ロシアの自殺ゲーム「Blue Whale」の衝撃 井上明人×高橋ミレイ対談(前編)

 ロシアのSNSに端を発して、プレイヤーを自殺に追い込む“ゲーム”として問題化した「Blue Whale」(ブルー・ホエール/青いクジラ)。世界保健機関が2018年より、病気の世界的な統一基準であるICDに「ゲーム依存症」を追加するという発表を行ったことも含め、ゲーム、あるいはゲーム的構造を持つ現象に見られる負の側面が今、改めてクローズアップされている。リアルサウンドでは、ゲーム研究者の井上明人氏と、「Blue Whale」問題をウォッチしてきたライターの高橋ミレイ氏による対談を企画。ゲームが抱え得る“ダークサイド”の問題を取り上げ、世間のゲームに対する無理解から生じている批判への回答、そして現状考えられる自殺ゲームへの対策に至るまで、前後編でお届けする。(編集部)

SNS上の「死のグループ」が興じた“自殺ゲーム”の実態

井上:「Blue Whale」とゲーム依存の話は、いわばゲームのダークサイドの話で、扱いの難しい話題だと思っています。ゲームははるか昔から、社会的に“不真面目なもの”という側面がありました。過剰に悪いものと見られがちです。ゲーマーは、ゲームを過剰に悪いものだとされると「そんなことはありません」と否定します。もちろん、私自身ゲームの研究者として、ゲームはよい側面を多分に含んでいて、社会的にも重要なものだと主張もしてきました。

 しかし、ゲームに悪い部分が全くないかというとそうとも言えない。実際にダークサイドといえる部分はあるにはあります。Blue Whaleの事件はまさにその象徴だと思うんです。あらためて具体的にどのようなステップでゲームが進んでいるのか、というところから伺えますか。

高橋:ロシアに「VKontakte」というFacebookに似たタイプのSNSがあるんですが、そこには自殺願望者が集まる「死のグループ」がたくさんあります。2015年ごろ、そのグループでメンター的な立場にいる人間が、10代の子どもたちをマインドコントロールして自殺教唆をして、大勢が犠牲になりました。メンターは最初は相談に乗るような体で子どもたちに近づき、「Blue Whale(青いクジラ)」という、自らが日常の中でアクションを起こすARG(代替現実ゲーム)のようなゲームに誘導します。そして、50日の間に毎日ミッションを与え、最後に死へと誘導していきます。

 具体的なミッションはグループによって少しずつ変わるようですが、ある例では1日目に「手や腕にナイフで“f57”と刻み、写真をメンター(グループの管理人)に送る」というところから始まり、2日目は「朝4時20分に起きて、サイケデリックなホラー映像を観る」、3日目は「3回リストカットをして、写真をメンターに送る」と、ミッションは少しずつエスカレートしていきます。10日目には「なるべく高い屋根に上る」、11日目には「手にクジラの絵を刻み、写真をメンターに送る」と進み、26日目に至って「メンターが死ぬ日を指定するので、それを受け入れる」、「朝4時20分に起きて、線路へ向かう」、「一日中、誰とも話さない」、「『自分はクジラだ』と誓う」と続きます。30日目から49日目にかけては、毎朝やはり4時20分に起床し、ホラー映像を見て、メンターが送った陰気な音楽を聴き、体を一日一回切る、という日々を送らせて、50日目に「高いところから飛び降り、命を捧げる」というところで、ゲームを“クリア”することになります。

 日本で近い事例を考えると、1998年に起きた「ドクター・キリコ事件」や2017年に発覚した「座間9遺体事件」がオンライン経由で自殺願望者が犠牲になったという意味では比較的近い事例なのかなと思います。ただ、Blue Whaleの怖いところは、閉じた空間でのマインドコントロールが人を自殺に追い込む点だと思いますので、そういう面で考えれば、2002年に発覚した「北九州監禁殺人事件」や2012年に発覚した「尼崎事件」などが、オフラインでの事件であるとはいえ、性質として近いと考えています。

