが異なるデバイスを最小の共通項しかもたないユーザ体験に押し込めるようなことはしません」

　以上のようなクック氏やシラー氏の発言からは、効率性ではなくユーザ体験を最大化することを優先するアップルの美学がうかがえるのではないだろうか。

■吉本幸記 
テクノロジー系記事を執筆するフリーライター。VR／AR、AI関連の記事の執筆経験があるほか、テック系企業の動向を考察する記事も執筆している。Twitter：@kohkiyoshi