『ブラッサム』“珠”石橋静河に訪れたあまりに残酷な現実 幸せの絶頂から一転した運命
連続テレビ小説『ブラッサム』(NHK総合)第27話が11月3日に放送された。
保(金子大地)と結婚して新しい命を授かり、北海道へ行くことになった珠(石橋静河)は、悠樂軒の店長・熊田(斎藤司)と松子(瀬戸さおり)たち同僚に店をやめることを告げる。口々に祝福され、身重の体を気遣われる珠の表情は幸福に輝いていた。
別れが映し出したのは人とのつながりだった。東京で過ごした短い間に、珠には多くの知己ができた。『首都公論』編集長の黒崎(遠藤憲一)は、珠に「小説はもう書かんのか?」と尋ねる。珠の小説をバッサリと切り捨てた黒崎だが、珠のことを気にしていたようである。ステーキを残したまま席を立つ黒崎の表情は硬く、声には以前の勢いがない。珠への態度を不審がる山中(井浦新)に「書かない作家に付き合っている暇はない」と返す調子はいつもの辣腕編集者だったが。
珠が東京で知り合った人々には、文学という共通項がある。というより第27話では意図的に文学関係者を描いているように見えた。文豪の秋山(高良健吾)は「結婚というのは不純と矛盾の塊」と名言を残した。慶事ととらえられる結婚が純真なものではなく、結婚生活の悲喜劇が矛盾に満ちていることは、既婚者なら日々実感しているに違いない。そこに「人間らしさ」を見いだす秋山は、多面的な美を愛でる感性の持ち主だ。
左(北野秀気)は珠の報告におおげさに驚いてみせる。「同志でライバル」を自認する左にとって、珠が文学から足を洗うことは考えられない。自作を読ませることを将来の約束と言って「書かないかんぞ」と励ます左はまさに同志だった。ぶくぶく堂店主の本田(川島潤哉)は、ご祝儀代わりと言って出版されたばかりの土橋風子の小説『花手帖』を贈った。これも未来の出会いを予感させる。
惜しまれながら去る珠は「文芸の世界からも遠ざかるんじゃなあ」と思っているが、そうならないことは、第1話冒頭の珠(加賀まりこ)の姿が物語っている。くっついたり離れたりする珠と文学の関係は、終生の恋人のようなものかもしれない。
「よだれかけ、おしめ、肌着。よだれかけ、おしめ、肌着」
母になる日を待ちわびる珠に、“その日”は突然訪れた。大きくなったお腹を抱えて、珠は近所に買い物に出る。ふと足元に毬が転がってきて、風が吹き、顔を上げると少女(枝村美藍)が立っている。毬を手渡すと少女は駆け去る。気づくと珠の体に異変が生じていた。顔を歪める珠。助けを呼ぼうにも声は届かない。荒い呼吸。うずくまり視界が暗くなった。
象徴的なシーンが何を意味しているかは明らかだ。宇野千代に無事に育った実子はおらず、2番目の夫である藤村忠との間に生まれた女児は生後1日で亡くなっている。作中の少女はこの女児が姿を変えて登場したものと解釈できる。
痛ましい喪失の体験は、降り続く雨と縫いかけのまま置かれた肌着の描写によって補完される。枕元にはロウソクと香炉があって、濃厚な死の気配が漂っている。寝巻姿の珠は保に看病されており、時間の経過を感じさせた。生まれ来る我が子に珠はたしかに触れたと話す。「小そうて、何かお人形みたいじゃった」。その子を「どこに行ったんじゃろうね」とつぶやく珠は世界中の悲しみを背負っていて、その涙は子を失った母のものだった。
■放送情報
2026年度後期 連続テレビ小説『ブラッサム』
NHK総合にて、毎週月曜から金曜8:00~8:15放送/毎週月曜から金曜12:45~13:00再放送
NHK BSプレミアムにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜8:15~9:30再放送
NHK BS4Kにて、毎週月曜から金曜7:30~7:45放送/毎週土曜10:15~11:30再放送
出演:石橋静河、加賀まりこ、松たか子、国仲涼子、渡部篤郎ほか
作:櫻井剛、小松與志子
主題歌:YOASOBI
制作統括:村山峻平、櫻井壮一
プロデューサー:大野陽平
演出:盆子原誠、中泉慧、佐藤玲衣、田中陽児、小林直毅、野田雄介
写真提供=NHK