 この2つの事件は、ターゲットとなった家族のなかに最初は友好的な形で容疑者が入り込み、やがては暴力的な本性を現して洗脳することで、家族同士を分断させ、監禁や虐待、さらには殺人や死体遺棄までを実行させているという点で共通しています。暴力や犯罪とは縁遠そうな人たちでも、閉じた環境で行動を極端に制限され、暴行や序列作りを駆使したマインドコントロールをされることで、普通ではしないようなことをしてしまう。ここでポイントになるのは、外界と隔絶された環境で、自己肯定感を剥奪されながら人には言えないような異常な行動を実行させることだと思います。そうすることで、「もう後戻りができない」と思い込ませてしまうんです。これらの事件とBlue Whaleに共通しているのは、この点だと思います。

井上:英語圏の議論をみていると、Blue Whaleの自殺数報道はフェイクニュースなのではないか、という突っ込みがありますね。かなりの人数がBlue Whaleを通じて自殺したという報道がありますが、死者数が本当に報道されている通りなのかは、追加調査が必要なのではないかという突っ込みです。これは、ロシア全体でそもそも自殺者数がかなり多かったため、Blue Whaleとの因果関係がわからない、という話なのですが、これについて高橋さんは、どうご覧になっていますか?

高橋:初期の報道では130人が死のグループによる自殺教唆が原因で死亡していると報じられていますが、後に関連性が特定できたのは80人程度だと訂正されています。おそらく最初は、自殺した若者の中で死のグループに参加していた人たちをBlue Whaleの犠牲者だとしていたのでしょうが、その中の全員がゲームに参加していたとは限りませんし、最終的な自殺の原因については本人以外分からないケースもあると思います。いずれにせよBlue Whaleが自殺を教唆してしまう側面があるというのは確かで、だからこそ、国も法整備に動きました。ロシアは自殺教唆という形で厳罰化し、フィリップ・プデイキンも3年以上の実刑を受けています。

Blue Whaleはなぜ「ゲーム」とされるのか

井上:メンターは固定の人物なのでしょうか? それとも、コミュニティのなかから誰かがメンターになっていく?

高橋:2017年3月に、主犯格としてフィリップ・プデイキン(当時21歳)が逮捕されましたが、その後も世界で同じような事件がおきていますので、仕組みとしてフランチャイズ化してしまったように見えます。アメリカに中国、インドなど多くの国で似た事例が報告されており、その国の文化にあった形でアレンジされていく、という形になっているのではないでしょうか。

井上:Blue Whaleをゲームとして見た場合に、ミッションを与えてファシリテートする、また簡単なものから徐々に難易度が上がっていく、という部分がゲームらしいと言われている部分だと思うのですが、ほかにゲームらしいというポイントはありますか?

高橋:もうひとつは、ストーリーに没入させる、というところだと思います。Blue Whaleは初期に象徴的な事件がありました。2015年11月に、シベリア在住のリナ・パレンコヴァという女の子が、線路脇で中指を立てたセルフィーを撮った直後に列車に飛び込んで自殺しました。彼女の死後、その部屋から青いクジラの絵が見つかり、彼女がBlue Whaleの最初の犠牲者になったことが報じられます。そして、死のグループの参加者は彼女をヒーロー扱いするようになりました。死のグループのメンターは、「この世は生きる価値のない、ひどい世界で、死に向かった彼女は勇敢で素晴らしい」と彼女を神格化させ、同時にあらゆる方法で死を美化しました。そして“プレイヤー”たちは、Blue Whaleというゲームを「あの世という素敵な場所に向かうプロセス」として神話化していきます。これはRPGに重なる構造で、そういう意味でもゲーミフィケーションが取り入れられていると思います。

井上:そこから途中で離脱できないというのは、いわゆる洗脳的なプロセスによって担保されているということなのでしょうか?

高橋:洗脳に加えて、コミュニティの存在も大きいと思います。現世を否定した自殺願望者同士の同調圧力もあり、周りの人とともに向かっている方向から、自分だけが急に抜けることは難しかったりもする。また、「ここでお前が抜けたら、家族に危害を加えるぞ」と、メンターが脅迫したというケースもあったようです。

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