吉田尚記、“明るい未来”を語る(後編)「脳に負荷をかけることがどんどん楽しくなる」

吉田尚記『没頭力』インタビュー:後編

人類はすでにシンギュラリティを体験?

柴:そういえば、最近ロバート・キンセルというYouTubeの副社長が書いた『YouTube革命 メディアを変える挑戦者たち 』という本を読んだんです。そこにドリームワークスの前CEOのジェフリー・カッツェンバーグという人が出てくるんですが、彼が今手掛けているのが同じような発想コンテンツ制作ですね。彼はこないだ「New TV」というのを立ち上げたんですけれど、かつてテレビのゴールデンタイムで30分の番組を作ってた資本を数分の動画に注ぎ込むような動画コンテンツのモデルをハリウッドのスター達と作ろうとしている。

吉田:アニメもそうかもしれない。先日『ノイタミナ』の発表会のイベントの司会をさせてもらったんですけれど、特徴的だったのは「中編劇場アニメ」という言葉ができていたこと。60分の作品をラインナップしているんです。そのうちの1本が『甲鉄城のカバネリ』という、めちゃくちゃな情報密度で作っている作品なんですよね。その先の『PSYCHO-PASS サイコパス』も、すごく情報密度が高くて時間短めの作品が予定されている。動画はどんどん短くなっていのかもしれないですね。

柴:でも、わかりますね。これはニコラス・G・カーという人が言っていることなんですけれど、インターネットが普及してから、脳の注意力が持続する時間がどんどん短くなっている。それをある種の退化と捉える言説もあるんですけれど、僕は圧縮された情報を浴びるっていう快楽の方法がエンタテインメントを中心にあらゆるジャンルに行き渡っている結果だと捉えているんです。というのは、そういう情報はとりあえず脳が解読してデコードしなきゃいけないわけですよね。ということは、負荷がかかる。

吉田:見てて疲れますよね。

柴:ただ、そうやって脳に負荷をかけるということ自体が、新しいタイプの快楽として提供され始めていると思っているんです。で、『没頭力』の話に戻ると、吉田さんがいろんな話を聞いてる沢山の科学者が象徴的だと思うんですけど、自分で問いを作る人は圧縮された情報を浴びることでなくても自ら脳に負荷をかけることができるわけですよね。問いに向かってにじり寄っていく、ビジョンを追い落とすような状態というのは、脳に負荷がかかっているけれど、たぶん、快楽があるし、楽しいと思うんですよね。

吉田:「わからない」というのは楽しいことだと思います。慣れないと楽しくないですけれど。で、さっきの話で言うと、脳に負荷をかけることを楽しく思える人はどんどん楽しくなっているし、脳に対して負荷がかかるのが嫌な人は、どんどん不機嫌になっていく感じですよね。「この世は面倒くさい」と思った瞬間に、「不機嫌の国」に向かってしまうというか。

柴:その状況が、いろんな形で表れている気はします。「わからない」ということを不安に思うか、楽しいと思うか。

吉田:今も、人工知能が発達してシンギュラリティ(技術的特異点)が訪れるんじゃないかっていうことを不安に思っている人がいるじゃないですか。でも、そんな心配はいらないと言っているのが能楽師の安田登先生で。というのは、人類は紀元前にもうシンギュラリティを経験しているというのです。それは文字の登場なんだ、と。その先生が言うには、古代シュメール人の物語にはいくつかの特徴があって、まずは話に脈絡がない。因果関係がない。いきなり話が飛ぶ。あと、色が出てこないんですって。つまり、人と対面でコミュニケーションする限り、人間は光の屈折率をわざわざ何らかの言葉に置き換えて話す必要がないからなんです。文字が生まれる前の時代の人に、たとえば小説家のような職業を説明するのは無理じゃないですか。それと同じように、今の僕らには全く見えないことが沢山あるはずなんです。未来の人類は僕らが思いもつかないようなことを当然にやっていると思う。そういう可能性が開かれるんじゃないかと思っているので。

柴:なるほど。未来は明るい。

吉田:明るいに決まってるじゃないですか! 今も人類は滅びてないんだから。

(取材・文=柴 那典)

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